ダークエンジェル~白と黒の契約者~


 天上界のとある場所。


「はっ……はっ……」


 一組の男女が走っていた。

 時折、背後を確認し、足を動かす。


 少しでも遠くへ。


 それが、今の二人の意志だった。


「いたぞ!」


 背後からの声に、二人が振り向けば、二人を追う者の声だった。


「……っ、」


 こうなったら、逃げられるところまで逃げてやろう。


 二人はアイコンタクトし、頷き合うと、二人は走るペースを上げ――飛んだ。

 追っ手たちも飛翔し、追いかけてくる。

 だが、無限に続くと思われた鬼ごっこは、唐突に終わりを迎えた。


「……な、で」


 二人は呆然とした。

 二人の逃亡を阻止したもの。

 それは、世界の境界線だった。

 眼下に広がる世界は人間たちの世界。

 自分たちが不用意に干渉していい世界ではない。

 だが、と、二人は背後を見る。

 追っ手たちは、早くこっちに来い、と手を伸ばし、自分たちを捕らえようとする。


「君は、僕とどこまでも一緒に来てくれるかい?」


 その問いは何だったのか。

 いや、分かっている。

 もし、ここで捕まって刑を受け、離れ離れになるより、死ぬ覚悟で彼と一緒にいよう。

 女はそう思った。


「貴方となら、どこまでも」


 男から差し出された手を、女は受け取った。

 そして、互いに笑みを浮かべ、駆け出す。


「せーのっ!」


 追っ手たちの制止が先だったのか、または二人が飛び出したのが先だったのか。

 追っ手たちの手には何もない。

 一組の男女は、新たな世界に飛び込んだ。


 眼下に広がる人間界へと――


   ☆★☆   


 数年後、人間界。


 とある家。

 表札には『森宮』と表記されていた。


「げっ、遅刻だ」


 目覚まし時計を見て、飛び起きる。

 両親は共働きで、朝早くから仕事に行くのは、日常茶飯事だった。


『ちゃんと電気とガスを確認して、戸締まりして、鍵をかけること』


 いつも通り、書き置きと朝食を確認し、顔を洗い、朝食を食べて、支度する。


「電気、ガスはOK、っと」


 次に戸締まりを確認し、荷物を持って、玄関を出る。


「鍵かけOK、っと」


 ちゃんと掛かったか確認し、家を出た。


「頼むから間に合ってー」


 そう祈りながら。





 あ、申し遅れました。

 私は森宮もりみや和泉いずみといいます。

 現在、皆勤が掛かっていますので、説明はまた後で。


   ☆★☆   


「も、森宮さん。大丈夫?」


 クラスメートの誰かが声を掛けてきました。

 声的には女の子なのでしょう。

 でも、猛ダッシュして、学校に来た今の私に、返事をする気力などあるわけありません。


「だ、大丈夫……」


 それでも、心配してくれた彼女に、何も言わないわけにはいきません。


「大丈夫なわけねーだろ」


 あ、嫌な奴が来ました。

 声で分かります。


「彼方」


 彼の名前は桜庭さくらば彼方かなた

 私の幼なじみです。


「相変わらず、体力ねーな」

「うるさい」


 そう言い合ってると、苦笑いしたような声が聞こえてきました。


「まあまあ、二人とも」


 私たちを宥める彼の名前は桜庭さくらば紫音しおん

 名前から分かる通り、彼方とは双子の兄弟です。

 ちなみに、この二人は、近所にある神社の息子で、霊感を持っています。

 私は二人から、何度も後ろに幽霊がいるなどと言われて、からかわれたことがありました。

 まあ、最近は慣れてきて、反応が薄いのを、向こうはつまらなそうにしていましたが。


「それにしても、和泉がギリギリとは珍しいね」


 紫音は笑顔で言う。

 何なんでしょう? この逆らえない笑顔は。


「目覚ましが鳴らなかったのよ」


 これは事実だ。

 今朝の件は体内時計に感謝しないと。


「かーっ、つまんねー」


 彼方はそう言うと、自分の席に戻り、友人たちと話し始め、それを見た紫音もじゃあね、と自分の席に戻り、本を読み始めました。

 本当、あの二人は双子なのに似ていません。


『――』


 ふと、何かを感じたので、外を見ます。

 この時、今日は何かが起きそうな予感がしました。


   ☆★☆   


 学校での一日が終わり、現在は帰宅時間です。

 私は夕飯の材料を買うために、スーパーに寄らなければいけません。

 きっと二人とも、また遅くなるのでしょう。


「今日は何にしようかな」


 そう口にしながら、スーパーへ歩いていきました。


   ☆★☆   


 スーパーでの買い物を終え、帰宅する最中でした。


「何……?」


 私の家の近くには海があります。

 そこで、カモメのような鳥たちが、何かを突っついていました。

 私がそこへ近づけば、鳥たちは一斉に去っていきます。

 そして、鳥たちが去った後から、何をつついていたのか分かりました。

 私が見たのは――


「……箱?」


 首を傾げました。

 ですが、どちらかといえば、ひつぎに近いような箱でした。

 何故でしょう?

 この場所にずっとあったのなら、誰かが気づいたはずです。


(これに関わってはいけない)


 そんな気がしました。

 そして、ものすごく後悔の念が押し寄せてきました。

 そもそも何故私は、箱の前に立っているんでしょうか?


「……」


 せっかくなので、開けてみることにしました。


「……手紙?」


 棺の中にあったのは、手紙が二つ入った一つの瓶でした。

 試しに見てみます。


『あなたは天使と契約しますか?』


 うわ、何コレ。

 とりあえず、もう一枚も見てみます。


『あなたは悪魔と契約しますか?』


「……」


 本当、何コレ。


「つか、天使と悪魔って」


 誰も、よく分からないものとは契約しようとは思わないだろう。


「というわけで放置決定」


 変なものには関わらないほうがいい。


「それは無理だな」


 はい?

 後ろを振り向けば、真っ白な人と真っ黒な人がいました。

 それより問題は、二人の後ろに生えている・・・・・モノ。

 真っ白な人には天使のような翼が、真っ黒な人には悪魔のような翼がありました。

 つまり、これは――


「コスプレイヤー?」

「「違う」」


 首を傾げて言えば、二人揃って、違うと言われました。


「なら何ですか」


 そもそも何で私はこの二人と話し、見下されているのでしょうか?

 私が子供だからですか。そうですか。

 さて、そろそろ帰らなければなりません。

 スーパーで買った夕飯の材料を手に持ちます。

 この変人たちはここに置いていくことにして……


「あ、そうだ。一つ、確認していいですか?」


 私には、確認したいことがありました。


「あなたたちは何者ですか?」


 これは重要です。

 もし、このまま放置して、のちに変人や変態だと分かれば、放置した私の責任になりかねません。取るつもりもありませんが。

 それに、彼らの言う通り、目の前の二人がコスプレイヤーでなければ、手紙からの内容から予測できるのは――


「俺は天使だ」

「俺は悪魔だ」

「……」


 予想通りでした。

 真っ白な人は天使、と真っ黒な人は悪魔、だと告げました。


「そうですか」


 私が言えるのはそれだけです。


「では、さようなら」


 二人にそう告げて、私はその場を去りました。


   ☆★☆   


「で、何で追いかけてくるんですか。ストーカーですか。そうですか」

「違う。その自己解釈は止めろ」


 真っ黒な人が言いました。

 私は先程も言いましたが、真っ白な人と真っ黒な人は私に付いてきます。


「じゃあロリコンですか。そうですか」


 ご愁傷様です。


「違うから」


 真っ白な人が苦笑いして言う。


「で、何で付いてくるんですか?」

「お前が手紙を持ってるからだ」


 真っ黒な人は私のポケットの指しました。


「これ?」

「そうだ」


 ポケットから出し、確認すれば、二人は頷いた。


「なら返します」


 はい、と私は渡します。


「いや、返されても困る」

「何で?」


 真っ白な人の言葉に、私は首を傾げました。


「君が契約者だから」

「はい?」


 今、何て言った?

 真っ白な人は私を指しています。


「私が契約者……?」

「うん、そう」

「あと、俺もな」


 頷く真っ白な人に、真っ黒な人は自身を指しました。


「それを信じろと?」

「信じる信じないじゃない。手紙を拾った君じゃないと、俺たちは故郷にすら戻れない」


 疑いの眼差しを向ければ、そう言われました。

 つか、戻れないのなら、最初から来るんじゃない。

 しかし、私が目の前の二人と、本当に契約したのなら、解除したい。


「クーリングオフします」

「うん。さっきも言ったけど、無理だから」

「……」


 何だろう。

 真っ白な人こと自称天使の言葉に、毒を感じるのは気のせいか。

 隣の真っ黒な人こと自称悪魔に目を向ければ、哀れむような同情したような目を向けられました。

 え、何? 私が悪いの?


「……」


 仕方ない。


「分かりました。でも、その格好は止めてください」


 目立ちますから。


「ああ、分かっている」

「もちろん、そのつもりだ」


 二人は頷きました。


 これが、この二人との出会い。






天城あまぎ天羽てんばです」

「どう誤魔化したの」

「えっと、記憶操作?」

「ふざけんなぁぁぁあ!!」


 真っ白な人こと天使の天羽は私の学校の教師として赴任し、


「……何してんの」

「遅かったな」

「遅かったな、じゃねーよ」

「も、森宮さんの知り合い?」

「え、あ、その……」

森宮もりみや伊織いおりです。がお世話になってます」

「あ、お兄さんだったんだ」


 真っ黒な人こと悪魔の伊織は私の兄と嘘ついたり……


 そして――


「あの二人、何者?」

「和泉。教えてくれるかな?」


 霊感の強い幼なじみたちにバレそうになったり。


「あ、あの二人はっ、訳ありで、今うちにいるのっ」

「見ず知らずの奴だろ?」


 まあ、そうなんですが。


 その後、私には、同学年の如月きさらぎ花火はなびとその幼なじみである吉良きら、それぞれの契約天使であるさくらと契約悪魔のれいと知り合い、彼女たちと、天羽たちの故郷である天上界の騒動に巻き込まれたのは、別の話である。


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