第8話 魔王からの迷惑メール

「つ、疲れた……」


 ようやく王城から解放された私はヘロヘロな姿のまま街の通りを歩いていた。

 あれから王様には一緒に食事でも取ろうと誘われたり、兵士達には握手やサインを求められたり、街の人達からは感謝のセリフや私を称える詩の数々を贈られたりで、とにかく大変だった。

 なんとか私に群がる人達をかき分けながら城から出ると、もうすっかり日は落ちかかっていた。


「お疲れ様でした。いやー、大変でしたね」


 城から出てそうそう、いつからそこにいたのは私の隣には例の堕天使がいた。


「あ、アンタまだいたの……!」


「当然です。私は魔王様からあなたの監視と護衛を任せれておりますので、終始目を離すわけにはいきません。今後は七海様専用のメイドとしてお仕え致す所存です」


「はああああぁ!? ちょ、何言ってんのアンタ!?」


 こちらの絶叫に対し露知らずという顔を向ける堕天使。

 と言うか、よく見ると堕天使の格好が漫画やアニメによく出てくるようなメイド服姿になっている。

 な、なんじゃこりゃ! そりゃ、私もどちらかといえばメイドは好きだけど、実際にメイドを連れ回したなんて欲求はないぞ!

 というか冗談じゃない。

 こんな魔王というかパパの手先に私はずっと付けられるのか……!


「ご安心を。魔王様からプライバシーは尊重せよとのことですので、有事の際は離れて行動します。監視と言っても二十四時間実際に観察するわけではありませんので。あくまで七海様の身に異変が起こった際に駆けつける護衛と思ってください。それと日常のお世話も仰せつかっておりますので、今後は掃除洗濯炊事となんなりとお任せ下さい」


 まるで万能メイドのように私に軽くお辞儀をする堕天使だったが、信用はまるでなかった。


「その割にはアンタ、さっき私が城で揉みくちゃにされている時はいなかったわよね……」


「……暗くなってきましたので本日の宿を探すとしましょう」


 こちらの発言を無視したまま、さっさと歩き出す堕天使メイド。

 や、やっぱこの堕天使信用ならない……。

 しかし、疲れているのは事実だったため、堕天使に案内されるまま私はこの世界の宿へと向かった。


 ◇  ◇  ◇


「はあー、スッキリしたー」


 宿について早々、すでに私のことは街中に知れ渡っていたのか宿の主がすぐさまスイートルームを手配してくれて、しかもお金も無料だった。

 正直、ちょっと悪いかなーと思いつつも人の好意にはすぐに甘えたくなるダメな私は、その日の疲れを癒すべくおっきなお風呂に入った後、フカフカのベッドでくつろいでいた。


「うーん、最初は異世界とかどうなんだろうーって思っていたけれど、これならなんとか馴染めそうかもー」


 正直、勇者の称号を受け取った時は、後から面倒なことにならないかちょっと後悔したけれど、こうして街の人達からも良くしてもらえるし、しばらくはここで平穏にまったり過ごすのもいいかもしれないと、そんなことを思っていた瞬間。


『ピロピロピロ~ン!』


「な、なに!? 今の音!?」


 すごくどこかで聞き覚えのある音が、私のすぐ近くで聞こえて慌てて周囲を確認するがなにも見つからない。

 気のせいかと、またベッドに寝転がった瞬間、再び先程の音が聞こえた。


『ピロピロピロ~ン!』


「!? も、もしかしてポケット!?」


 それは私のポケットから聞こえた音であり、慌ててスカートにあるポケットに手を突っ込むとそこから見慣れない携帯、いわゆるスマートフォンが現れた。


「え、なにこれ……私の使ってるスマホとはちょっと違うし……」


 困惑しつつも、なおも音が何度も鳴り響くため、恐る恐る開くと、そこにはメールボックスに何通かのメールが届いていた。

 宛名は――『愛しのパパ』と登録されていた。


『件名:パパだよ(^^) 内容:七海ちゃんへ、今日は大変だったね><; 久しぶりに七海ちゃんに会えてパパすごく嬉しかったよo(^▽^)o やっぱり七海ちゃんはお母さんに似て美人さんだね(^_-)-☆ 悪い虫がつかないかパパ心配だよ…; それはそうと七海ちゃん、勇者になったんだって!おめでとう!\(^o^)/ あ、でもそうなるとパパと七海ちゃん敵対関係になるのかな?(@_@;) もしかしなくてもパパ、七海ちゃんに倒されちゃったり!?(つД`) でも、それもいいかもと思っちゃったり(^^ゞ まだまだ夜は寒いから体をしっかり温めて眠るんだよ。 追伸:この携帯は七海ちゃんと会った時にポケットに転移させておいたやつだから、何かあったらこれですぐ連絡してねd(^▽^)b パパ、魔王の仕事放棄してでも真っ直ぐ七海ちゃんのところに来るからね\(^^)/』


「…………」


 そこにあったのは怖気が走るような親バカメールだった。

 え、なにこれ? 馬鹿なの? 削除していいの? っていうかこの携帯壊していい? とか思っていると再び携帯にメールが着信する。


『件名:もう寝ちゃったかな? 内容:七海へ、もう寝ちゃったかな? 返信がなくってパパ心配だよ(つд⊂) もしかして何か危険なことに巻き込まれてない? 異世界は魔物とかたくさんいて危険だからね。何かあったらすぐにパパが駆けつけるから心配しないでね(`・ω・´) 追伸:そういえば昔はよくパパとおやすみなさいのチューしながら眠ったよね(/ω\*) さすがに今だと恥ずかしいだろうけど、パパはいつでも七海からのおやすみなさいメールは大歓迎だよ(^^)』


 死ね。


 脳裏に浮かんだその言葉を吐き捨てて、私はスマホをマナーモードにして机の上に放り投げた。

 その後、疲れた体を癒すべく、ベッドについて眠ろうとした瞬間、テーブルに置いたスマホが秒間隔で震えだす。


『ブル! ブルル! ブルル! ブルルル!』


「だーっ! もう! うるさいっての!!」


 思わず大声を出し、スマホを取り上げてメールを確認すると、そこには――


『件名:忙しいの? 返信なんて期待してないから無理しなくても、大丈夫だよ(´▽`) 内容:そういえば、最近庭で園芸始めたんだけど、植物と間違えて肉食植物育てちゃって庭が大変(笑) 部下がよくその肉食植物に食べられそうになって大騒ぎしてるんだ。今度七海にも見せてあげるね(^^) 追伸:寝る前のメールってどうなんだろうね? 深夜にメールを送るのは失礼って聞くけど、パパはそういうの全然気にしないから大丈夫だよ(笑)』


 私はすぐさま一件しか登録されていないパパの番号とアドレスをそのスマホから消すと、王様からもらった剣でスマホを粉々に叩き割って、窓の外にその残骸を打ち捨てた。

 そうして、ようやく私はその日における安らかな時間を得て、就寝に就くのだった。


 翌日。壊したはずのスマホが綺麗さっぱり元に戻って机の上に置いてあった。

 恐る恐るスマホの中を開けてみると、そこには昨日の最後のメールから約百通くらいに増えた迷惑メールの嵐があった。


『件名:おはよう!(^_^)/ 内容:昨日はよく眠れたかな? 結局返信が来なくってパパちょっぴり心配しちゃったよ(>_<) それはそうと何やらスマホが壊れて一時メールが送れなかったみたいだけど、そのスマホは壊れても自動的に修復して持ち主のところに戻ってくる機能をつけているから、落としたり無くしたりしても大丈夫だから安心してね(^^) 追伸:そういえばメール打ち終わって送信すると同時に相手からの前のメールへの返信が来て、内容がすれ違いになることとかあるよね? ああいうのちょっと気まずくなるけど(^^;) パパはそういうの全然気にしないから安心していいよ(^^)/』


「…………」


 その内容を見るや否や、私は爽やかな朝日が漏れる窓を開き、太陽めがけスマホを思いっきり投げるのであった。

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