七鍵~姫と七つの鍵~(短編版)


「相変わらずねー。仁科さん」


 生徒会役員たちと同級生である仁科 にしなうららのやり取りを見ていた、幼なじみの宮森みやもり朝日あさひが面白がるように言う。

 そう言われ、仁科さん彼女を一瞥する。

 彼女は所謂いわゆる逆ハーレム状態になっていた。

 彼女自身は悪くない。

 悪いのは彼女の持つ異能である。


 この世界には、異能という魔法のようなものが存在する。

 各々必ず何かしらの能力を持っている。

 もちろん、私も持っており、隣にいる朝日ももちろん異能を持っている。


 さて、問題の彼女こと仁科麗さんの異能だが、誘惑タイプの異能らしい。

 どうやら、その異能を無意識に発動しているようで、困ったことに生徒会役員たちがそれに引っかかってしまったらしい。

 そんな彼女の異能について知る者は、同情の眼差しを、彼女の異能について知らない者は、怒りや嫉妬の眼差しを向けている。


 仁科さんとしては、困ったものなのだろう。

 本人が本当に困っているのかは別にするとしても、正直に言えば、ウザい。


(ここは乙女ゲームの世界じゃないっつーの)


 内心でそう思いつつ、そっと目を離す。

 乙女ゲームでもなければ、ギャルゲーやVRMMOでもない。

 そこでやっと、ずっと頭を下げっぱなしの上級生に目を向ける。


「……」


 頑固だなぁ、と思いながら溜め息を吐く。

 目の前の上級生も生徒会役員の一人だが、他の役員と違い、明らかに苦労人です、というオーラが出ていた。


 では、何故生徒会役員である上級生が、仁科さんの方へ行かず、私に頭を下げているのか。

 答えは明白。

 単に私に用があったからだ。

 それを説明するには、この世界と学校について少しだけ説明する必要がある。


 そして、私こと桜庭さくらば鍵奈きいなもまた、仁科麗による逆ハーレム……というより、その周囲に巻き込まれることになるのであった。


   ☆★☆   


 今では絶大な権力を持つ錠前時じょうぜんじ家。

 どちらかといえば有名な方に入るこの一族は、各ジャンルでそれぞれ活躍している。

 そんな彼らの中でも、異彩を放つのは、『錠前時の姫』と呼ばれる女性の異能者である。

 姫の持つ異能はそれぞれ独特であり、錠前時の今後を左右し、それぞれの部下や手下たちが知らないうちに暗躍する。

 特殊な異能を持つ者としては、私や朝日、そして、もう一人の幼なじみである南條なんじょうけいも例外ではない。

 先程暗躍する者たちがいると言ったが、その筆頭と言えるのが、姫の護衛を担当する『鍵錠きじょう』と呼ばれるボディーガードである。

 基本的に護衛対象である姫の側を離れることは無いが、もちろん特例も存在する。

 それが、私たちが通う高校、千錠せんじょう高等学校の保険医として赴任した鍵錠にして、我が義兄の雪原 塁ゆきはら るいが良い例だ。


 とまあ鍵錠の説明はこれぐらいにして、千錠高校について説明しよう。

 千錠高校はエスカレーター式で、それぞれ内部組と外部組があり、私や朝日、京は外部組である。

 そもそもエスカレーター式なら『高校』と付けずに、『学園』と付ければいいものを、千錠高校の『高等部』だけは何故か『高校』と表記されている。

 そのため、入学当初は外部組だった私たちは目立ち、内部組の生徒たちから、それなりに注目されていたのは、良い思い出である。


 そして、現在。


「頼む、桜庭。助けてくれ!」

「……いきなりですね。岩垣生徒会長」


 会って早々、頭を下げてきた上級生先輩に、私はやや引きながら言う。

 岩垣いわがきめぐる

 千錠高校生徒会会長(三年)にして、私とは姉を通じての中学からの知り合いである。

 仁科さんの異能が効かない内の一人だ。


「お前の事だから、知ってるだろうが、生徒会を助けてほしい」

「“知ってるだろうが”と“生徒会を助けてほしい”の間を説明してください」


 大体の予想は付いている。

 教室の一角であんな事をされていれば、察するなという方が無理である。


「今、生徒会役員がまともに仕事してないの知ってるか?」

「知ってます。うちのクラスの女子と一緒にいるのを見ましたから」


 すぐ近くにいますがね。


「おかけで、生徒会の仕事が滞ってるんだよ」

「それで、私にどうしろと?」


 生徒会長せんぱいに尋ねる。


「生徒会業務を手伝ってほしい。中学の生徒会関係者として」

「中学の時の話は出さないでください。それに、中学と高校では違うじゃないですか」


 真面目な顔で言う生徒会長にやっぱり、と思う反面、『中学』と聞いた私は、自分でも声が低くなるのを理解しつつ、そう返す。


「正直、鍵依きい先輩の時には、こんな事はなかったんだ」

「当たり前です。同じ事があって堪りますか」


 全く、と思いながら、私は生徒会長の話を聞いていく。

 桜庭さくらば鍵依きい

 我が姉にして、鍵錠である雪原ゆきはらるいの婚約者。

 錠前時の『桜庭の姫』。

 そして、千錠高校前生徒会長。


(相変わらずですね、姉さん)


 生徒会長は姉さんが好きだ。

 好きと言っても、好意ではなく、尊敬の意味で、だが。


「それに、中学で生徒会を立て直したのは桜庭だろ?」

「だから、中学の時のことは出さないでください」


 はぁ、と溜め息を吐き、生徒会長を見る。

 中学のことは出すな、と言っているのに、何故こうも言ってくるのだろうか。

 とはいえ、せっかく来てくれたのに、無理やり追い払うわけにもいかない。


 というわけで――


「つか、私が見たらマズいものありますよね?」


 生徒会役員のみが知り得る情報を私が見て大丈夫なのか、そう尋ねれば、ああ、と頷かれる。


「桜庭、口堅いから大丈夫だろ」


 おい、生徒会長がそんなでいいのか。

 一気に不安になってきた。

 口が軽い堅いの問題ではない。


「……」


 仕方ない。とりあえず、引き受けて、ヤバそうな情報は記憶から削除しよう。


「……分かりました」


 私の言葉に、え、と生徒会長は固まる。


「一応、中学からの先輩だから聞くんであって、生徒会の為じゃないですからね?」

「ありがとう、桜庭」


 私に感謝する生徒会長――岩垣先輩に、何故私のことは名字で呼ぶんですかね? と内心で疑問に思いながら、私はすっかり忘れていた。


 現在の生徒会は男だらけだということを。

 そして、鍵依姉きいねえ以来の生徒会に紅一点として、女子生徒が入らなかったことを。


 もし、それを忘れずに、私がもっと深く考えた上で、安請け合いをしなければ、私だけではなく、仁科さんたちにまで、迷惑を掛けずに済んだのに――


   ☆★☆   


 生徒会室が重たい空気に包まれる。

 理由は簡単。

 私と副会長である一ノ瀬いちのせりつ先輩が睨み合っているからだ。


 事の起こりは数分前。


「会長、何で部外者が生徒会業務やってるんですか?」

「君たちが来ないから、助っ人として呼んだんだよ。先生も許可してくれた」


 生徒会室に入ってきてからの第一声がそれだった。

 岩垣先輩の、問いに答えるかのような説明に、生徒会役員たちが私を見た後、顧問の先生を見る。

 よくよく考えれば(よくよく考えなくても)、先生は私の協力を断るべきだったのだ。

 それなのに、私が今この場にいるのは、顧問が許可したからだ。


 岩垣先輩よ、一体どう説明した。


「一応、中学でも生徒会経験者らしいからな」

「先生?」

「ああ、そうだったな」


 顧問の言葉に私が睨むと、顧問が苦笑いで口を閉じた。

 油断するとすぐこれだ。


「仁科さんに構うのは構いませんが、仕事をおろそかにするのはどうかと思いますよ」


 私の言葉に、岩垣先輩も顔を伏せかけ。


「お前――中学はどこだ?」

「言うと思いますか?」


 何か言おうとして、副会長らしき男子(一ノ瀬先輩だが)が口を開くが、そう簡単に答えると思うなよ。

 つか、気になったのはそこか。

 とまあ、そんなこんなで今に至る。


「ちょっ、二人とも……」


 火花が散りそうな雰囲気に、岩垣先輩が慌てて止める。


「とにかく、私の中学はどうでもいいです。来たのなら、仕事してください。しないと仁科さんに告げ口します」

「なっ……」


 役員たちは絶句した。

 そんなに驚くことでもなかろうに。

 あれだけの頻度で来られれば、仁科さんも役員たちが仕事してないことは理解しているだろうし、私が彼女に言うまでもない。

 というか、私は見ている方がいい。

 例えるなら、姫より護衛、舞台の中心より傍観である。

 まあ、少しの間、仁科さんの名前は脅し材料として使わせてもらおう。絶句するほどということは、効果てきめんらしいから。

 だが、その一方で、彼女の異能が彼らに及ぼす影響力も上がっていることを理解させられた。

 とりあえず、「私と仁科さんはクラスメイトですから」と付け加えれば、岩垣先輩と顧問が苦笑いし、他の生徒会役員たちは悔しそうな顔をする。


(嘘は言っていない)


 その後、役員たちを加えて、そのまま生徒会業務を行った。


   ☆★☆   


「疲れた」

「ご苦労様」


 ラウンジにある自販機のコーヒーを岩垣先輩に渡され、受け取る。


「本当ですよ。これっきりにしてほしいものです」


 岩垣先輩の労いに、冗談混じりに返事をして、席に着き、コーヒーを飲む。


「おかげで、嫌な中学時代を思い出しましたが」

「あの時も大変だったよね」


 そう言いながら、二人してあはは、と笑う。

 あの時は一年の付き合いだったが、今もそうだ。


「鍵依先輩は元気?」

「元気ですよ。というか、新任保険医に聞いた方が早いです」


 そう答えれば、岩垣先輩は首を傾げた。

 今では私よりかれの方が詳しいはずだ。


「何で?」

「鍵依姉の婚約者だから」


 岩垣先輩は目を見開き、固まった。


「……え……?」

「親同士の決めた」


 固まった岩垣先輩に、そう付け加えて言う。


「あ、ああ! そういうこと……」


 私の言葉に、岩垣先輩は慌てて納得した。

 婚約者同士なのは間違ってはないが、親たちが決めた婚約者同士のはずなのに、あの二人は妙に仲が良かったりする。

 つか、鍵依姉は多分、塁義兄るいにい以外の相手は認めない気がする。

 そんな岩垣先輩の態度を見て、私は悪そうな笑みを浮かべ、意地悪そうに尋ねる。


「微妙にショック受けました?」

「な、ななな何で?」

「動揺しすぎです」


 そこまで動揺しなくても、と思いつつ、少しだけ残ったコーヒーを飲む。


(そういえば、この人――)


 と思ったとき、岩垣先輩が口を開く。


「そ、それより、性格変わった?」


 岩垣先輩の話を逸らすための問いに、私は視線だけを彼に向ける。


「私は元からこういう性格です」


 そう答えれば、手をポンと叩き、岩垣先輩は告げた。


「ああ、猫被り」

「殴られたいですか?」

「そ、それだけは勘弁してよ」


 私にギロリと睨まれ、岩垣先輩は両手を顔の前で振る。


「冗談です」


 そういうと、私は立ち上がる。


「コーヒー、ごちそうさまでした」


 空のコーヒー缶を軽く振って見せ、ごみ箱に捨てて、私はラウンジから出て行く。


 そんな私の後ろ姿を見ていた岩垣先輩が、何かを決意したらしいが、それが何なのか、私は知らない。


 そして、私は岩垣先輩の手により、舞台上に引きずり出され、仁科さんたちの描いた舞台を崩壊させることになる。


 それは私が望まないことで、もし戻れるなら、岩垣先輩の誘いを断り、生徒会と関わることを阻止できるのだが、後の祭りだ。


 なら、やってやろうじゃないか。どんな結末になろうとも。


 千錠高校前生徒会長、桜庭鍵依が四年前に行った“舞台の崩壊”を――


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