第八章 発覚6
リーシンが部屋から去っていき、一人になったわたしは、寝台に横になりながら、あることに思いを馳せていた。
それは、フェイロンがわたしを連れ出すために後宮へと潜り込んできたときのことだ。
フェイロンは、あのときわたしに一緒に逃げようと言っていた。
しかし、そこでともに逃げていたとしたら、父親の仇を討つという彼の目的は達せられなかったはずだ。それなのに、彼は一度ならず二度までもわたしに会いに来てくれた。そして、わたしとともに逃げようと言った。
それはなぜなのか。
もしかするとそれは、彼自身の中にも迷いがあったということなのではないのだろうか。
親の仇を討ちたいという強い気持ちがありながらも、どこかでそのことから逃げたい、恐ろしいという感情が彼の中にあったのではないだろうか。
だからわたしにあんなことを言った。
もしわたしがあのとき一緒に逃げていたなら、彼は仇を討つことなどやめて、どこかで平和に暮らす道を選んだのかもしれない。わたしとともに、細々と貧しいながらも平凡な暮らしをしていたのかもしれない。
だとすれば、彼に仇を討つ決意をさせたのは、他でもないわたしだったのかもしれない。
きっとそうだ。
わたしが彼を突き放したせいで、彼はあんなことをしてしまった。
そして今、その罪で裁かれようとしている。
わたしのせいだ。
彼を追いつめてしまったのは、わたしだ。
どうにかして、彼を助けてあげないと。
わたしはそんな思いにかられ、寝台から身を起こすと、そのまま部屋をそっと抜け出していた。
フェイロンの投獄されている牢屋は、リーシンに訊いて知っていた。後宮から抜け出すのは、連日の夜の会合で通った抜け道を使うことでできた。しかし、牢屋まではさすがに聞いた話だけでは容易にはたどり着けず、ようやくそこに到着したのは、夜も明けかけたころになっていた。
しかしたどり着いたはいいが、そこからも容易にはいかなかった。牢屋のある扉の前には見張りの兵士が立っていた。当然すんなり中に通してくれるとは思えなかった。
わたしは陰で兵士の様子を見ながら少し考えた。そして、ふとある機知が浮かび、それを試してみることにした。
「見張り、ご苦労様です」
わたしが緊張しながら兵士の男に近づくと、彼は驚いたように顔を上げた。
「何用か? ここは罪を犯したものたちの入る牢屋へと続く扉。許可のないものの立ち入りは禁止されている」
厳しいその口調に、わたしは少々おののいたが、負けじと笑顔を浮かべ、懐からあるものを取り出した。
それを見た兵士はさっと身構え、鋭い声を発した。
「おのれ! 女人のくせに牢破りをするつもりか!」
兵士の男に、わたしは慌てて言った。
「いいえ。よく見てください。この御紋を!」
それは、わたしがリーシンから渡された小刀だった。そこには王家を示す御紋が記されている。
それを見た兵士の男は、柄にやった手を緩めた。
「そ、それは王家の……」
「ええ。わたしは次の王妃になる予定のメイリンと申すもの。今日は王の密命でここへとやってきました。牢にいるものに用があるのです。通していただけますね?」
「次期王妃様? 王様の密命? ええと……」
わたしの言葉に、兵士は戸惑っていたが、やがてうなずいてみせた。
「わかりました。しかし、なにか不審な点があれば他のものを呼びます。よろしいですね?」
「ええ。わかりました」
兵士はわたしの言葉を聞くと、扉の鍵を開け、中へとわたしを導いた。そこにはもう一人看守らしき人物がいて、兵士の男は彼にもわたしのことを話して聞かせた。そしてそれを聞いた看守の男も、納得してうなずき返していた。
「それでは、あまり長居はしないようお願いします」
兵士はそう言い残すと、扉を閉めた。
「一応監視のために私も同行します」
看守はそう言うと、部屋の奥にある階段へとわたしを招いた。
看守の導きで階段を下りていくと、そこにはまた扉があった。看守がそれを開けると、途端にむっとした土の匂いや黴臭さがそこから漂ってきた。
牢の中は暗かった。燭台がところどころ壁に設置されているが、その灯りを飲み込むような濃い闇が、そこには横たわっていた。
そして、そんな闇に支配された世界の中、ずらりと並ぶ牢屋を見て、わたしは背筋にすっと冷たいものが下りるのを感じていた。
その中には囚人たちが寝ていたが、なかには起きてこちらを見ている囚人もいて、そのうろんな目つきにひやりと胆が冷えた。
フェイロンに会いたいという一心でここまでやってきたが、ここは罪を犯した悪人の巣窟なのである。自分のようなものがやってくるようなところではないということを、そのときようやく理解し、足元から恐怖が登ってくるのを感じていた。
そんな恐怖に耐えながら歩くことしばらく、ようやくフェイロンのいる牢屋の前までやってきた。彼の無事な姿を見て、わたしはほっと息をつくと同時に安堵した。彼は壁際にもたれかかり、寝ているように見えた。
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