第27話 ナズールの悲劇
あれから私はアゼルという勇者と、ラブリアという天使と共に馬車に乗って、どこへと移動していた。
この馬車はあのクラトスと呼ばれた男性が私を国から追い出すために用意したものらしい。
とはいえ、アゼルとラブリアが私に見せたいものというのは国外にあるらしく、その移動手段としてはちょうどよかったらしい。
そうして、馬車に乗りながら、数日ほど私は彼らと旅をすることになった。
幸い、道中はそれほど険しい場所を通ることなく、時折、休憩地点となる宿や街について休息を取っていたので、それほど不便はなかった。
アゼルにしても、ラブリアにしても私に対して親身に接してくれたため悪い気はしなかった。
だが、目的地について訪ねる度に、二人は揃って気まずそうな顔を向けた。
その時は決まって、ただ一言「着けば分かる」とだけ答えた。
私はそんなふたりの反応を見て、言い知れぬ不安と、同時に恐ろしさを感じていた。
それを知ってはもう後戻りできないような、そんな感覚を。
そうして、王都を飛び出してから数日。
馬車はようやく、目的地となる場所に到達した。
「――着いたみたいです」
アゼルがそう呟くと、一足先に馬車の外に降りて、周りを確認した後、私へと手を差し伸べる。
しかし、その瞬間、彼の表情はこれまでになく真剣なものになり、その眼差しも今まで以上に厳しいものとなっていた。。
「七海さん、覚悟しておいてください」
そう宣言するアゼルの瞳に私は一瞬気圧されるが、ここまで来て彼らが私に何を見せたいのか、その真意を確かめるべく、彼の手を取り、馬車の外へと出る。
そこで見たのは――地獄の跡であった。
「なに……これ……」
それはかつて街であった何かが残骸となり破壊された後。
足元には無数の瓦礫と共に死体が転がり、その体には様々な武器が朽ち果てたまま突き刺さっていた。
死体はすでに白骨化したものばかりであったが、その骨の形状からそれが人間のものであるというのは直ぐにわかった。
そして、その人間の死体と重なり合うように朽ち果てていた奇妙な形状の骨。
頭蓋骨に角のようなものがあるもの。腕が四本存在する骨。あるいは背中から翼の骨が生えたもの。
それらは人間のものでないと理解できた。
そして、なぜそれらの死体が人間の死体と重なり合うように無数に転がっているのか。
「ここはかつて……人間の王国だった場所です」
アゼルが呟いたそのセリフに、私は静かに息を呑んだ。
人間の王国。それがこのように滅び去った原因。
そんなものは足元に転がる戦いの後を見れば一目瞭然であった。
「魔族に……滅ぼされたの……?」
小さく呟く私に対し、アゼルの隣にいたラブリアが静かに否定する。
「いいえ、正確には少し違います~。ここは“魔王の手によって滅ぼされた国”です~」
その答えを聞いた瞬間、私は胸が深く傷んだのを感じた。
見渡すとその国の広さは私がいたルーデリア王国の首都よりも遥かに広大であった。
そして、そこに広がるのは無数の瓦礫と死体の山。
まさに地獄の戦場跡であった。
「“ナズールの悲劇”。この国の名前を取って、そこで起きた出来事の事を我々はそう呼んでいます。ここで死んだ人の数は何十万と登ります」
悲劇。まさにそう言っていい出来事がここでは起こっていた。
歩くたびにあちらこちらで無残なまま殺された人達の亡骸が目に入った。
瓦礫と化した家の中では、先程まで食事をしていたのであろう料理の数々や生活臭がそのまま朽ち果てて残っていた。
また別の場所に目を向けると、そこには瓦礫に押しつぶされた小さな子供の腕が骨だけとなり残っていた。
その腕の先には、その子が大事に抱えていたのであろうクマのぬいぐるみがズタズタなまま転がっていた。
私はそれを見た瞬間、これまでにない嗚咽感と同時に胸の痛さにうずくまる。
「! 七海さん、大丈夫ですか!?」
すぐさま私に駆け寄るアゼルに支えられるまま、私はなんとか立ち上がった。
だけども、私の胸の内に渦巻いている苦しみは一向に取れなかった。
パパは言った。
目的はあくまで世界征服。破壊や虐殺ではない。世界を統一するためにやっていると。
その言葉を信じていたかった。信じたかった。
けれども内心、どこかで想像していた。
もしも、それが娘である私を気遣うための嘘だとしたら。
自分のやっていることを娘に咎められないよう、真実の一部を隠していたとしたら。
パパは魔王。
それを知った瞬間に、どこかでこの可能性に気づいていた。
魔王である以上、世界を支配するために人間の国や命をどこかで奪っていると。
それも僅かではなく、文字通り都市一つ、国一つをまるごと滅ぼしたのではないのか。
そこにいる何万、何十万という命を自分の目的のための犠牲としたのではないのか。
気づいていながら、そうであって欲しくはないと目を伏せていた。
けれど今、私の目の前にある現実はそれが事実であったと告げていた。
仲のいい夫婦がいた。幼い子供がいた。無関係な人間がたくさん住んでいた。
それでも構わずパパはここを滅ぼした。
一切合切容赦なく全てを平等に皆殺しにした。
それを知った瞬間、私は知らず涙を流していた。
もっと早くに気づくべきだった。そして――パパを本気で止めるべきだったと。
そんな私を支えながら、アゼルは優しく私の肩に手を置いた。
「……ご理解、頂けたでしょうか~?」
顔を上げると、そこには悲痛な表情のラブリアが立っていた。
彼女もアゼルも同じように深い悲しみと絶望の表情をしており、それを見た瞬間、私は流していた涙を拭き取る。
「……何を、すればいいの……」
恐る恐る問いかける私に対し、ラブリアは静かに答える。
「ここから南に魔王が結界を施した洞窟があります~。その最深部に魔王を唯一傷つけることが可能な聖剣が眠っています~。ですが~、魔王はその剣で自分が危害を加えられるのを恐れて強力な封印を施しています~」
「封印……」
小さく呟く私に対し頷くラブリア。
「ええ、ですが安心してください~。封印を解く方法は存在します~。それこそが封印を行った魔王本人による解除、あるいはその血を受け継ぐ何者かによっても封印は解かれます~」
そこまで聞いて私はなぜこの二人が私を求めたのか理解した。
隣を見ると、アゼルも私と同じように頷いていた。
「そう、聖剣の封印を解くには魔王の血を受け継いだ君でなくてはダメなんだ。封印はどんなに強力な天使や勇者でも解くことは出来ない。けれど、君が僕達と同行してくれれば――」
「魔王を倒せる剣の封印が解ける……」
私の言ったセリフに静かに頷くアゼルとラブリア。
正直、私は未だに少し迷っている部分があった。
魔王とはいえ、それは私の父親であることに代わりはない。
けれども、この惨状を見てなお、何もせずにいることは出来なかった。
なによりも肉親が間違った事をしているのなら、それを止めるのも大事な人の役割ではないのか?
それにパパがこのような事を始めたきっかけは他の誰でもない私の責任でもあったのだから。
『この世界で何かの目的を見つけるのもいいかもしれませんよ』
その瞬間、ふと頭に浮かんだのはイブリスが呟いたそのセリフ。
その時はまだ何をするべきか、何をしたいかは決まっていなかった。
けれど今、私の中には確固とした目的が生まれた。
魔王(パパ)を止める。
それがきっと、この世界に転生した私の本当の役目だったんだ。
それを自覚した時、二人が差し伸べた手を私は迷うことなく握り返すのだった――。
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