蠱惑の傀儡子



それがどこから現れたのか、自分自身よく分からなかった。

気付けば手の中にあったその剣は、まるで生きているかのように脈動している。


「……気に入らないねぇ」


木の上から降りた魔物は、冷たい言葉で言った。


「人間如きが、いっちょまえに魔法剣を使うなんて。君、何者? ただの田舎者じゃないよね」


魔法剣。

よく分からないが、どうやらオレはこの剣を何もないところから召喚したらしい。


『その剣はあなたの心そのもの。魔物を屠(ほふ)り、人々を救いへと導く奇跡の一刀。しかし、その使用には大いなる責任が伴います。制御できぬ強大な力は自身を蝕む毒と同じ。全てを悟り、全てを受け入れた者のみが天へと昇る資格を得るのです』


先ほどまでの茶化した態度は姿を消し、女神は毅然とした態度で魔物を指さした。


『さあ。お行きなさい、人の子よ。その身を以て、私に示すのです。自身が天に昇るに相応しい存在であることを』

「……天だか救いだか知らねーが、今のオレにはそんなこと関係ねぇ」


ぎゅっと、剣の柄を強く握る。

その瞬間、剣がオレの心と呼応し、刀身が炎のように燃え上がった。


「あの女を地獄に叩き落とす。ケイトの仇(かたき)だ‼」


オレは駆けた。

にんまりと笑う魔物めがけて剣を大きく振り下ろした。

手ごたえは……ない。

剣は何もない地面にぶつかり、そこから炎が柱のように舞い上がる。

オレがすぐに後ろを向くと、大きく跳躍した魔物が地面に着地するところだった。


「っとと。……魔物のアタシがドン引きするような馬鹿魔力ね。でも、使用者が大したことなけりゃ意味はない」


沸騰した血が心臓から一気に全身に駆け巡った。


「アタシはパペット・スネイク。またの名を蠱惑の傀儡師。その異名の恐ろしさ、馬鹿なアンタに教えてあげる♪」


そう言って、スネイクがゆっくりと両手を広げた。

そよ風が舞い、どこからともなく現れた白い霧が辺りを包み込んでいく。


「てめえ、逃げる気か⁉」

「逃げる? 真反対よ。アンタを確実に苦しめて殺してやるためのお膳立て」


苦しめて殺す?

本来オレが言うべき言葉を言われたことが、オレの逆鱗に触れた。


再びスネイクに向けて突進する。

多少視界がぼやけていても構わない。

とにかく奴を攻撃していないとどうにかなりそうだった。


霧の中は思っていた以上に視界が狭い。

前後左右、一メートル先も判別が難しいほどだ。


「さっさと来やがれぇ‼」


この状況で叫び声をあげるのは愚の骨頂だ。

そんな思考が頭の片隅で働いたが、すぐにそれは沸騰するような熱によって蒸発した。


反応速度には自信がある。

調子に乗って間合いに入ってきたところを、一瞬で斬り伏せてやる。


オレは剣を構えた。

空気が肌に触る感覚が、徐々に鋭くなる。

逸(はや)る気持ちを抑えるように、剣を持つ手に力を込める。


早く来い。

来い、来い、来い‼



ガサ



オレは獲物を確認する間もなく、剣を振り下ろした。

霧の中から現れた人影が、徐々に姿を現していく。

オレは驚愕した。


「村長⁉」


そこにいたのは確かに村長だった。

どこか夢うつつな表情で、明らかに正常ではない。首筋には二つの針で刺されたような傷が見えた。

振り下ろされる剣は、もはやオレの意思ではどうすることもできなかった。


止められない──っ‼


オレが思わず目を瞑った時、何者かがオレにぶつかった。

剣は村長の横を逸れ、オレは倒れ込んで地面を転がる。


すぐに起き上がると、そこには見知った顔があった。


「少しは頭が冷えたか、単細胞」

「ウィズ……。どうしたんだよ、その恰好」


彼の恰好は、まるで戦にでも向かう途中のようだった。

安っぽい鎧に、錆びついた剣。

しかしそれは、この村にある最大級の装備だということを、オレは知っていた。


「てめえのことだから、今夜にでもおふくろさんを連れて出発するだろうと思って、用意しておいたんだよ。想像とは別のところで役にたったけどな」


訳が分からない。

ウィズとは昼間に喧嘩したばかりだ。

赤の他人だと言って、殴ろうとすらしたのに。


「ったく、本当に昔から馬鹿さ加減だけは変わらねえな。お前が魔物と戦うなら、その間どうやっておふくろさんを抱えるつもりだったんだ?」

「……けど、オレ」

「言っとくけど、村長のお達しだからな」


オレは何も言えなかった。

胸ぐらを掴んで罵声を浴びせた若造相手に、村長がどうしてそこまで。

勇者だから? 確かにそうかもしれない。

でもオレは、決してそれだけの理由ではないと信じることができた。


「……どいつもこいつも、頼んでもないのに」


ウィズが手を差し出す。

少しだけ躊躇したが、オレはその手を掴み、立ち上がった。

さっきまでの熱かった頭が、急激に冷えていくのを感じる。


「ここは村一番の知恵物と言われた俺に任せろ。いいな?」

「……言ってろ」


オレは剣を構えた。

先ほどまで、どれだけ肩に力が入っていたのか。

今になってようやく実感することができた。


「ちょっとぉ~。良いとこだったのに邪魔しないでよ」


晴れた霧の中から、頬を膨らませたスネイクが姿を現した。

彼女の後ろには、大勢の村人がいる。

全員、オレがよく見知ったアムル村の住人だ。


「聞け、リム。どうやら俺達以外の人間は全員操られてるみたいだ」

「……あいつの能力か」


魔物には特有の能力がある。

どういう原理かは分からないが、スネイクの持つ能力は人間を操るというものらしい。


「ここに来る前に村人数人とやりあったが、全員蛇に噛まれたような傷があった。おそらくあの右手に噛まれた奴が操られるらしい」


村長を斬りそうになった時も、その傷が垣間見えた。

ウィズの推理で間違いなさそうだ。


「さっきのお前の行動も奴は把握済み。ここからは村人を盾に攻撃してくるぜ」

「……どうするんだ?」

「今考えてる」


オレは呆れた。


「何か考えがあるのかと思えばそれかよ」

「うるせえな。そんな簡単に策が浮かぶなら誰も苦労しねえよ」

「ちょっとちょっと。さっきからアタシを無視して作戦会議? 田舎者の猿が何人集まろうと無駄だからさぁ。さっさとアタシに殺されてよ」


右手の蛇がこちらを挑発するようにチョロチョロと舌を出す。


「田舎者、ねぇ」


にんまりと、ウィズが口元を歪ませる。

ウィズが良からぬことを思いついた時の癖だ。


「リム、その妙な剣で村人達を足止めしてくれ。俺はあの女とサシでやる」

「分かった。だが、トドメはオレに刺させろ」

「おいおい。さっき俺に任せろって言ったばかり──」

「あいつはケイトを殺した。あいつだけは、オレの手でやらなきゃ気が済まねぇ」


ウィズは少しだけ黙った。


「分かった」


他愛のないことのように、軽く返事をする。

それがウィズという男の最大限の気遣いだということを、オレは知っていた。


「じゃあやるぞ!」

「おう‼」


オレ達はスネイクめがけて走った。

しかしすぐに二手に分かれ、ウィズはスネイクに、オレは村人の集団に飛び込んだ。


「なぁんだ。さっきの子はアタシとやらないの」

「あいにく、奴は女慣れしてないもんでな。こっちだけで楽しもうぜ」

「アタシ、口が軽い男って大っ嫌いなんだけど」


不安がないわけじゃない。

ウィズが強いのは知っているが、相手は魔物だ。

本来なら二人掛かりで相手をしたい。

だが、二十人ほどの村人を殺さずに相手するためには、この方法が一番だ。


「おらぁ‼」


オレが横薙ぎに地面を傷つけると、そこから炎が舞い上がる。

村人たちは怯み、こちらに近づこうにも近づけないようだ。


(操るといっても、痛みを無視して攻撃させることはできないのか)


これは大きなアドバンテージだ。

これなら大人数でも、この剣さえあれば簡単に押さえられる。

問題は……


オレはウィズの方を見た。

ウィズの華麗な剣技を、スネイクは蛇と化した右手でうまく防いでいる。

見たところ、力は五分五分のようだ。


「剣技はさっきの魔力馬鹿より良いみたいだね」

「アイツの馬鹿さ加減が分かるなんて、気が合うねぇ。なんなら俺と付き合ってみる? 俺は魔物だろうと可愛ければ大歓迎だけど」

「死ね」


スネイクが両手を翳した。

再びあの霧が立ち込める。

それを見て、ウィズは一気に後退し、近くにあった田んぼの中へと飛び込んだ。


「ぬかるみで足音を判別するつもり? 田舎者らしい浅知恵ね」

「浅知恵かどうか、試してみりゃいい」


煙の中での攻防は、オレの目からは確認できない。

しかし、剣と牙がぶつかる音を入念に聞いていれば、どのような戦況かはだいたい分かる。

オレは村人の相手をしながら、不定期に響く金属音に耳を澄ませていた。


しばらくして、その金属音に乱れが生じた。

動かないものに叩きつけるような音だ。それは何年も聞いてきたウィズの剣とは違う。

防戦一方なのはウィズの方だ。


「ようやく効いてきたね」


オレの推理を裏付けるように、スネイクの勝利を確信した声が聞こえてきた。


「実はこの霧を吸った奴も操ることができるんだよね。魔力が強すぎる奴には効かないんだけど、アンタは普通の人間っぽいから、効果てきめんでしょ?」

「……オレらの話を聞いてたわけね」


霧が晴れる。

膝を折ったウィズの姿が見えた。

まさに今、ウィズの首に蛇が噛みついたところだった。

オレは踵を返して走った。


走りながら、オレは猛スピードで頭を回転させていた。

オレ一人でスネイクを相手するのは無理だ。あの蛇を引きはがし、とにかくスネイクを下がらせて毒を吸い出す。オレに奴の術が効かないならまだ間に合う。


「参った降参だ‼ 殺さないでくれぇ!」


オレの考えが一瞬で吹き飛んだ。

試合の時に言っていたウィズの言葉が、勝手に再生される。

『終わり? そんなもんねえよ。本物の戦場で、審判が律儀に終了の合図をくれると思うか?』


「今更命乞い? ま、人間にしてはよくやったよ。絶対許してやらないけど」


顔を蒼くしたウィズは、にっと笑った。


「許さない? そりゃこっちのセリフだ」



バチン



「ん?」


スネイクが自分の足を見る。

その足首には、ロープがきつく括(くく)られていた。


「獣用のスネアトラップだ。都会育ちは知らねえか?」


その罠は、魔物相手にダメージを与えるものではない。

しかし確実に、動きは鈍った。


「今だ‼ やれ!」


風を切る音を聞きながら、スネイクへと肉薄する。

スネイクがオレの意図に気付いた。

しかしその時には、もうオレの剣は奴の心臓に狙いを定めていた。


「死ね」


ズブリと、柔らかい感触が柄の部分から伝わってくる。

その驚愕の表情が、致命傷である何よりの証拠だった。


仇(かたき)は取ったぞ、ケイト。


オレが心の中でそうつぶやいた時だった。


ペリ


そんな音が傷口から聞こえてきた。

貫かれたことでできた裂傷が契機になり、いくつもの裂け目が身体全体に広がり始める。

ヒビによって分離した皮膚片が少しずつ剥がれていき、その中から新しい皮膚が垣間見えた。

オレが思わず眉をひそめた時、皮膚が一気に剥がれ落ち、その下からまったく別の女性が姿を現した。


「母……さん?」


スネイクの姿を纏った皮が剥けたかと思うと、その中から母さんが現れた。

一瞬、すべてが止まった気がした。

少し遅れて、どっと汗が噴き出てくる。


「なん、……なんで、……母さ……」


違う。幻覚だ。

これはスネイクが見せている幻だ。

だってそうだろ。オレが刺したのはスネイクだ。それなのに母さんを刺したことになるなんて、そんなのおかしいだろ。

オレの頭の中で、おかしいという言葉が何度も何度も繰り返し唱えられ、その単純な言葉が脳から溢れ出るほどいっぱいになった。

おかしい、おかしい、おかしい、おかしい、おかしい、おかしい、おかしい、おかしい、おかしい、おかしい、おかしい、おかしい、おかしい、おかしい、おかしい、おかしい、おか──


血の抜けた弱弱しい手が、そっとオレの頬に触れた。

荒れた手はざらついていて、骨と皮しかなくて。でも、薪でくべた火なんかよりもずっと温かくて──


母さんの顔が薄い笑みを作った時、オレの剣が発する炎が、一瞬にして母さんを炭へと変えた。


「うわあああああああああああああああああ‼」


オレは叫んだ。

叫ぶことしかできなかった。

灰になった母さんを必死にかき集めて、訳もなく流れる涙を隠すことも忘れて、オレは叫んだ。


「母さん! 母さん‼」


信じられなかった。信じたくなかった。

でも、理解してしまった。

オレが殺してしまったのは、紛れもなく母さんなのだと。


「キャハハハハ‼ その顔、さいっこう!」


オレはぼんやりとした頭で、その声を認識した。

オレが刺し殺したはずの女の、愉快そうな笑い声だ。


「うわごとみたいにリム、リムって言ってたからさぁ。アンタに会わせてあげようと思ったんだけど、普通に会うだけじゃ味気ないでしょ? だからまぁ、ちょっとしたサプライズってやつね。喜んでくれたみたいで何よりだよ」


何を言っているのか理解できない。

だってオレが殺したのはスネイクで。母さんは今も家で寝ていて、だから──


「正直、魔王様の命令とはいえ、こんな田舎まで来るハメになったことに、ちょっと苛立ちを感じてたんだ。でも、うん。君の顔を見て、少しは気が晴れた♪ 君もこれから殺しちゃうけど、まあ寂しくはないでしょ? 大好きなお母さんが、恨み言を言いながら地獄で待っててくれるんだから♪」


ぞわりと、寒気がするほどの怒りがオレの身体を駆け巡った。

今まで放心状態だった反動も相まって、一瞬の内に心が一色に染まり、オレはスネイクの元へと跳躍した。


「っ⁉ ちょっ──」


さっきよりも素早く、さっきよりも渾身の力を振り絞り、一気に剣を振り下ろす。

オレの呼びかけに応えるように剣は巨大化し、スネイクの身体を圧し潰す。

血だまりがはじけ飛び、それでも勢いが止まらず地面をえぐり、大小さまざまな瓦礫が辺りに飛び散る。


たったの一撃で、オレは肩で息をしていた。

こんなこと、初めて剣を握った時以来だ。

ふと、圧し潰し損ねた腕を見る。

一目で鍛えていることが分かる筋肉質な腕。

肉体労働でついた無骨で不均等な筋肉ではない。戦うための、きちんとした鍛錬を積んだ腕だ。

この村でそんな腕を持っているのは、オレの他に兄貴分であるウィズだけだった。


「はい残念」


スネイクの声が横から聞こえた。

その声を聞くだけで、真っ白だった思考が怒りに支配される。


「がああああ‼」


オレは巨大な剣を振り回した。

スネイクの身体が一瞬の内に上下に引き千切れ、上半身が回転しながら宙へと舞う。

どちゃりと血溜まりに落ちたそれは、先ほどまでの瑞々しい肌とはうって変わり、皺の目立つ身体になった。

その顔はよく知っている。

村長の顔だった。


「あああああ! うわああああ‼」


オレはパニックを起こしていた。

そんなつもりじゃないのに。憎い魔物を斬り殺そうとしているのに、オレは大好きだった村の人達を斬り殺している。


「どこだあああ‼ スネイク‼ ぶっ殺してやる‼」


これ以上同じことを続けたら、再び誰か大切な人を殺してしまう。

そう分かっているのに、止められなかった。

怒りがオレの理性を吹き飛ばし、失敗がさらにオレの激情を駆り立てる。


スネイクの姿をした誰かを、オレは何人も何人も殺した。

あの女の高笑いを聞きながら、叩き斬り、細切れにし、すり潰した。

息ができなくなっても斬り続けた。


「アンタさぁ」


突然、背後から声が聞こえる。

その瞬間、自分の頭を何人もの腕が掴んだ。


「いい気味だけど、ちょっとウザイ‼」


オレは顔面から一気に地面に叩きつけられた。

鈍い痛みと熱を鼻先から感じる。大量の血が流れているのが、痛みで麻痺した神経でもおぼろげに分かった。


オレは必死に身体を動かそうともがいた。

しかし何人もの村人達に押さえつけられた身体は、どれだけの力を込めても一ミリたりとも動くことはなかった。


「あー、いったぁ。いくらアタシを殺せないからって、何の罪もない人々を何人も斬り殺しちゃってさぁ」


痛い……?

オレが斬り殺していたのは、この女が洗脳していただけの人間だったはずなのに……。

そんなぼんやりとした思考は、スネイクに後頭部を思い切り踏みつけられたことで中断した。


「ザコが開き直ってんじゃねーよ!」


オレは唯一動かせる拳を、血が出るほど握りしめた。

何もかも忘れるほど誰かを憎んだのは初めてだった。

そんな相手に足蹴にされている理不尽に怒りが湧き、この女を八つ裂きにできないことに怒りが湧く。

身体が溶け出すんじゃないかと思うほどの怒りが、オレの身体に渦巻いている。


ふいに、スネイクがオレの前髪を掴み、ぐいと上へ持ち上げた。

目と鼻の先に、愉悦に浸るスネイクの顔がある。

他のことなどどうでもいい。

こいつさえ殺せれば、あとはもうどうでもいい。

それほど強く願っているのに、何故オレの刃がこいつに届かない。

この十数センチに満たない距離に、どうして届かない。


「アタシが憎い?」


この単純な質問が、オレの心を沸き立たせる。

この女の声を聞くだけで、衝動的に斬り刻みたくなる。

しかしどれだけ力をいれても、がっちりと掴まれて動けない。


「同じ場所で暮らした大切な人を手にかけても、アタシを殺したい?」


口から鉄のような味がする。

歯を食いしばり過ぎて、唇から血が滴り落ちる。


「魔物は鏡だ。アンタたち人間の、本当の姿を映し出す鏡だ」


先ほどまでの享楽的な姿は身を潜め、スネイクは静かに語った。

無表情な顔が、今まで以上に何かを訴えかけている。


彼女は立ち上がり、オレに背を向けてゆっくりと歩いた。

再びこちらを向いた時、そこにいたのは、先ほどまでと同じ、残酷で、人の不幸を娯楽にする魔物の姿だった。


「怒れ! 憎め! お前たちが憎めば憎むほど、アタシたちは強くなる‼」


スネイクは人差し指と中指を立て、自分の首を横切るように軽く振った。

隅にあったウィズの剣が村人の手に渡り、オレの視界から消える。

少しして、オレのうなじに、冷たく鋭いものがゆっくりと当たった。


ふざけるな。

こんなところで死んでたまるか。

まだあいつを殺してない。

まだ、あいつに極上の苦しみを与えてない。


「でもま。正直ちょっとホッとしてるよ。あんなバカでかい魔法剣を生み出せる人間がいるなんてね。辺境の隅々まで恐怖を伝染させるっていう魔王様の方針も、あながち馬鹿にはできないね」


スネイクは妖艶な手つきで指をしならせ、別れの挨拶をした。


「じゃあね。おバカで最低で、罪深い人間さん。来世ではアタシを殺せるといいね」


そう言って、スネイクは背を向けた。


ふざけるなふざけるなふざけるな‼

こんなところで終われるか‼

こんなところで……‼


視界が突然ぐらついた。

星空が見えたかと思うと、木々が上から生えているのが見え、地面が見え、そして最後に、オレが作った惨状が見えた。

みんな見知った人達だった。

いつも笑顔で挨拶していた隣のブラウンおじさん。夕暮れ時の暇な時間は延々と一緒に世間話をした木こりのカルロ。愚痴を言いながら農作業するスミス親子。エミリー。トーマス。ライアン。ティム。


みんな、死んでいた。

みんな、オレが殺した。


嫌だ。

もう見たくない。もうこんな地獄を見ていたくない。

なのにこの風景は、ずっと変わらなかった。

目を瞑ることもできず、身体を動かすこともできない。

そこでオレは、ようやく視界の隅にある首をはねられた身体を見つけた。

それがオレの身体だと分かった時、オレの意識はぷっつりと途絶えた。


その寸前、目の前にいた女神が、妖しげな笑みを向けていた意味を、考える暇もなく──



オレは、死んだ。




続く

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