第10話 進撃

「でっかいスライム強かったねー。凄い勢いで再生するし」

(それだけじゃないわ。単純な動きしかしない警備虫とは違って、攻撃パターンを変え、こちらを出し抜く知能を持っていた)

「不意打ちでやられちゃったもんね」

 食事を終え片付けをしながら考えをめぐらせるが、いい作戦は思い浮かばなかった。

 自室に戻ったピーシャは、出しっぱなしになっていた召喚魔法の魔法陣を描いた紙を拾い上げる。

「たまにスライムとも戦うけど適当に殴れば終わっちゃうし、倒し方なんて考えたこともなかったよ。ぺしゃんといければいいのに」

 ぺしゃんと畳んだ紙を机に置いて、ベッドに飛び込んだ。

(脳や心臓に該当する器官があれば話は早いけれど、そういうのでもなさそうね)

「う~~ん……ん……むにゃ……」

(ちょっと!? まだ寝ないで。寝たらそのまま夢世界で戦闘開始よ?)

「はっ! あはは……ごめんごめん」

 ピーシャはごろんと寝返りを打つ。考えてみれば昨晩は床で寝てしまったし、今日は一日中走り回っていた。疲れているのだから、このまま寝てしまうのは仕方のないこと――

「寝てない、寝てないよっ」

(寝てたでしょう……立ち上がれば頭も動くわ。さあさあ)

「う~~ん……」

 ごろんごろん。

「……つまり……頭がないから倒せないと……」

(そうは言ってないわ。とにかくベッドから離れましょう)

「実はですね……頭はあるんです……」

(寝ぼけてるでしょう! 起きて! いえ……そうだわ。ないけどある。あの攻撃パターンが変化した瞬間に知能が生まれたとしたら……? 私たちに対応するために進化したというの?)

「そうそう? ……そう、スライムが……進化……」

 ピーシャとソヘイラーの意識は深淵へ落ちていく――


「あっ、ぐうぅ!」

 覚醒した途端、背中の痛みに悶える。横になった視界をソヘイラーの心配そうな顔が覗き込んでいた。

「平気?」

「そっか……投げ飛ばされて……」

 ピーシャは起き上がり、混沌色の景色を見回す。そばには黒い髪と白い肌のコントラストが美しい少女、ソヘイラー。そして少し離れたところに、金属のような質感を持つ巨大スライム。スライムは無数の触手をうねらせて、こちらの様子をうかがっているようだ。

「あっ!? そうだ私、ごめん、寝ちゃった!」

「あなたの寝言が攻略のヒントになったわ」

 ソヘイラーは唇を皮肉げ上げて笑う。

「えへへ」

「なぁに」

「怒られたのわかってるんだけどねー、こうして顔見て話せるのやっぱり嬉しいなって」

「あなたの頭の中もおもしろかったけれど、一日で十分よ」

「今日は勝つよ! 作戦は?」

「前回は戦い方が間違っていたわ。私のほうが、本体への攻撃に参加するべきだった。今回はペンタチュークの論理破壊能力で、再生を止める」

「そんな使い方もアリなんだ。じゃあダメージ与え続ければ、いつか倒せるね!」

「それほど甘くないでしょう。敵は凄まじい速度で進化するわ。だから進化させ続ける」

「それってどんどん強くなるってことじゃ?」

「強くなった結果、その複雑な動きを処理する器官が要請される。頭脳が生成されると考えられるわ」

「じゃあそこを潰せば」

「全体が止まるはずよ」

「なるほどー!」

 ピーシャが腕をぐるぐる回すかたわら、ソヘイラーは軽く手を挙げる。

万理討裂剣ペンタチューク

 光が弾け、ソヘイラーの小さな手が大剣ペンタチュークを握った。鋭い切っ先が、神への道を阻む敵を指す。

「進撃」

「いっくよ~」


 ピーシャは雷の速度で距離を詰める。触手の群れは素早く少女に狙いを定めると、先端部を射出。無数の弾丸が押し包むように迫る。

 ピーシャは足を止め腰を落とすと、拳を乱打させる。超高速の迎撃が弾丸をことごとく跳ね飛ばしたあとには、ピーシャの周りだけを残し地面に穴が穿たれていた。

「いきなり攻撃パターン変わってるんだけど!」

「順調に進化している証左でしょう」

 盾代わりにしていた大剣の陰から、ソヘイラーがひょこっと顔を出して言う。

「だったらこっちも、負けない速さで!」

 走るピーシャに、空を切らせて触手のムチが肉迫する。少女の拳が、残像を引く速度で連射され触手が連続爆散。一直線に巨大スライムの本体に到達すると、速度と体重を乗せ、腰からねじり込む重い一撃を叩きつけた。

 爆音立てて巨体に大穴が開く。ここで張り付いて攻撃しては昨日と同じだ。

「ソヘイラーちゃん!」

 後ろに付いてきていた友達は、それだけで意図を察してくれた。


 ピーシャと位置を入れ替え、本体の前に躍り出たソヘイラーはペンタチュークを開いた大穴に沿ってぐるりと撫でさせた。

 スライムの持つ強力な再生能力は、ペンタチュークによってその論理を破壊され強制停止。大穴は大穴のままで固定化される。

「いい感じっ」

 ピーシャが放った竜巻のような回し蹴りは、二人を狙う触手をまとめて引き裂きさらに本体もこそげ飛ばす。本体の傷にソヘイラーがすかさずペンタチュークをねじ込んだ。

 スライムの反撃は、直上からぬうっと生えた巨腕だ。昨日はこれにやられた。ソヘイラーが切断した部位が、本体から離れて動いたせいだ。

「ここは私が!」

 ピーシャが飛び上がり腕を引き絞った時だった。巨腕の前腕部が変形し巨大な刃と化す。どれだけ拳の衝撃力が強くても、刃と打ち合えるものではない。


 斬り裂かれる寸前、ピーシャの足首をソヘイラーが掴んで引きずり下ろした。代わりに斬り上げたペンタチュークが巨刃を両断。宙を舞う刃を、今度こそピーシャの拳が砕く。

「あっぶな~」

「あなた対策ね。周りを見て」

 二人を取り囲んでいる触手の半数ほどの先端部が、刃に変化していた。

「やりにくい……」

「刃型は私が対処するわ。あなたは普通の触手を」

「それでいこう!」

 ピーシャは身体を振り、屈み、跳んで、刃を回避しながら的確に触手を撃破していく。ソヘイラーは、くるくると踊るように動きつつ刃の攻撃を、それを上回る鋭利な刃でもって斬り刻む。が――

「きゃっ」

「あたっ」

 二人は背中からぶつかり、よろめいたところを危うく触手がかすめていった。

「攻撃使い分けるのズルい!」

「ズルいとかいう問題ではないと思うけれど。これでは本体に攻撃する余裕がないわね」

 絶え間なく襲い来る触手をさばき続けるが、それは防戦一方ということだ。


「こっちも動きを完璧に合わせられればいいのに」

「別の存在であるんだから原理的に――あっ」

「あっ……同じこと考えたよね」

 ピーシャはにんまり笑うが、ソヘイラーの顔は懸念に曇っている。

「可能ではあるけれど……私はともかく、あなたはどうなるかわからないわよ?」

「さっきまでソヘイラーちゃんはやってたでしょ」

「そもそも意識の在り方が――くっ」

 ピーシャの背中を狙っていた刃を、ソヘイラーが斬り落とす。

「言い合っている場合じゃないわね。やるわよ」

 ソヘイラーの、星空を閉じこめた宝石のような瞳が爛と輝く。

「オープン シンクロパス」

 ピーシャは頭をがくんと揺さぶられた感覚のあと、新たな視点を獲得していた。

「あはは、ヘンなの~」

「笑えるなら平気ね」

 ピーシャはいま、ソヘイラーの安心したような笑みを見ると同時に、ソヘイラーの目を通して自分が笑っているところも見ていた。

 昼間ソヘイラーがピーシャの感覚に同期していたのを、応用させた形だ。

 ピーシャとソヘイラーが、互いに向かって飛び出す。激突する直前にするりとかわし、それぞれの背後で構えていた触手を撃破した。

 ピーシャは正面の触手を打ち砕き、振り返ることなく背後のものを裏拳で散らす。旋回しつつ身を沈めると、刃型の触手が頭上を突き抜けていき、これを待ち構えていたソヘイラーが処理する。

「いけるねっ」

「もちろんよ」


 索敵と判断の効率が劇的に向上し、攻防一体の連携で取り囲む触手を殲滅していき、ついに好機が訪れた。ピーシャの雷霆の如き拳打が触手をまとめて消し散らし、包囲網に穴が開く。

 長い黒髪をなびかせ、ソヘイラーがペンタチュークを構えて巨大スライムの本体に躍りかかる。細い身体ごと叩きつけるような大上段からの斬り下ろし、そこからさらに斬、斬、突。深く埋めた大剣をえぐりながら引き抜くと、スライムの金属質な欠片が盛大に飛び散った。

 反撃に備えソヘイラーは後退するが、なにも来ない。本体もそこから生えた触手たちも動きを止めていた。

「これで終わり?」

「この程度で倒せるとは思えないわ」

 二人の疑問に答えたわけではないだろうが、まだ健在だと示すように触手は巻き戻って本体に吸収され、巨大な本体が発光。光は赤から青、緑からさらに形容しがたい色へと次々変転していく。

「なんかヤバい気がするっ」

「いったん離れましょう」

 様子を見る二人の顔を、目まぐるしく変化する色が照らす。変化の速度が極まったかと思われた瞬間、光が炸裂。とっさに腕で目を覆う。

 光が収まり、まだちらつく目でなんとか前を見たピーシャは、驚愕の叫びを上げた。

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