第28話 封印の洞窟
「それじゃあ、改めて自己紹介と行こうか。僕はアゼル・レイトン。ザインガルド王国の第二王子にして序列8位の勇者だ。よろしくね」
「私は天使ラブリア~。一応この世界を見守るべく女神様の遣いとして降りてきた天使です~。あ、勿論人類の味方をするように仰せつかっております~。どうぞ、よろしくです~」
「私は世良七海。こことは違う異世界で死んでこの世界に転生して来た人物。この世界の魔王……の娘になるけど、色々あって私も今は勇者の称号を持っています。序列は……多分一番下だけど、足は引っ張らないようにするので、よろしくお願い致します」
「うん、よろしくね。七海さん。それから戦力のことなら気にしなくてもいいよ。君を守るために僕が行動を共にしてるんだから」
「はい~、その通りですよ~。困ったことがあったらこの人に頼るといいですよ~。なんなら雑用とかも任せちゃいましょう~」
あれから私達は馬車に戻り、目的の洞窟へ行くまでの時間、お互いの自己紹介と理解を深め合うことにした。
アゼルは最初に見た印象通りの王子様気質であり、事あるごとにこちらを気遣う、優しい性格の持ち主だった。
ラブリアも最初は天使という種族のために、どこか雲の上の存在のような気持ちがあったが、喋ってみると意外と気さくというか話しやすく、むしろ普段はのんびりとした間延びした口調のために、話しているとどこかホッとするような感覚があった。例えるなら年上のおねえちゃんのような存在であろうか。
いずれにしても二人共、勇者や天使という肩書きとは思えないほどフレンドリーに接してくれた。
「へぇ、七海さんの世界ではそのような食べ物があるんですか」
「うん、パフェって言うんだけど、アイスっていうものの上に色んなデザートが乗ってて甘くて冷たくてすっごく美味しいの」
「あ~、それ私も知ってます~。というか、実はこっそり地球に何度かお忍びで降りるたびに食べてたんですよ~」
「え、天使なのにそんなことしていいんですか」
「う~ん、本当はダメなんですけど~、あの味を知っちゃうともうやめられなくって~。あ、このことは三人の秘密ですよ~」
そうして私はこの異世界に来てから、初めて和気藹々と誰かと話すことが出来た。
思えば、これまで私の周囲にいたのは私の事を救世主として崇める人達ばかりで、誰も対等に隣には並んでくれなかった。
イブリスにしても、彼女はパパからの命令で私の護衛をしており、やはり立場上私に奉仕するという感覚の方が強かった。
パパに関しては……言わずもがな。
と、そんなことを考えていると、パパからもらったスマホの事を思い出した。
確かあのスマホが持ち主が落としても自動的に戻ってくると言っていた。
ポケットに手を入れると、そこには確かにスマホが入っていた。
しかし、画面を開いた瞬間、そこにあったのは不思議な光景であった。
最後にメールを受けてから、パパからのメールが一切届いていなかった。
今までは毎日と言わず、ほぼ数分おきに大量のメールが届いていた。
それがあの街でこのスマホを落としてから数日間、全く音沙汰ないのは不思議であった。
見ると画面の右端には『圏外』と文字が出ていた。今まではこのような文字が出なかったために、私は思わず驚いた。
「あ~、それってひょっとして魔王からの贈り物ですか~?」
「え、あ、うん」
その時、私が持っていたスマホをラブリアが指でさす。
「なるほど~。もしかして『圏外』になっているのに驚いていますか~?」
「え、そうだけど、なんでわかったの?」
問いかける私にラブリアは柔和な笑みを浮かべながら答えた。
「それはですね~。私が七海さんの周囲に結界を張っているからです~。そのおかげで魔王からは七海さんの居場所がわからずスマホの電波も届かないのです~。あと七海さんの護衛をしていた堕天使からもその結界で七海さんの事を隠しています~。私達のしようとしていることが向こうにバレると厄介ですからね~」
「そういうことだったんだ……」
ラブリアからの説明に私は静かに頷く。
なるほど。道理であのイブリスが私を追ってこないわけだ。
前に私の護衛はあの人がしていて、何かあった際にはすぐに駆けつけると言っていたが、ここまで経っても姿を現さないことに疑問を持っていたが、全てはラブリアのおかげだったとは。
魔王と堕天使のレーダーから身を隠すなんて、さすがは天使と言うべきだろうか。
そんなことを話しながら馬車は更に南へ南へと進路を進んでいた。
そうして、あの魔王の手によって廃墟となった街を見てから数日。
途中、何度か街の宿に泊まったり、野営をしながら、私達は目的地である洞窟へとたどり着いた。
「ここが……」
そこは私が思っているよりも遥かに巨大な入口の洞窟であった。
巨大な岩壁が目の前に存在し、そこにポッカリと口を開けた姿はまるで異なる異世界へと導くかのような威圧感が存在した。
実際、洞窟の前に立った瞬間、中から異様な気配と共に背中が凍るような空気が流れ出す。
「この先に入るには魔王が張った結界を解かなければなりません~。結界を解くのに私が力を使いますので、お二人はその隙に中に入ってください~」
「え、じゃあ、ラブリアさんは一緒には入らないのですか?」
思わぬラブリアさんの発言にそう問いかけると、彼女も残念そうな顔を浮かべた。
「はい~、本来なら一緒についてきたいのですが、魔王の結界はそれほど強力なのです~。それにこれを解けるのも天使である私くらいなものですので~、最深部の封印を解くのは七海さんにお任せすることになります~」
「そう、なんですね……」
少し不安になる私だったけれど、その瞬間、隣にいたアゼルが力強く私の肩に手を置いた。
「安心してください。この先、何があっても七海さんの身は僕が守りますから」
そう言って笑いかけるアゼルの姿はまさに物語に見た勇者や王子様の笑顔そのものであった。
その爽やかな笑みに思わずときめく私であったが、今はそんなことに気を取れている場合ではないと、気を引き締める。
「それでは結界を解除します~」
ラブリアがそう宣言すると同時に彼女の両手が天高く伸ばされる。
瞬間、洞窟の入口にて、何やら目に見えない衝撃波のようなものが複数回ぶつかるのを感じた。
やがて、大きな衝撃音が鳴り響くと同時にガラスが砕け散ったような音と共に地面が揺れるのを感じる。
「今です~! 私が結界を解除している間にお二人共中に入ってください~!」
いつもの間延びした口調をしているもののラブリアの額にはわずかな脂汗が見えた。
それほどにここの結界を破るのは難しいということなのだろう。
私はラブリアに対し、頷くと同時にそのままアゼルと共に洞窟の中へと入る。
瞬間、ポケットの中に入れていたスマホが震えるのを感じた。
見ると、画面には久しぶりと言っていいメールの着信が表示されていた。
私は軽く驚くものの、恐らく先程ラブリアが力を使ったために、私に張っている結界が弱まり、メールが着信したのだろうと推測した。
しばし画面に映った着信の文字を見つめながら、私はメールの確認を行った。
『件名:至急連絡ください 内容:パパです。ここ最近、メールが弾かれているみたいで七海の身に何か起こっていないかパパはとても心配です(;_;) お願いです。これを見たら空メールでいいので返信してもらえないでしょうか(>_<) 七海が返信をくれれば場所を特定してすぐにでもそこへ移動します。もしも、パパが何か七海の機嫌を損ねるような事をしたのなら全力で謝ります(;_;) どうか許してください(ToT) それか、もしも誰かにさらわれたり、無理やり何かをやらされているのなら、どうかパパを信じて連絡してください。パパは魔王だけど、それ以上に七海のことが大事なお父さんですo(TヘTo) 七海からの送信メールはどのような結界からでも通るように強化しておきましたので、少しでも危険を感じたら迷わず送ってください(T_T) 追伸:イブリスも七海の事をとても心配しています。どうか連絡だけでもしてもらえないでしょうか? 七海の安否が知りたいです(;_;)』
「…………」
そこにあったのはいつもと同じパパからの溺愛メールだった。
だけど、その時の私はいつもよりも複雑な心境が渦巻いていました。
パパの優しさは本物で、私の事を愛しているのも分かっていた。
けれども、どうしても私の頭にはあのナズールでの悲劇が離れずにいた。
例え、どんなに優しいパパでも、この世界でやってはいけない過ちや罪は償わなくちゃいけない。
けれども、同時にそんな魔王なパパでも、私のパパであることに変わりはないと、そんな二律背反が私をせめぎ、思わずその場に立ち尽くす。
「七海さん?」
そんな私を不信に思ったのか、アゼルがこちらに近づき、私の名を呼んだ。
「……ねえ、聖剣を手に入れたら……やっぱりパパ……魔王を、殺すの……?」
ふと私はそんなことをアゼルに聞いた。
そうなる可能性は高く、むしろそれに協力するように私はここに来ていた。
だが、あえてそれに目を伏せていたことに気づき、うやむやに協力するのではなく、自分のやることに対し、しっかりと目を向けるべくアゼルへと問いかけた。
するとアゼルは私を安心させるように微笑んだ。
「――安心してください。七海さん。聖剣を手に入れても僕達は魔王を殺すつもりはありません」
「え?」
「聖剣と言っても魔王の力を弱める程度の力しかありません。僕達はその力を持って魔王を弱めて封印するつもりです。無益な殺生は僕達も好むところではありません。彼が長い封印の間に反省し、そのまま更生させようとラブリア達は考えているそうです」
「そう、なの?」
「はい。ですから安心してください。これはあなたのお父様のためでもあるのです」
私のパパのため。
それを聞いた瞬間、私はどこかホッとした自分に気づいていた。
やはり、魔王とはいえ、私のパパに代わりはなかった。
何年も会えずにその実感も薄れてはいたけれど、やはり記憶の淵に残っているパパへの気持ちは私は失ってはいなかった。
だから、もしここでアゼルがパパを殺すために聖剣を手に入れると断言していたら、私はもしかしたらスマホの送信ボタンを押していたかもしれなかった。
けれども、そうはならなかった。
アゼルのその言葉を信じ、私は手に握ったスマホをポケットに入れると、洞窟の奥を見据える。
「それじゃあ、行きましょう。この先の聖剣の封印を解きに」
「――うん」
アゼルのその声に頷き、私はアゼルと共に洞窟の奥へと駆け出した。
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