第12話 Hello god
「勝ったぁぁ……それに私、魔法も使えた……」
「クローズ シンクロパス」
視界がもとに戻った途端、力が抜けて尻もちをついてしまった。
「あ、ははは……勝った……生きてる……」
「まだ終わりじゃないわ。私はこれから、生きに行くのだから」
ソヘイラーの視線の先では、白い光に塗り潰されたトンネル型に空いた空間が待っていた。
「最後まで、付き合うでしょう?」
ペンタチュークを虚空へ消したソヘイラーが、手を差し出してくる。疑問形で言いながら付いてくるのが当然だと言っている顔がおかしいような、嬉しいような気分で、ピーシャはきゅっと手を握り返し、立ち上がる。
「もちろん!」
「起きたら朝なのかなあ。朝ごはん一緒に食べようね」
「バイトはいいの?」
「明日? 今日かな? とにかくないよ。夏休みの課題も自由研究以外終わってるし、それも召喚魔法の成功っていう証拠があるもんね。簡単なレポート書けばいいだけだし、起きたら色々案内するよ!」
「でも私、普通の人間よ? 少なくともそのつもりで身体を作るのだし」
「んん?」
「召喚魔法の証拠として認めてもらえるのかしら。魔力は持たせるし、ペンタチュークも使えるようにするけれど、それも魔法の範疇でしょう。異世界から来たと示せるものはないわ」
「ええっと、向こうの世界のこといっぱい知ってるでしょ」
「ホラ話と言われたらそれまでよ」
「なんか作って証明してくれない? おおっすごいってなりそうなやつ」
「私の専門はデジタルだもの。あの近世めいた世界では能力を発揮できないわ。あとはせいぜい料理ぐらいかしら。技術を伝えてもいいけれど、異世界のものと証明するのはやはり難しいでしょうね」
「うぅ~ん……あっ! 召喚魔法の被召喚対象は、召喚者の命令絶対聞くんだよ!」
「あなたが? 私に? 命令するの? ふふふ。とってもおもしろい冗談ね」
ソヘイラーは、酷薄に歪んだ含み笑いで真逆の意味を語っていた。
「ひぃぃぃ、命令じゃないですっ。お願い、お願いだからね?」
「あなたが『お願い』するのなら、ラクダのモノマネでも一日メイドでもやってもいいのだけれど」
「ソヘイラーちゃんのメイド……いいかも」
「妄想はともかく、それもあなたと私が共謀していない証明は難しいでしょう。もともとは、異世界の生物が暴走して召喚者に危害を加えないようにするための効果なのでしょうね」
「え~~っとじゃあ……うぅ……」
「私を課題の当てにしていたのね。力になれなくて残念だわ」
「ううん! 新しい友達できたんだもん、それだけでもやったかいあったよ!」
「大変な冒険になってしまったけれどね……そうだわ。あなたさっき魔法を使えていたじゃない。キィルキュースにとどめを刺した時、瞬間的に空間を移動したようだったわ」
「オクルリッジ!」
「そんなこと言っていたわね。そちらの研究を提出するのはどうかしら」
「それだっ! ……あれ? でもここって夢の世界なんだよね。魔力で身体が強くなるのは、私がそういうものだからともかくとしても、完全に別ものの精霊さんの力まで使えるのはなんか不思議だね」
「魔法については知識がなさすぎて答えられないわ。ひとまずは、実体の世界でも魔法が使えるのか試して、それから、そのオクルリッジ? というのを手がかりに考察を深めるのがいいでしょうね」
「オクルリッジ、オクルリッジ。名前は掴んだけどなんの精霊かわかんないや。空間移動、移動……門、あっ、タウィル・アト=ウムル!」
可愛らしく小首を傾げるソヘイラーに、ピーシャはにんまりと笑いかけた。
「召喚魔法使った時に、門の精霊タウィル・アト=ウムルにも呼びかけてたの。門の精霊と繋がりがあったから、きっとオクルリッジも感じられたんだよ」
「それは因果が逆ではないかしら。ミュティアという女性の推察によると、あなたは特定の精霊と相性がよすぎるために他の精霊と相性が悪い。オクルリッジと相性がよかったから、それに近い属性である門の精霊も力を貸したのよ」
「う~ん……? それもあるけど逆ってほどでもない感じ。オクルリッジと相性のいい私が、門の精霊と繋がりを持ったから、オクルリッジに手が届いた――これだよ」
「なるほど? 魔法に関しては、あなたも論理的思考能力が働くようね」
「遠回しかつ直線的にバカにされたけど、気にしません! 私はこれから、とってもいいことを言うからです!」
ピーシャは胸を張り、フフンと鼻を鳴らした。
「召喚魔法やってよかった。大変だったけど無駄じゃないよ」
ソヘイラーは一瞬きょとんとしたあと、ころころと喉を鳴らして笑いだした。
「あなた、そんなことを言いたかったの?」
「だって残念とか言うんだもん。残念じゃないよっ。友達できた! 魔法の手がかりも見つけた! 最高だよ!」
「ふふふ。私にとってあなたは命の恩人。それから最高のお友達よ」
ソヘイラーは、ふわりと微笑んだ。目の前の人形のように美しい少女はよく笑う。笑みで邪悪な企みを表現することもあるけど……いま見せてくれている花が咲いたような微笑みは心からの親愛を示していると感じられた。
「えへへ~。着いたね。せーので入ろうっ」
白い光が溢れるトンネルの前でうなずき合う。
「せーの!」
ピーシャとソヘイラーは、同時に光へと踏み込んだ。
トンネルの向こうは、どこまでも広がる空間だった。等間隔に立ち並ぶ石柱もまた果てしない高みまで伸びている。どこからか差し込む柔らかな白光に満たされて、直感的にここが神聖な場所だと理解する。
そして、巨大な石版がそびえ立っていた。横幅は家二つ分ぐらいだろうか。縦幅は推測すらできない。ピーシャは思い切り首を反らし背を反らして見上げたが、果ては捉えきれず、白い空間に結ばれた消失点のまだ先へと伸びていた。
「ほえ~……」
突っ立っているピーシャを放置して、ソヘイラーは前へ進む。
巨大な板は、大理石のような模様と滑らかさを有していたが、その表面に絶え間なく文字か記号か判然としないものが現れては消えていき、矮小な知識で推し量れそうにもなかった。
「これがゾハル。神。世界のシステム。過去現在未来すべての事象の記録……!」
熱っぽいつぶやきをこぼし、ソヘイラーがゾハルへと手を伸ばす。
「ちょちょちょ。いきなり触って大丈夫なのっ?」
「それ以外に手立てはなさそうだもの」
「そんなことないよ~。……こほん、こんにちは!」
「ふふふ。Hello worldではなく、Hello godというわけね。おもしろいわ」
ソヘイラーが一人で笑っている間に、ピーシャは何度か呼びかけるが返事はなかった。
「う~ん……神様って言うから、背の高いおじいさんが出て来てその人にお願い叶えてもらえるのかなって、そういう想像してたんだけど」
「ここに在るのは人格神ではないわね。超越的存在に対する適切な呼び名がないから、便宜的に神と呼んでいるだけ。これはただのシステムよ」
「なんとなく、世界は誰かが見守ってくれてるって思ってたから」
「ここにいないだけで、不在の証明にはならないわ。あなたの信仰にも関わりない」
「私はミュティアさんみたいに熱心な信者じゃないよ。なんとなーく思ってただけ。じゃあソヘイラーちゃんの身体は……?」
「主観的には、世界を改変して肉体を出現させる。召喚魔法の完全な成功と解釈してもいいでしょう。でもここにはすべての記録があるはず。すべてというのは可能世界のすべて。つまり客観的には、私の肉体が存在している世界をこの私が読み込むことになるわ。世界のすべてはコードで記述可能なの。だから――」
「……??」
「任せておいて。背の高いおじいさんに頼まなくても、自分の身体は自分で用意してみせるわ」
人工意識として創造された少女は、力強い笑みをたたえてうなずく。
「ソヘイラーちゃんがそう言うなら大丈夫だね」
小さな手が、今度こそゾハルに触れた。
特に変化もなくピーシャに手伝えることはない。目を閉じ集中している横顔を、じっと見守る。
「ふぅ……」
しばらくして、ソヘイラーはため息しながらゆっくり手を離した。
「終わりっ? 上手くいったの?」
「思っていたより簡単だったわ。世界というのは意外と緩いものね。穴を見つけたからついでにバックドアを仕掛けておいたわ」
「へ、へぇ~……」
意味はわからなかったが、ソヘイラーのねじれ上がった片頬を見て聞かないほうがいいと決める。
「目が覚めたらあなたの隣にいるように調整しておいたから、あとはここで眠るだけ」
「起きたらソヘイラーちゃんがいる、って良い方もヘンだけど、そうなんだよね」
「私のほうが早く起きるかもしれないわよ? そうしたら……あなたの寝顔を眺めて待つわ」
「ちょっと恥ずかしいけど、いい! 楽しい朝になるよ~」
並んで横になると、すぐ目の前に美しい少女の顔があった。紫がかった黒髪がはらりと流れ、耳から頬にかけての柔らかなラインをなまめかしく彩っている。可憐な唇が、ほぅっと小さく息を吐いた。
甘い息にくすぐられ、くすくす笑いながらピーシャは言う。」
「おやすみ、ソヘイラーちゃん」
そう言うと、急に疲れを思い出したように意識が沈んでいく。
「おやすみなさい。それから、ありがとう」
ソヘイラーはとても綺麗に微笑んだ。この笑顔を見るための冒険だったのだろうと、そう心に結んでピーシャは眠気に身を委ねた。
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