死の森<2>
バチン
そんな音と共に火花のようなものが散り、魔物と思しき三匹が弾け飛び、一瞬で走り去った。
狼のような四本足と焼け焦げたような赤い身体がかろうじて確認できたが、それ以上は速すぎて分からなかった。
いや、それよりも……
オレは後ろを振り向いた。
「お前が助けてくれたのか? ニナ」
そこには、オレの方に両手を掲げ、息を荒くしているニナがいた。
「わ、わからないけど……。ニナ、何かしようとしなくちゃって思って……それで……」
がくりと、ニナの身体が崩れ落ちる。
慌ててティアがそれを抱きかかえた。
「ニナちゃん。あまり無理しないで」
「う、うん……。ありがとう、ティアお姉ちゃん」
ニナは元々、加護の力が人よりも強かった。
だからこそゴマの刻印に見せかけた焼印を刻まれるほど、人々から恐れられ、疎まれた。
しかしさっき魔物を退けた力は、通常の加護を遥かに超えているように感じた。錫杖のような媒体もなしに、あれほどの力を引き出せるものなのか。
ニナが焼印をいれられたという話は、彼女本人から語られたものだ。
先程の力は、加護というよりも、むしろ魔物の──
「ムルト‼ ムルトォ‼」
ウレイがおかしな発音で弟の名前を叫んでいる。
どうやら襲われたのはオレだけではなかったらしい。
オレは頭を切り替えた。
どれだけ疑惑があろうと、ニナを信じると決めたんだ。だったら最後まで意思を貫こう。
「どういうことだ、畜生!」
アランが思わず叫んだ。
「別の魔物の強襲だ! 全員集まって輪になれ‼」
「ダメ! みんなすぐにこの場を離れて‼」
ティアの声に、オレは条件反射でその場から離れようとした。
しかしその時、すんでのところで気付いた。
ティアがいるであろう方向と、ティアの声がした方向が違う。
オレは村でケイトから聞いた動物の話を思い出した。
ヨマネドリ。他の動物の声を真似て威嚇する動物。
ただの動物でさえそんなことができるなら、魔物にだって……。
「違う! あれはティアの声じゃない‼」
「え?」
その瞬間、例の獣がオレ達へ襲い掛かって来た。
近くにいたバタクを強引に引っ張る。獣はバタクがいた場所を猛スピードで通過し、闇の中へ消えていく。
「全員無事か⁉」
ケイトがティアを押し倒すような形で倒れていたが、すぐに起き上がった。
二人とも怪我はないようだ。
オレと同じくヨマネドリの存在を知っていた彼女は、いち早く察してティアを助けてくれたのだろう。
「……畜生」
そのくぐもった声は、アランのものだった。
アランが足を押さえ、だらだらと汗を流している。
足からは大量の血が滴り落ちていた。
「大変! 早く治療しないと」
ティアが慌てて治癒魔法をかける。
傷が深いせいか、オレの時のようにすぐ治るとはいかなかった。
せいぜい止血程度だ。
「ごめんなさい。私がすぐに気付かないといけなかったのに、動揺して……」
「ティアのせいじゃない。オレとケイトが動けたのは似た動物の存在を知ってたからだ」
それを聞いて、ケイトはオレを睨んだ。
「何で私がヨマネドリのことを知ってると分かったの?」
しまった。
どっと背中に冷や汗が流れる。
様々なことが起こり過ぎて、ついうっかりしていた。
うまい言い訳が思いつかず、オレは思わず押し黙る。
まずい。もしもここで致命的な発言をされたら……。
ケイトだけじゃない。おそらく、それを聞いた全員が、勇者の秘密を守るために殺される。
オレの側では、女神がにっこりと笑っている。
オレはごくりと息を飲んだ。
「……あなたもしかして」
「待っとくれ。何か言いたいことがあるのかもしれんが、今はこの場から脱出する方法を考えんか?」
バタクの言葉で、ケイトは口を閉じた。
ほっと胸を撫で下ろすも、彼女の視線はずっとオレを睨みつけたままだ。疑惑の念が途切れたわけではないらしい。
「とりあえず、松明を掲げてくれ。炎の剣をしまっておきたい」
「ご、ごめんなさい。さっきの攻撃で泥の中に……」
最悪だ。
炎の剣は強力だが、纏っているだけで体力を消耗する。
松明の代わりとして使用するには燃費が悪すぎた。
「まずいぞ。すぐにこの場を離脱せんと……」
「俺様のことはいい。さっさと行け」
「ダメだよ! アランはニナを守ってくれたの! 置いていけない‼」
「こ奴は傭兵だ! お前さんらを守るのも、命を捨てるのも仕事だ!」
「そんなの勝手だよ! こんどはニナ達がアランを守らないと‼」
「ムルト‼ ムルトォ‼」
場が完全に混乱してしまっている。
オレは何とか皆をなだめようと口を開いた。
「おーい」
ふいに、そんな声が聞こえてきた。
先程までの喧噪が嘘のように静まり返る。
「ムルトの声だ」
バタクがぼそりと呟く。
ウレイが声のする方へ駆けようとするのを、オレが止めた。
「待て! これは罠だ!」
「おーい」
その声は、確かにムルトの声なのだろう。
しかしあまりにも抑揚がなさ過ぎる。
オレ達を襲撃している魔物は、ティアの声をあれほど正確に真似ることができるのだ。ムルトの声でこちらに呼びかけるなんて朝飯前だろう。
「おーい」
「ムルトォ‼」
「バタク、ウレイを説得してくれ!」
バタクがウレイに呼び掛けているが、ウレイは心ここにあらずといった様子だ。
彼が暴走するのも時間の問題だった。
敵は明らかにこちらの動揺を誘っている。
この暗闇と極限状態。その中で、死んだはずの仲間の声を聞かされ続けるのは、ウレイでなくてもどうにかなってしまいそうだ。
「おーい」
その声はすぐ近くから聞こえるように思える。暗闇で見えないだけで、オレ達は完全に魔物から包囲されているようだ。
オレ達を守ってくれる光は小さくか細い。それに比べ、闇は遠く彼方まで続いている。
そのあまりの深さと大きさに、皆が押しつぶされそうになっていた。
「おーい」
「おーい」
アランが歯噛みした。
「……クソ。調子に乗りやがって。俺様が本物かどうか見てきてやる」
「アラン、やめろ」
「それで問題は解決だろうが! 奴らが俺様に群がってる隙にお前らは──」
オレはアランの胸倉を掴んだ。
「オレはお前を犬死にさせるために連れて来たんじゃない。少し頭を冷やせ」
「俺様は冷静だ!」
「違う。恐怖で判断力が麻痺している。他の皆もそうだ。魔物に恐怖心を見せるな。奴らはそこに付け込んでくる」
ようやく、彼らは少しばかりの落ち着きを取り戻したようだった。
ふとその時、ニナがゆっくりと暗闇の先を指さした。
「光が見える」
オレ達は、思わず彼女が指さした方向に振り向いた。
森に遮られ、星のようにか細いものではあったが、確かに斑点模様のような光が闇の中で浮かんでいた。
「……シーダ。例の炎を出してくれんか?」
オレはバタクをちらと見た。
「アリを倒した時の炎は、さっきのものとは比較にならないほど強かったらしいじゃないか。その炎で辺りを照らし、敵を視認してから出口へ走るんだ。森の外にさえ出ればワシらの勝ちだ」
それは非常に魅力的な提案に思えた。
「確かに、それならいけるかも」
「よし。シーダ。それでいこう」
ティアもアランも、バタクの意見に賛成している。
だからこそ、オレは慎重になった。
「……あれは一発限りの大技だ。使えば一気に体力を消耗して動けなくなる。それに」
言うべきかどうか。
一瞬だけ迷ったが、オレは口を開いた。
「誘われてる気がする」
「ただの気のせいだ! 奴らにそんな知能はねえ‼」
魔物に知能はない。
とてもではないが、そんな風に思うことはできなかった。
最初のケイトの策は完璧で、事実木に擬態した魔物と風を起こす魔物を倒すことができた。しかし本来なら、獣の強襲によって、オレはあそこで食い殺されていた。
「……何匹だった?」
「え?」
「初めてあの獣の魔物に襲われた時、集まっていたお前たちを襲った魔物は何匹だった?」
「一匹だ。庇いきれなかったが、何匹の魔物に襲われたかくらいは把握してる」
アランはそう即答した。
つまり奴らは、囮だったはずのオレに三匹もの魔物をけしかけたことになる。明らかに、オレ個人……勇者を狙ったものだ。
最初の攻撃はフェイクで、オレが囮になることも承知していた。
そう考えなければつじつまが合わない。
御者が言うには、この森は突如として現れたものらしい。
オレ達は魔王の刺客から逃れるためにいち早く町を出たが、もしもその刺客が既にやって来ていたとしたら?
オレが見せた能力も把握済みで、この森の中で待ち構えていたとしたら?
炎の剣による体力消耗が奴らの狙いで、今それを使うことを悩んでいること自体が罠だったとしたら?
「シーダ。気持ちは分からんでもない。お前さんにとってはその剣は命綱だからな。この状況で身体が動かなくなるのは相当な恐怖だろう。しかし今はこれしか方法がない。動けなくなったお前さんを担いで、必ず生きて脱出させてみせる」
「そうだ。あと少しで出口なんだぞ! 言いたかないが、俺様も命の優先順位くらい分かってる。いざとなったら盾になってでもお前を守ってやる」
「私だって。シーダのためならなんだってやるわ!」
「ニ、ニナも‼」
まずいな。論点がずれてきている。
ここでそれを指摘しても、相手にされない可能性が高い。
「やるなら早くしてくれ! 気力が持たねえ」
「他に方法なんてない! あとはシーダが決断するだけよ!」
彼らは現実を見ていない。
中途半端に希望を持ってしまったせいで、気持ちが急いている。
気付かない間に、恐怖に塗りつぶされてしまっている。
だが、それを指摘しても──
「考えたのだけれど」
この状況にありながら、ケイトは冷静に言った。
「魔物達はどうやって私たちを捕捉しているのかしら」
全員が、ケイトに注目する。
「夜行性の動物は、何も闇を見通す力があるわけじゃない。私たちが感知できないほど小さな光を目に集めて、周りを視認しているの。日の光も通さないこの暗闇でも目が見えるのなら、ほんの少しの光でも眩しくて見つめていられないはずよ」
「……お前さん、何が言いたい?」
「音と臭いだけじゃ、獲物を捕捉するには限界があるはずってことよ。特にあの獣は、火の光の中でも、正確に私達を襲って来る。普通じゃないわ」
「そりゃそうだろ。魔物なんだから」
「代わりの目があるとしたら……」
ケイトはぼそりと言った。
代わりの目……?
「ウレイー」
ムルトの声を真似た魔物が、初めてウレイに呼び掛けた。
「ムルトオオオォ‼」
ウレイは目を剝き、声がした方向へ走り出す。
「くそっ! やるしかない‼」
オレは自分の中にあった疑惑を投げ捨て、剣に怒りを集中させた。
炎が渦のように剣を包み、回転しながら巨大になっていく。
「うおおおお‼」
剣を上に掲げ、怒りを一気に放出した。
熱と光が天へと駆け上り、死の森を照らし出す。
獣達が、一瞬でクモの子を散らすように逃げ出した。
そこには、首を食いちぎられたウレイの姿もあった。
「ひっ!」
「見るな‼ 全員走れぇ‼」
オレはあらん限りの声で叫んだ。
「ティア! シーダを頼んだぞ! ワシが先陣を切る‼」
バタクが真っ先に出口へ向かって走って行く。
「バタクおじちゃん! アランは⁉」
「奴は放っておけ!」
「待てバタク! そんなことは許してないぞ‼」
オレは足に力を入れるも、すぐにがくんと膝が崩れた。
なんとかティアが持ち上げてくれるが、さすがにアランも一緒に支えることはできない。
かといってニナ一人では──
「何をしているの。早く行くわよ」
そう言って、ケイトがアランの肩を支えた。
本来なら、彼女にアランを助ける理由はない。だが彼女は何も言わずに、アランを支えて走り出した。
「……まさか俺様が、お前に借りを作るとはな」
「安心して。魔物に襲われたらあなたを囮に逃げる算段だから」
その軽口から、アランのことはケイトに任せても大丈夫だと判断した。
「よし。オレ達も行くぞ‼」
全員で、光が見えた方向へと走り出す。
一足先に動いたバタクが、光が漏れている場所に到達した。
あと一メートルも進んだら森を抜けられる。
「よし! お前さんらも早く──」
バクン!
そんな音が、バタクの声を遮った。
バタクの上半身は、赤黒く焼けた顎に覆われている。
ニチャアと音をたてて顎が離れ、下半身だけになったバタクが地面に転がる。
「バタクーー‼」
バタクを殺した魔物。それは地球上のものとは思えない生物だった。
顔が存在せず、代わりに卵型の三つに別れた顎がある。身体だけはオオカミのそれだが、その形状はおぞましさしか感じない。
その顎が、三方向に大きく開かれる。口内には、光を放出する斑点があった。
オレ達は、あれを外の光と勘違いしたんだ。
魔物は顎を閉じると、卵型の顎が徐々に身体の内部へと飲み込まれていく。
顎が先端まで体内に入り込むと、蓋をするように上下から人間と同じような歯が現れ、穴を閉じた。
その穴は、まるで笑うように口角を歪ませる。
「デグチ……」
がくりと、オレは膝をついた。
「……もうダメ。おしまいよ」
ティアが涙を流しながら言った。
「くそ。俺様にもっと力があれば……」
「そんなことない。アランはすごくがんばってたよ」
徐々に剣を纏っていた炎が小さくなっていく。
もうオレも、体力の限界だ。
そう思った瞬間だった。
ブチリ
前方から、肉を引き千切るような音が聞こえて来た。
「……なんだ?」
「バタクの死体を遊び食いしてるんだろ。えげつねぇ真似しやがる」
遊び食い……。
確かに、今バタクの死体を食うことに意味があるとは思えない。
下半身だけになったその死体は、びくんびくんと痙攣している。
「熱じゃなかったのね」
ふいに、ケイトが言った。
「え?」
「奴らがどうやって私たちを捕捉しているのかよ。見たところ、鼻も耳もなかったようだし、熱を感知しているのかと思ったんだけど。死体を食べてるということは違ったみたいね」
視覚じゃない。聴覚でも嗅覚でもない。味覚な訳もない。
じゃあ他に何がある?
獲物を捕捉するための感覚……。
……もしかして。
「なぁ」
オレはぼそりと言った。
「……最後のわるあがきが、馬鹿みたいな行動だったとしても、天国で笑うなよ?」
オレは剣を掲げた。
分の悪い賭けだ。いや、そもそも賭けですらないのかもしれない。
だが、何度も諦めてきたオレは、今ここで諦めることが、どれほどの後悔を生むのかをよく知っている。
だったら意味がなくても、最後まで足掻いてやろうじゃないか。
「おおおお‼」
オレは剣を下に向け、全体重をかけて……地面に突き刺した。
グオオオオオオオ‼
突然、地面が大きく揺れ始めた。
「な、なに⁉」
「全員、何かに捕まれ‼」
縦に大きく揺れていたものが、今度は横に揺れ始める。
それはまるで、四足歩行の動物が飛び乗って来た人間を振り落とそうとするような動作だった。
いや、まるでじゃない。事実、そうなのだ。
この森自体が、一匹の大きな魔物だったんだ。
グオオオオン‼
突き刺した剣から、青い炎が地面へ広がり、木々を燃やし始める。いつもと違い、燃えた部分は黒く焦げているものの、灰のように崩れたりしない。それに炎の広がり方も遅い。おそらく、魔物が巨大過ぎるからだろう。
地面の揺れはとどまることを知らない。
オレは必死に剣を掴み、その揺れに耐えていた。
その時、視界の隅で、獣型の魔物が動いたのが見えた。
人間のような口をこちらに向けている。
一体なんだ?
そう思った時、その口があんぐりと開いたかと思うと、何かが凄まじい勢いで射出された。
オレは慌てて地面を転がった。
すぐ後ろにあった木に、卵型の顎がかぶりつく。
魔物の口から伸びる太い血管のような赤い何かが、顎の先端で繋がっている。
「そんな隠し技を持ってやがったか」
オレが皆に注意を呼びかけようとした時、既にもう一匹の魔物が、ケイトに支えられていたアランを狙っていた。
「っ‼」
オレは咄嗟に剣を引き抜き、アランを押しのけた。
その瞬間、卵型の顎が射出される。オレの目の前で、三つの顎がぱかりと別れた。
オレはタイミングを見計らい、飛び込んでくる下顎を斬り落とす。
しかし、加護の力が足りないのか、切り口から炎が迸ることはない。
左右に開いた顎は、容赦なくオレを飲み込もうとした。
が、それも寸でのところで防がれる。後ろで巻き込まれたケイトが、その顎を腕でガードしたのだ。
下顎を失い力が激減したのか、オレ達を飲み込む力はなく、射出された顎の勢いで、オレとケイトは顎と共に後ろへ吹き飛ばされた。
「シーダ‼」
ティアの叫び声が遠くなる。
宙を飛んでいたかと思うと、今度は勢いよく地面を滑り始める。
急に顎が閉じ始めたので、オレは慌てて添え木のように手で支えた。
地面を滑り終え、後ろを見ると、ケイトがオレよりも少し離れた場所でうめき声をあげていた。
吹き飛ばされた勢いで顎から逃れられたのだ。
顎の力は弱いが、それ以上に今のオレは力が入らない。
ティア達からはかなり離れてしまっていて、助けに来る前にオレが力尽きるのは明らかだ。
ケイトの近くに、オレの剣が転がっていた。
「ケイト!」
オレの声に反応し、ケイトは頭を抱えながらゆっくりと起き上がった。
「ケイト! そこの剣を取ってくれ‼」
ケイトはオレの剣を見た。
それを掴み、オレに目を向ける。
「ケイト! 早く‼」
そう叫んだ時、オレは彼女が考えていることが分かってしまった。
剣を見て、オレを見て、何かを考えている。
リムの名を汚したオレに、罰を与えることができるこのチャンスを、活かすかどうか。
ああ、そうかとオレは思った。
オレは死ぬんだ。
諦めでもなく、事実としてオレはそれを理解した。
でも、今までの死に方と比べれば、なんて幸せな死に方だろう。
ケイトの心のわだかまりを、オレの死で少しでも解消できるのなら、それも本望だ。
オレは敢えて手の力を緩め、目を瞑った。
グシャ!
そんな音がして、オレの顔に血が飛び散る。
目を開けると、魔物の口にオレの剣が突き刺さっていた。
「オゴ……ガ、アガ……!」
それを機に、顎には一切の力がなくなった。びくびくと痙攣し、遠くから伸びている管から蒼い炎が伝ってくる。顎は瞬く間に炎に包まれ、灰になって消えた。
ティア達がやったとは思えない。おそらく、森を形成する巨大な魔物とどこかで繋がっていて、そこから炎が広がっていったのだろう。
「……ケイト」
ケイトは震えていた。
剣を取りこぼし、その場で崩れ落ちる。
ぼろぼろと、片目だけになった瞳から涙を流して。
「殺せたのに……」
ケイトは絞り出すように言った。
「リムの名誉を回復する、唯一のチャンスだったのに……。なんで!! なんで私は!!」
地面を殴りながら、ケイトは叫んだ。
顎を防いだ時、腕に食い込んだ歯の傷跡から、血が噴き出るのも構わず。
「……分かってたからだろ」
はっとして、ケイトはオレを見た。
「そいつが……リムが、そんなこと望んでないって、分かってたからだろ」
他人のことのように自分のことを語る。
それは決してケイトと自分が交わらないことを象徴しているようで、オレは一言一言を、身を削るような思いで紡いでいった。
「リムが、お前の幸せ以上のことを望んでいるわけないって。だから……」
「知った風なこと言うな!!」
オレは黙った。
「知った……風な、ことを……」
ケイトはその場で崩れ、声を出して泣き始めた。
抱きしめてやりたい。
好きだって言って、彼女を力いっぱい抱きしめたい。
だけどオレは、歯を食いしばってそれを止めた。
「……約束する。命はやれないが、リムの代わりに、絶対オレが魔王を倒す。そして必ず、この輪廻を断ち切ってやる」
オレがそう宣言した時、焼かれた木々が灰になり、太陽の光が差し込んできた。
それが、オレの言葉に明るい未来があることを象徴しているようだった。
たとえそれが気休めにしか過ぎない考えでも、きっとそうやって、人は、希望を胸に生きていくんだ。
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