第26話 天使からの誘い
「聖剣……? それって一体?」
突然、ラブリアから告げられたその単語に聞き返す私。
それに対し、ラブリアが答えようとした瞬間、部屋の扉が乱暴に開かれ、その先から一人の男性が姿を現す。
「アゼル。天使。ここにいたか。例の小娘は目を覚ましたのか」
「! 兄さん」
「あら~、クラトス様ですか~?」
ふたりの声に反応するように私も扉の向こうから現れたその人物に視線を向けた。
それは顔の左半分をやけどのようなひどい怪我を負った男性であった。
黒い髪に、漆黒の軍服を身に纏ったその姿はまるで将校のような印象を抱かせた。
アゼルが兄と呼び、天使がクラトスと呼んだその人物は、私を一瞥すると告げた。
「どうやら目を覚ましたようだな。ならば丁度良い。貴様にはこの国から出て行ってもらおう」
「へ?」
突然、男から告げられたその言葉に困惑する私であったが、それは私だけでなくアゼルとラブリア達も同様であった。
「ちょ、待ってくださいよ、兄さん! 彼女は僕達、人族にとって希望となるかもしれない女性なのですよ!」
「そうですよ~、クラトス様~。彼女の存在こそ魔王打倒に必要なもの~。それをいきなり国から追い出そうなんて、暴君のすることですわよ~」
二人共、私を庇うように前に出るが、それに関心を向けることなくクラトスと呼ばれた男性は不快そうに鼻を鳴らした。
「ふんっ、貴様らの言い分など知ったことか。そのような小娘の力など借りなくとも魔王は私の手によって倒す。いいか、すぐにその娘をこの国から追放しろ。魔王の娘などと気色悪い存在を傍に置くほど、私は寛容ではない」
そう言い捨てると男はそのまま扉を乱暴に開いて出て行った。
まるで嵐のように現れては去っていた男に私は目をパチクリさせていた。
「……すみません。あの人は僕の兄でこの国の王でもあるクラトスという人です。あの通り、偏屈な人で初めて会う方には冷たいですが悪い人……では、ないと思いますので、気にしないでください」
そう言って笑うアゼルだったが、果たしてそれはフォローになっているのだろうかと心の中で突っ込む。
けれど、なるほど。さっきの人がこの国の王様で序列2位の勇者なのか。確かに迫力だけはあったかもと納得する。
「それはそうと~、どうしましょうか~。クラトス様は七海様を追い出せと言っていますが、彼女の力は必要ですし~」
「なら、僕達だけで行動しましょう。兄の力を借りなくても封印を解くくらいなら僕達だけでも出来ますよ」
「確かに、それもそうですわね~」
悩むラブリアに対し、アゼルがすぐさまそう答え、それに対しラブリスも名案とばかりに頷く。
「ち、ちょっと待ってください。私はまだ一言も協力するなんて言ってませんが……」
いつの間にか、私が協力する方向に話が流れており、慌てて止めに入るとラブリアとアゼルが互いの顔を見合わせた後、改めて私の方を振り向く。
「確かに~、それもそうでしたね~。では、お尋ねいたしますが~、七海さんはこの世界の魔王についてどう思っていますか~?」
「どうって……」
そう言われるとなんと答えるべきか悩む。
この世界の魔王は私のパパで私のために世界征服しようとしている。
その目的には色んな理由もあるが、概ね私のためであり、出来ればやめて欲しいというのが本音。
しかし、パパも魔王という立場上、それを簡単に辞める訳もなく、私自身、パパにどう接すればいいのか分からずにいた。
そのために現状、パパに対する印象を問われても、いい悪いと簡単に割り切れるものではなかった。
「勿論~、彼が七海さんの父上であることは存じております~。ですが、ここはハッキリ言わせておきます~」
そんな私の心中を察したのか天使であるラブリアがこちらに近づき、その瞬間、彼女のこれまでのおっとりとして雰囲気が真剣なものへと変わった。
「彼は……魔王です。それ以上でも以下でもありません。そして、魔王である以上、この世界を支配する手段にはそれ以外を用いる気はないのです」
? それってどういう意味なんだろう?
私は思わず首を傾げた。
そんな様子の私を見て、ラブリアとアゼルは互いに何か納得するように頷き合う。
「……恐らく、七海さんはすでに魔王と接して彼がどのようにこの世界を支配しているか聞いていると思います。ですが、あえて言わせて頂きます。彼の言った言葉は全て――嘘偽りです」
「え?」
アゼルが断言したその言葉に私は思わず困惑する。
それって、どういうこと?
疑問の表情を浮かべる私に対し、ラブリアとアゼルは立ち上がり、そのまま私に対し手を差し伸べる。
「まずは一緒に来てください。あなたに見せたいものがあります。それを見た後で、僕達に協力するかどうか、もう一度お聞きましますので」
真剣な様子の二人に私は思わず気圧され、差し伸べられた手を取った。
そうして、私はアゼルとラブリアに導かれるまま、そのまま城の外に用意されていた馬車へと乗り込み、この国から離れるのであった。
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