第24話 私、さらわれる

 あれから私は宿の主人に頼まれた通り、ギルドに間違って届けられた食材を持って帰り道を歩いていた。

 宿屋からギルドまでは意外と距離があるのだが、そのおかげと言うべきか、イブリスから言われた事を考えるのにいい時間が出来た。


 というのも、この世界で暮らすにあたり私の目標とするもの。


 言われてみると、私は元いた世界でもこれと言って何か目標を持って生きていたわけではなかった。

 高校生活もその日その日を楽しんでいて、進学もただなんとなく行った方がいいかなって感覚で大学を目指していた。

 なりたい職業があって、それを目指しているわけではない。

 だから、たまに周囲でなりたい夢があって、それに向かって頑張ってる人はすごいと思ったし、羨ましいと思った。


 多分、私はあのまま元の世界で生きていたとしても、ただなんとなくその日その日を過ごして、仕事に行ってはご飯を食べて眠るような人生を過ごしていたのだと思う。

 すでに高校生活がそのような感じになっていたのだから。


 それを考えれば、この世界に来てからは私は結構たくさん叫んだり、暴れたり、大変な目には遭ったけれど、これまでよりも充実した毎日を送っているのかもしれない。

 口では面倒だの、居た堪れないだの言っているけれど、それでも誰かが私を必要としてくれるというのは悪い気はしない。

 そのために何か行動するのも、楽しい部分はあった。


 だとするなら、パパもそうなんだろうか?

 私のために、魔族のために、この世界を支配しようとしている。

 いや、その行為自体は決して褒められた行為じゃないけれど、先にも言った通りただ流されて過ごす人生よりもパパが送っている人生は活き活きとしている。

 それに何より私にはない夢をパパは抱いて、そのために頑張っている。

 私はすでにそうした夢を失ってしまったから、それを未だに失わず持っているパパをほんの少し羨ましいとも思った。


 夢、か。

 そういえば、私にもあったんだよね。夢。


 小さい頃にパパに言った叶いもしない幻想の夢。

 けれども、パパはそれを叶いもしない幻想だとは言わなかった。

 むしろ、そんな私の夢をパパは叶えようとしている。


 世界一のお姫様になる。


 改めて口にしてみると本当に恥ずかしい夢だ。

 けれど、どんな夢でもそれを持つことは素敵なことなのかもしれないと、私は忘れていた何かを思い出そうとしていた。


 まだ無邪気で夢いっぱいに溢れていたあの頃の気持ち。

 もう一度、その頃の気持ちを取り戻せたら、私にも夢や目標が出来るのかな。


 そんな事を考えている内に、私はいつの間にか人通りの少ない路地を歩いていた。

 最近はこの街の構造にも慣れてきたために、ギルドから宿への最短ルートを通っているのだが、そうなると自然裏路地のような場所に出る。

 しかし、幸いというべきか私の救世主としての知名度か、あるいは腰に下げている勇者証明証のおかげか、時折すれ違うガラの悪い人達も私にはちょっかい出さず、むしろ避けて通るような節があった。

 そのせいか、こうした場所を歩くことにも抵抗を感じず、正直私は色々と甘くみていた。


 そんな時、ポケットに入れていたスマホが震えるのを感じた。

 私は思わず荷物を片手で持ち、もう片方の手でスマホを確認すると、そこには案の定というべきパパからのメールが届いていた。


『件名:今日は何の日かな?(^-^)/ 内容:やあ、久しぶり。七海! とか言いつつ、ちゃんと毎日メール送ってるパパだよ(笑) タイトルにもあったけど、今日は何の日か分かるかな? そう! なんとパパと七海が再会してからちょうど一ヶ月だよ!o(*゚▽゚*)o 時間が経つのは早いね!(;゚Д゚) そうそう、最近はパパ、頑張って魔族の領地を着々と増やしてるよ! この調子で世界を統一して七海を世界一のお姫様として迎え入れるからね!(≧∇≦)/ 追伸:庭に植えた植物と肉食植物に綺麗な花が咲きました。今度ぜひ、七海にも見て欲しいな(*´∀`)』


 相変わらずのメールに呆れつつも、何故だかその日はパパに返信してもいいかなと思えた。

 支配地を着々と増やしているって文面もなにげに見逃せないと思いながら、私は持っていた荷物を降ろし、初めての返信メールを打ち始めた。

 そうして、メールを打つのに夢中になった私は背後から忍び寄る影に気づかずにいた。


「……よし」


 そう言って小さく呟き、打ち終えたメールを送信しようとした瞬間――私は、背後から何者かに口を塞がれ、腕を拘束される。


「!? ん、んー!?」


 咄嗟に暴れるものの、その人物の腕を振りほどくことは出来ず、なぜかその人物に掴まれた瞬間、私は急激な眠気に襲われ、そのまま手に持っていたスマホを地面に落とすと私の意識は完全に崩れ落ちた――。

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