第19話 VS四天王スイレン! 夢の向こうにあるのは友情?
「分かれ道だ」
しばらく迷宮の中を歩くとほどなく分かれ道に出た。
右と左のどちらかというシンプルなものであったが、問題はその分かれ道の前になにやら看板が立っていたことにあった。
そして、看板にはこのようなことが書かれていた。
『右の道は危険! ものすごく危険! 行ったら絶対に戻れなくなるよ! 左は安全だから左に来てね!』
……え? なにこのわざとらしい警告。
どう考えても左に行くほうが危ない気がするんだけど……。
そんなことを思って、どちらに行くべきか迷っていた時、再びスマホにメールが入る。
『件名:七海ちゃんへ(^^) 内容:パパだよ(^_-)-☆ 言い忘れていたんだけど、もしその迷宮で分かれ道の際に看板とかあったら、そこに書かれていることに素直に従ったほうがいいよ☆彡 というのもその迷宮は作っているスイレンの精神に大きく左右されるから、あの子は素直な性格だから、罠があったら罠があるって看板にも素直に書いちゃうの(^_^;) なので、七海ちゃんもあまり疑ってかからずに看板の通りに素直に進めばスイレンのいるところまで行けるから頑張ってね(^o^) 追伸:この携帯からの返信は夢だろうと関係なくちゃんと届くから遠慮せずに、これ見たらすぐに返信していいんだよヾ(*´∀`*)ノ』
なるほど。そういうことだったのか。
危うく深読みして逆に罠にハマるところだった。
今回はわりとパパからのメールは助言となっているために助かっていた。
とは言え、どうにも返信する気は起きないので、さっさとこの迷宮から出るべく、素直に看板に従って移動していくことにした。
その際、途中、何度となく様々な看板の警告に出会った。
『この泉にある水はとても綺麗な飲料水で飲むと力が湧く水だよ! この先は急激に体力が落ちるフロアとかあるから、この水を飲んで体力を回復させておいてね!』
『この扉の向こうには危険な魔物がいます! だけど、合言葉を言ってから入れば安全に通れるから安心だよ! 合言葉は『ひらけゴマ』!』
『この先の階段を上がったらとっても危ない部屋に出るから階段は上がっちゃダメだよ! 逆に地下に降りる階段は安全で近道だから、そっちを通ってきてね!』
途中何度となく、罠と疑いそうになったが、看板の通りに進むと本当にスイスイ進むどころか、魔物や罠の一つにも出会うことなく快適に進行できた。
逆に、もし看板とは逆の方向に行っていたらどうなっていたのだろうかと、ちょっとした興味も沸いたが、危険そうなので考えるのをすぐにやめた。
やがて、一時間ばかり歩いた結果、迷宮の最深部と思わしき場所にたどり着き、その扉の前には一つの張り紙が書かれていた。
『この奥が迷宮の主スイレンの部屋です! 入る時は必ずノックしてから入ってね! じゃないと罠で吹き飛ぶんだから!』
ここまで無事にたどり着いた私としてはそこに書かれている張り紙を疑う理由はなく、一切の迷いなく扉をノックしてからドアノブに手をかける。
「えーと、七海です。失礼しまーす」
思わずそう名乗って扉を開こうとした瞬間、扉の向こうから慌てた声が返ってきた。
「!? だ、ダメっ! は、入ってこないでよ!」
しかし、そんな声が耳に入る頃にはすでに遅く、扉を開いた先はまさにメルヘンな少女趣味の部屋であった。
一面ピンクの可愛らしい壁紙に、お人形やアクセサリーなどがたくさん床に散らばり、その中心にはまさにお姫様のような可愛らしい衣装を身にまとった銀髪の少女が奇妙な生物のぬいぐるみを抱いたまま硬直している姿があった。
外見は恐らく十歳前後であろうか、片目が髪に覆われてしっかりと顔を見ることはできないが、それでもその少女がとても愛らしい外見をしているのは一目で理解出来た。
そんな思わぬ美少女を前に固まってしまう私であったが、すぐさまここまで来た理由を思い出し、ここから出してもらおうと目の前の少女に近づこうとするが、
「こ、来ないで言ってるでしょうー!」
私が一歩前に歩いた瞬間、少女は手に持っていた巨大なぬいぐるみを盾に完全に顔を隠してしまう。
恐らくこの子がこの迷宮を作り上げているスイレンで間違いないのだろうが、なぜこんなにも怯えているのか私には不思議だった。
仮にも四天王の一人であり、しかもこんなすごい悪夢の迷宮を作れるのだから、怯える必要なんてないのにと思っていたら再び私のスマホにメールが着信する。
『件名:七海ちゃん(^^) 内容:そろそろスイレンのいるところに到着したかな? 言い忘れていたけれど、スイレンはすごく臆病で怖がりな性格なんだ。迷宮を作ることは出来ても、自分で戦うことがすごく苦手な子だから、もし対峙することになっても優しく接してあげてね(´ω`*)』
パパからのメールを見て、私は思わず「なるほど」と呟く。
この子は確かに強い力を持ってはいるけれど、見た目通りの子供なのだと理解した。
しかし、そうなるとどうしても気になることがあった。
私はそれを確認するべく、スイレンの方へと近づくが、私が近づくにつれ、ぬいぐるみ越しにスイレンの体が緊張のあまりにカチコチに固まっているのが分かる。
私はそんなスイレンの目線に合わせるように彼女の前に座り、ゆっくりと問いかけた。
「ねぇ、スイレンちゃん。どうして私のことをこんな迷宮に閉じ込めたの?」
問いかけた瞬間、ぬいぐるみの向こう側でスイレンがびくりとしたのが分かった。
どうしてこんな少女が私を迷宮に閉じ込めたのか。その理由も動機も私にはさっぱりであった。
何より私は今日初めてこの子の存在を知ったのだ。
となれば、彼女が私を閉じ込める理由が思い浮かばない。
グレンのように私の力量を見てみたいのとは明らかに違う。仮にそうだとしたら、こんな迷宮に閉じ込めるはずがない。
スイレンからの答えを待ち、じっと人形を見つめていると、その向こう側からか細い、小さな声が聞こえてきた。
「……だって……あなたのせいで……魔王様、あなたに付きっきり……だもん……」
「え?」
思わぬその答えに驚く私であったが、続くセリフは先程よりもハッキリとした声を響かせた。
「あ、あなたのせいで、魔王様が私に構ってくれなくなったんだもん! ま、魔王様は独りっきりになった私を拾って、育ててくれて、色んなことを教えてくれたんだもん! 魔王様が会いに来てくれる間、私は寂しくなんかない……! なのに……魔王様を独り占めするあなたが許せないんだもん……!!」
そう言ってぬいぐるみを床において、涙をこらえた瞳をキリッと向けた。
それはまるで親や友人を、他人に取られた時のような子供の表情であり、だからこそなによりも心に響く真っ直ぐな目であった。
そんな折り、再び私のスマホにメールが入る。宛名はイブリスであった。
『件名:イぶリンです∠(゚@”( 内容:ナあミさあへ、ナあミさあを閉じ込めあスイレンについてあのれすが、実は彼女は生まえ故郷ヲ亡くして一人ぼーちのところ魔王様に拾をれて、そえから実の娘のように可愛がられたあです。おろらくなのですが、彼女がナあミ様を閉じ込めた理由はこの辺にあうのかもいれません。根は悪い子ではなあので、どうかそのあたりのことをお察しくださいあせ。 追伸:新しい顔文字できあいたヽ(゚Q・(ノ』
イブリンからのメールで、どうしてこの子がこんなことをしたのか私はなんとなく理解した。
ずっと自分を可愛がってくれていた人が、急に現れた誰かに取られれば、それは不機嫌にもなるし、その人がいなくなればいいと思うようになっても仕方ない。
まして、私はこの子が大好きだという魔王ことパパをぞんざいに扱っているのだから、そうした意味でもこの子からしたら許せないのだろう。
そこまで気づいて私はスイレンに素直に謝った。
「――ごめんね」
私が謝ると、今度は逆にスイレンの方が驚いた。
「大好きな人が取られたら、そりゃ嫉妬して当然だよね。というかパパもパパだよ。私にばっかり構ってないで、こんな小さな子がいるなら、この子の面倒もちゃんと見なきゃいけないのに……」
「……わ、私、子供じゃない……」
私の呟いた「小さい子」というセリフに反応したのか、ぬいぐるみを抱きしめたままボソリとスイレンが呟いた。
「あ、そうだったね。ごめんね。でも、私が言いたのはパパ……というか魔王にはちゃんとスイレンちゃんのことも面倒見なさいってハッキリ言っておくから大丈夫だよ。それから私は何も魔王のことを独り占めとかする気もないから、安心していいよ」
「……ほ、本当に……?」
「本当本当。それからさ、もしよかったらでいいんだけど」
そう言って私はスイレンの方へと手を差し伸べる。
それを見たスイレンは体をこわばらせて、ぬいぐるみの後ろに隠れるが、私はそれに構わず続ける。
「私とも友達になってくれないかな?」
「と、友達……?」
そのセリフに対し、スイレンはぬいぐるみの横からちょこんと顔を出した。
私はそんなスイレンに対し、優しく微笑みかける。
「うん。私が友達になれれば、スイレンちゃんも少しは寂しくなくなるかなって、それに私もスイレンちゃんみたいな可愛いことは友達になりたいから」
それは紛れもない私の本心であった。
少なくともこの子は今まで見てきた魔族や魔物とはまるで違う。
純粋無垢な子供であり、思わず抱きしめたくなる存在であり、敵対したくはなかった。仲良くなれるのなら、それに越したことはない。
そう思って差し出した私の手をスイレンはしばらく眺め、やがて、恐る恐るその手を握ってくれた。
「や、約束……ちゃんと守ってね……。魔王様を独り占めにしないこと……そ、それから……」
ボソリと、顔を真っ赤にしながらスイレンは小さく呟いた。
「こ、これから、わ、私とい、一緒に……あ、遊んでくれること……。そ、それを約束してくれるなら……あなたのこと……解放、する……」
そんなスイレンからの約束事に対し、私は迷うことなく答えた。
「勿論。いつでも遊びにおいでよ、スイレンちゃん」
私がそう答えた瞬間、それまで髪で隠れてよく見えなかったスイレンの顔がハッキリと見え、そこに映ったのは見た目相応の可愛らしい笑みを浮かべた少女の姿であった。
◇ ◇ ◇
――そうして、私は眠りより覚める。
目が覚めると、そこには私を不安そうに眺めるパパとイブリスの姿があった。
「な、七海~~! 無事に目が覚めたのか~~!! お父さん、すごく心配したぞ~~!!」
そう言って抱きつこうとするパパを私は片手で抑えながら、一方のイブリスはお辞儀をしながら、私の目覚めを祝う。
「心配しておりました、七海様。ですが、無事に戻ってこられたようでなによりです」
その口調は業務的ではあったが、セリフの端々に私を心配する感情が含まれていたのを感じ、私は思わず笑みをこぼす。
「二人とも心配をかけて、ごめん」
謝る私に対しパパは「いーや! 七海は何も悪くないぞ! まさかスイレンがこんな酷いことをするなんて思いも寄らなかった! あとでちょっと叱っておかないと……!」とパパが叫んでいるので、私はそれに対し呆れながらも忠告をする。
「そういうのやめてよね、パパ。それからスイレンちゃんは何も悪くないわよ。これはむしろパパがスイレンちゃんを放っておいたから起きた出来事であって……」
そう言って詳しい事情を話そうとした瞬間、何者かが私のいる部屋の扉を開き、中に入ってくる。
その姿を確認するより早く、その人物は私のいるベッドへとダイブすると、そのまま私の胸に飛び込んで胸を埋めてきた。
「ナナミ~!」
「す、スイレンちゃん!?」
見るとそれはあの夢の中で出会ったスイレンそのものであり、格好も持っているぬいぐるみもそのままに彼女は私の胸に抱きついて、私の顔を見上げる。
「約束通り……遊びに来た」
「へ?」
思わぬそのセリフに仰天する私であったが、そんな暇すら与えずスイレンはそのまま私の腰に抱きついたままスリスリを続ける。
それを見ていたイブリスが思わず止めに入るが、それに対し首を横に振って私から離れようとしないスイレン。
「やだー! 私、ナナミと遊ぶ……! 約束したもん!」
そう言って私にくっついたまま離れたスイレンを見て困ったように顔を見合わせるパパとイブリス。
どうやら、また一人私の周囲を取り巻く魔王軍の仲間が増えたようだ。
そう思いつつも私は抱き着くスイレンの頭を優しく撫でながら、思わず笑みを浮かべるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます