オレは家から飛び出した。

日の光がオレの目に飛び込んできたかと思うと、すぐさま黒い影が辺りを覆う。


ヒヒイィィン‼


突然、動物の嘶(いなな)きが目の前で響き渡り、オレは思わず尻もちをついた。


「てめえあぶねえだろ‼」


リアカーのようなものに乗った男が、オレに向かって罵声を浴びせた。

何が何やら分からず呆けていると、蹄を鳴らしながら四足歩行の動物が歩き出し、後ろで引っ張られるようにリアカーが動き出す。


どうやらあの動物は野生ではないらしい。

動物に労働させるという発想は村でも一度議題に上がったことがあるから分かるが、どういう意図であんなリアカーを引かせているのかは分からない。


「やだ。なにあの人?」


ふいに囁き声が聞こえてきて、オレは辺りを見回した。

周りにいるのは大勢の人間だった。

老若男女、様々な人間がオレの方を見て、こそこそと影口を叩いている。


「旅人かしら? 馬車で驚くなんて、どんな場所に住んでいたのかしらね」

「しっ。こういう人間は無視するのが一番だ。絡まれても面倒だからね」


マルクはこの町の住人だったはずだ。

なのに彼らは、初めて会った人間を見るかのように冷たい目で一瞥してくる。


村の人間は運命共同体だ。

いがみ合うことはあっても、村の総意なしに繋がりを断(た)とうとする人間は一人としていない。

それは生きていく以上、村人全員の助けが必ず必要になる時が来ると分かっていたからだ。


オレは初めて人の無関心というものを目の当たりにした。

そして初めて、赤の他人というものに触れた。


怖い。

率直に、そう思った。

初めて感じるストレスに、自分自身戸惑っている。

身体が縮こまってしまって、恥ずかしくて顔も上げられない。

自分に対して一切の興味を持たない人間というのが、これほど恐ろしいものだったとは思わなかった。

ひそひそ、ひそひそと耳をくすぐる小さな声が、小バエのように纏わりつく。

オレはそれを振り払うように、再び駆けだした。


なんなんだここは?

まるで別世界に連れて来られたかのようだ。

村長は、唯一外の世界を知っている人間として、村の皆に様々なことを教えてくれた。

オレは村長の口から語られる、想像もできない物語を聞き、わくわくしながら空想に耽っていた。


これが、村長の言っていた町?

ガキの頃、あれほど夢見ていた都会なのか?

町というのがこんなにも冷たいものだと知っていたなら、オレは絶対憧れたりなんかしなかったのに。


しばらくして、とうとうオレは走り疲れて止まってしまった。

石畳の地面は走りやすく、思った以上にスピードが出てしまっていたらしい。


ふと前を見ると、オレの住んでいた家よりも酷い張りぼての家屋があった。

吹きさらしで扉もない。しかし食べ物だけは豊富に持っているらしく、色鮮やかな果物が斜めに横たわった棚に陳列してある。


「やあやあ、そこの兄さん。ずいぶん喉が渇いてそうだね。ウチの果物はジューシーだから飲み水の代わりにごくごくいけるよ。一つどうだい?」


言われて、棚に並ぶ果物を見下ろした。

ごくりと、思わず喉が鳴る。

見ず知らずの他人だが、ここは好意に甘えよう。


「悪い。じゃあ一つもらう」


オレは手近にあったリンゴを手に取り、かじり付いた。

噛んだ瞬間に溢れ出る果汁を啜るように二口、三口と口を動かす。

どうやら喉だけでなく、腹も空いていたようだ。


「……ちょっとアンタ。そろそろ払ってくれないと」


オレが夢中でリンゴを食べていると、急にこの家の主人が不機嫌そうな声を出した。


「え?」

「え、じゃないだろ。金だよ、金。ないなら売り物に手を出さないでくれるか?」


金……?

どこかで聞いたことがある。

そうだ。確か、物々交換を潤滑に行うためのものだ。

町に行けば金がないと何もできないと村長が言っていたのを思い出した。


どんな形状のものだったか。

村長から聞きかじった知識を必死で思い出しながら、オレはポケットをまさぐった。


「も、持ってない」

「あぁ⁉ じゃあなんでそのリンゴかじったんだよ! 言っとくが、これは窃盗だぞ‼」


窃盗?

そうか。ここじゃ、財産は共有してないんだ。

オレの村では、自分の家で取った収穫物は必ず村の収穫物として提供し、そこから村長が分配していた。

そうすることで、栄養が偏ることなく、不自由することなく生きてこれた。

互いが互いに依存することで成り立っていた。


そうだった。

お互いに過度に依存しなくとも不自由しないように、金という共通の価値を生み出したんだと、村長が言っていた。


しかし、もしその金を持たずに相手の財産を奪ったらどうなるんだ?

村でいうと、自分の収穫物を相手に渡さなかった場合。

そんな奴がいたら袋叩きにあって村八分食らって、餓死するか村から出ていくかのどっちかだ。

そしてそれは、どっちも死刑宣告と同じだった。


オレは急に焦り始めた。


「ま、待ってくれよ。悪気はなかった。あとで払うから、死刑だけは」

「あん? 窃盗程度で死刑になるかよ。なんだお前? 頭でも打ってんのか?」

「知らなかったんだ。ええと、なんていうか……全然、ルールが分かってなくて。それで──」

「旅人だから法律に従う義務はねえってか?」


法律?

なんだそれは。

一体何のことを言っている?


「役人さん呼んで来てもそんな言い訳言えるのかよ。ってかお前、許可証は?」

「ちょっと待ってくれ‼ いいから話を聞いてくれ‼」


オレは大声で自分の主張を捲し立てた。

もう自分で何を喋っているのか分からなかった。

相手の言っていることが何一つ分からず、とにかくこのままだと処刑されると思って、必死に喋りかけていた。


どれだけそんなことをしていただろうか。

家の主人はとうとう業を煮やしたように首を振り、何かを探し始めた。


「おい誰か! 役人さんを呼んで来てくれ‼」


役人?

何のことだ?

とにかく、まだこの主人はオレの主張を分かっていない。

再び説得を試みようと口を開いた時だった。


突然、誰かがオレの腕を握った。

思わず言葉を止め、そちらに振り向く。

フードを頭から被っていて顔は見えない。しかし隙間から見える長い髪が、その人物が女性であることを示していた。


その女性は、突然銀色に光る丸くて平らな物体を取り出し、主人に渡した。


「私が払うから、それでいいでしょ?」

「……まあ、オレは金さえもらえば何でもいいが」


主人はオレを見ながら不快そうに舌打ちすると、張りぼての家の中へと入って行った。

……よく分からないが、このフードの少女がオレを助けてくれたようだ。


「あ、ありがとう……」


オレがそう言うと、女はフードを脱いだ。

非常に整った顔立ちだった。

すらりと伸びた鼻と切れ目が印象的で、気の強そうな印象を受ける。


オレの第一印象が正しかったことを証明するかのように、彼女はキッと睨んできた。


「大騒ぎになって警備隊でも来られたらこっちが迷惑するのよ。お金くらいいつも持ち歩くのが常識でしょ」


その棘のある言い方に、普段なら腹が立っていたところかもしれない。

でも色々なことがあり過ぎて、オレは臆病になっていた。


「ご、ごめん……」


素直に謝ると、女は毒気が抜かれたように、急に慌て出した。


「ちょ、ちょっと。男のくせに、そんなにしょげかえらないでよ。調子狂うわね」


しょげかえる? 周りからは、そんな風に見えたのだろうか。

困ったことに、オレは今、まるで状況を客観視できていなかった。

彼女はそんなオレの混乱を察してか、小さくため息をついた。


「……アンタ、もしかして旅人?」

「え?」

「常識なさそうだったから。田舎から来たのかなって思って」


間違ってはいない……と思う。


「ああ」

「そ。ところで、アンタ名前は?」

「リム」


咄嗟に、そう答えてしまった。

マルクと名乗った方がいいだろうか……。

オレが言い直そうとした時、女が急にオレの顔を覗き込んだ。


「な、なんだよ……」

「ダサイ。イモい。へなへなし過ぎ」


突然、ありったけの悪口をぶつけられて、オレは唖然とした。


「ま、でもいっか。贅沢言ってられないし」

「お、おい。何を勝手に自己完結してるのか知らねーが──」


オレの言葉は、人差し指をたてた手を目の前に突き出されて止まった。


「特別の特別よ。私がこの町を案内したげる」

「……は?」

「なによ。迷惑?」


事の推移が早すぎて理解が追いつかない。

しかしこのまま町で行動するには、オレはあまりに知らないことが多すぎる。


「それはありがたいけど。でも、なんで……?」

「……ま、私も暇だったしね」


長い溜めが、彼女の嘘を象徴していた。


「それに、誰だって独りぼっちは嫌でしょ?」


彼女は、どこか遠くの方を見ながら、ぼそりと言った。


彼女も一人なんだろうか。

この大きな町で、大勢の人間に囲まれながら、孤独を実感しているのだろうか。

オレと同じように。


◇◇◇


彼女は名をフィリスというらしい。

この町のお偉いさんの娘らしいのだが、時々抜け出して町に繰り出しているのだと言う。どうやらオレは、彼女の遊び相手として選ばれたようだ。


オレは元来た道を戻っていた。

あの時はパニックになって逃げ出してしまったが、オレの身体であるマルクの家には、彼の母親の死体がある。

あんな死に方をしたんだ。きちんと供養してやらないと彼女も浮かばれない。


正直、あの時のことは全て忘れてしまいたかった。

オレが軽はずみに取った行動で、彼女を死なせてしまった。

いや、彼女だけじゃない。

村の人達も、母さんも。皆、オレが殺した。


オレは握りこぶしを作った。

暑くもないのに、身震いするほど冷たい汗が腕を伝う。


あの家に帰るということは、それらを全て認めるということだ。

自分の身体に纏わりつく、罪悪感という重圧に押しつぶされるということだ。


そんなの嫌だ。

少なくともここにいる間は、それを忘れられる。

あの家に戻りさえしなければ──


「ここ!」


突然、フィリスが叫んだ。

見ると、一つの建物を指さしている。

奇妙な板が建物から突き出た棒に吊るされていて、風で揺れている。

そこには大きく文字が書かれているが、学のないオレには読むことができなかった。


「ここが商人の町、ルデリコ自慢の酒場よ。商売は情報が命だからね。金持ちも貧乏商人も、みんなここで情報交換するってわけ」

「酒場ってなんだ?」


フィリスはジト目でオレを睨んだ。


「そこから……? 常識知らずにも程があるわね。酒場っていうのは、お酒や賄いを提供するお店のこと。お店って分かる? お金と交換に、商品を提供してくれる場所のことよ」

「そうか。ならオレに果物をくれたあのハリボテも、店ってやつだったのか。なんでオレに果物を渡してきたのか、ずっと謎だったんだ。おかげで一つ謎が解けた」

「……私、からかうつもりで言ったんだけどな」


気を取り直すためか、フィリスはこほんと咳払いした。


「この世界は現状、魔物が支配していると言っても過言ではないわ。こういう町には結界が幾重にも張ってあるから襲われる心配はないけど、ずっと町に籠っているわけにもいかない。だから商人達は、数少ない地理や魔物の知識を蓄えて、傭兵を連れて町を渡っていくの。この町も、そんな勇敢な商人達が集まって作られた町なのよ。魔物がはびこるこの世界で、未だに人間が生きていけるのは、彼らのおかげと言っても過言ではないわ」


そう言って、彼女は胸を張った。

正直、彼女の話はいまいちピンとこなかったが、それでもこの町が世界にとって必要なものなんだということはよく分かった。


それから、彼女は色々なことを教えてくれた。

オレが最初に驚いたリアカーを引く動物は馬といって、人を乗せて遠くまで移動できる馬車と呼ばれる乗り物であること。町には大勢の人間がいるため、一人一人を管理することが困難なので、法律というルールを作り、それに基づいて罰を決めていること。それら町に関する様々な仕事をする役人という職業の人間がいて、彼らを統括する町長は住民たちの投票で決められること。


全ての話が新鮮で、面白くて。

オレは子供の頃の心を少しだけ取り戻すことができた。


オレがあまりにも無知なためか、数歩進むごとにあれこれと聞きたいことが出てきてしまって、なかなか歩が進まない。

フィリスはそんなオレに悪態をつきながらも、快く求めに応じ、色々なことを教えてくれた。


しばらくして、話を聞くのも疲れ始めた頃。

彼女は近くの店で、薄茶色の丸い何かを二つ買って、オレの方へ駆けて来た。


「ん」


そう言って、彼女は紙に包まれて白い湯気を出すその物体を差し出した。


「イモって言って、最近普及し始めたものよ。ジャカルタ・ビム・バタクっていう伝説の商人が見つけてきた、安価でどこでも栽培できる魔法の食べ物なの」

「……金がない」


両手をあげ、首を振ってアピールする。

先ほど痛い目を見たことを、オレは学習していた。

しかしフィリスは、何がおかしかったのか、ぷっと吹き出した。


「特別の特別に、今回はおごりにしといてあげる。言っとくけど、あとでちゃんと請求するからね」


おごりってなんだと聞くと、相手の代わりにお金を払ってあげることだと教えてくれた。

請求するならそれはおごりとは言わないんじゃないかと聞いてみたら、頭を小突かれた

理不尽だ。


近くにあった長石のベンチに腰掛け、オレ達はイモを堪能した。

パンと違ってやわらかく、腹持ちも良い気がする。これがどこでも栽培できるのなら、確かに魔法の食べ物だ。


「世の中にこんなにも知らないことがあるなんてな」

「そりゃ、そんな知識じゃね。ほとんどゼロみたいなものだし」


そう言われても仕方がないくらい、ここには知らないことが溢れていた。

あの村にいれば決して使うことのない知識だが、そういう無駄なものを思うままに摂取できることに、肉体労働とは違う充足感を覚えていた。


「フィリスのおかげだ。助けてもらったし、色々教えてもらった。いつか恩返ししなきゃな」

「……そ」


フィリスはイモを全て食べ終えると、大きく伸びをした。


「あーあ! アンタがもう少しカッコよかったらなぁ。恋に落ちて、駆け落ちして、見知らぬ町でひっそりと暮らす人生を歩めたのに」

「夢見過ぎだろ」

「いいじゃない。夢くらい見たって。……どうせ、いずれ覚めるんだから」


時々、彼女は大人びた目で遠くを見る時がある。

彼女は何を思い出しているんだろうか。

その寂しそうな目で、一体何を見ているんだろうか。


急に、彼女はぱっと顔を明るくした。


「でもよかったわ。リムが意外と話せる奴で。最初はただの変人にしか見えなかったしね」

「……それは言うな」

「退屈しのぎしようにもさー。下手な人と話すとパパに筒抜けになっちゃうから、アンタみたいな旅人は貴重なのよね」

「なんだ。じゃあ貸し借りはなしだな」

「ちょっと。そんなわけないでしょ。私がアンタに費やした労力とじゃ割に合わなさ過ぎよ! きっちり恩は返してもらうからね」


オレは苦笑した。


「分かってるって」


おかげで、嫌なことを思い出さずに済んだしな。

ふと見ると、彼女がうれしそうに微笑んでいる。

それを見て、オレは彼女が、ずっと気を遣ってくれていたことに、ようやく気付いた。


「アンタって全然いけてないけど、その目は好きよ」


フィリスは、ゆっくりと左手を伸ばした。


「その……紋章? よく分からないけど、なんだか神秘的な感じがする」


オレの右目に、彼女の手が徐々に近づいてくる。

その瞬間、何かが頭の中でフラッシュバックした。


オレは彼女の手を思わず振り払った。

彼女が驚いてオレを見ている。


呼吸が荒い。

気持ちを落ち着かせるのに、数秒かかった。


「悪い。ちょっと、びっくりして」


彼女は少しだけばつが悪そうに視線を這わせ、改めてオレを見つめた。


「……アンタって──」


その時だ。

遠くから蹄の音が大量に聞こえてきた。

見ると、いくつもの馬車がこちらに向かって走って来ていた。


どうにも尋常じゃない気配を感じる。

フィリスの方を見ると、顔を蒼くしていた。


馬車の一群はオレ達の前で止まり、そこから何人もの武装した人間が降りてきた。


彼女が思わず立ち上がり、小さく後じさる。

反射的に、オレは彼女の前に出た。

この身体でも、戦い方は覚えている。

敵の身体つきを見ても、彼女を逃がすくらいはできるはずだ。


「リム……」


遅れて、一人の人間が馬車から出て来た。

それは小柄な中年の男性だった。

馬車から降りて来た人間とも、町を行き交う人間とも違う。どことなく近寄り難い上品さが漂っている。

しかし、少し太っていて、よたよたとした歩き方は、女にも喧嘩で負けそうな印象だった。


「フィリス! 一体どこをほっつき歩いていたんだ‼」


男は顔を真っ赤にして怒っている。

フィリスは慌てて前に出た。


「ご、ごめんなさいパパ! ちょっとお散歩するだけのはずだったんだけど」

「いつも言ってるだろ。町長の娘としての自覚を持てと」


町長。

そうか、フィリスは町長の娘だったのか。


フィリスの父親である町長は、まるで道端のゴミでも見るかのように、オレをじろりと睨んだ。


「誰だこいつは」

「リムという旅人よ。私が悪漢に襲われた時に助けてくれたの」


嘘八百だ。

フィリスはオレにしか見えないように、ウインクしてみせる。

どうやら話を合わせろということらしい。

そう思って、オレが口を挟もうとした時だった。


「お前のこと、知ってるぞ。町の片隅で宿屋を営んでいるおかみの倅(せがれ)だろ。確かマルクといったか」


フィリスが愕然とした表情でオレを見つめる。

オレは無表情を貫いた。


「私も元は商人として成功した身でね。この町で商売している人間の顔と名前くらいは頭に入れているのだよ。さて、マルク。いや、リムというのか? うちの娘をたぶらかして何をするつもりだったのか、教えてもらおうか」


なんだか面倒なことになってきた。

これもすべて、オレが宿命(さだめ)とやらを受け入れないからなのか?


「ちょ、ちょっと待って!」


突然、フィリスがオレを庇うように両手を広げた。


「……フィリス。お前は騙されていたんだ。そこを離れなさい」

「嫌よ! きっと何か理由があったんだわ。私には分かる!」

「お前に何が分かるというんだ。世間知らずの若い女が」

「だって、私と同じだったから‼」


彼女は、オレの方を振り向いた。


「私と、同じ顔をしてたから」


泣きそうな顔だった。

少し話しただけの、せいぜい知人程度の相手。

しかしそれでも、強気な彼女が見せるその顔に、特別な意味があることくらいは分かった。


「……もういい。お前たち、フィリスを連れていけ。抵抗するなら多少傷がついても構わん。帰ったらどうせ折檻だ」

「い、いや! 離して‼」


……決めた。

逃げてばかりで、誰のために何をするのが最善かも分からないオレだったが、決めた。


オレは……フィリスを守る!


左胸に手を翳した。

光が辺り一面に輝き、何もなかったはずの場所から柄が現れる。

ゆっくりと手を伸ばすと、徐々に刀身が露わになる。


手を完全に伸ばした時、その剣はきらりと光った。

あの時とは違う。

朧げだった輪郭がはっきりしていて、ちゃんとした剣になっている。

銀色に光る、思わず見とれてしまうような剣だ。


「な、なんだあれは?」

「魔法剣? あいつ、魔物の類か?」


ざわめきの中、オレはフィリスに向けて叫んだ。


「おごりの礼だ! オレは今からお前のために剣を振るう!」

「え……?」

「お前は何がしたい⁉」


オレの叫びに、フィリスは迷っていた。

しかし迷っているのは他の人間も同じだった。

何もできないと思い込んでいた男の突然の反逆に、町長を含め、その場にいる誰もが狼狽していた。

しかしその時、町長の側にいた、いかにも言葉の達者そうな男が、驚愕のまなざしでオレを指さした。


「お、思い出した! あの紋章……リインの紋章だ‼ 勇者の証だ‼」


動揺しながらも臨戦態勢を取っていた武装した男たちが、ぴたりと止まった。


「町長! 今すぐこの戦いを止めてください! 彼は……いえこの方は、我々人間を魔物から救う、救世主です‼」




続く

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