3

 彼はいじめからわたしを守っていた。だから、忘れていたんだと思う。

 わたしがいじめられっ子だってこと。

 掃除当番でゴミ捨て担当になったわたしは、ゴミを抱えて焼却炉に向かっていた。

 自分の教室の真上を通ったときだった、のだと思う。

 

ガッシャン!


 陶器が割れる音がした。気がして、わたしは足を止める。

「……逃げて」

 そのとき、苦しそうな彼の声がした。

 上を見上げる。

 彼は大きな植木鉢を抱えていた。……わたしの頭上、スレスレで。

 その向こう、4階の窓で、いじめの主犯が悪そうな笑みを浮かべて固まっている。

 わたしと彼だけが、動いていた。

「逃げて……早く。もう持たない」

 わたしは慌てて飛び退いた。


ガッシャン!


 時間が、動く。

 陶器製の大きな植木鉢が、目の前で割れた。飛び散った破片がわたしの脚に切り傷を作るが、そんなことはどうでもいい。

 ……彼がいなかったら、その植木鉢がわたしの頭上にまともに落ちていたら、わたしはどうなっていた?

 サッと冷や汗をかいた。彼は、守ってくれたんだ。本当に、守護霊だった……。

 彼は立ち上がって、わたしの頭を撫でた。

「……!」

 記憶が、流れ込んでくる。それはたしかにわたしの記憶に違いなかった。

つらいならいっそ忘れてしまいたい。そう思って消してしまった、1年前付き合っていた彼に関する記憶。

 そして記憶の中の彼は、今目の前に立っていた。

「ゆう……くん」

 1年ぶりに名前を呼ぶ声が上擦る。

 ゆうくんは、2度もわたしを守ってくれた。

 そんなゆうくんに、ひどい態度を取った。2度とも。

「ごめんなさい!!」

「大丈夫だから。ハルのこと、守れてよかった」

 ゆうくんの体が透けて行く。

「いかないで!」

「……ぃじょうぶ。わかっただろ? 見えてる、って」

 いつものように、笑って見せる。

「そんな、」

 わたしの目の前からいなくなってしまう彼に、言えることは何だろう。

どうしたら、後悔せずに済むだろう。

「……ありがとう!」

 ゆうくんが何かを言いかけて、シャボン玉が弾けて消えるように、ゆうくんは消えた。


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