第八章 発覚4
そこにあった光景を見て、わたしはどう言葉にしたらいいのかわからなかった。
人が胸から血を流して倒れていた。
そして、その人物を見下ろすようにして、ある人物が血の付いた刀を手にしたまま立ち尽くしていた。
その人物の顔を見て、わたしは驚愕で心臓が飛び出そうになった。
「フェイロン……?」
そこにいたのは、わたしのよく知っている幼馴染みの姿だった。
フェイロンは肩で息をつきながら、こんな言葉を発していた。
「……ようやく叶った。ぼくはずっとこのときが来るのを待っていた……」
そこに倒れているのは、ユンバイさんだった。動く気配がないことから、すでに事切れてしまったものと思われた。
「これでようやく父さんの仇が……っ」
フェイロンがそうつぶやいたのを、わたしは聞き逃さなかった。
「貴様!」
「やったのか!」
驚愕に立ち竦んでいるわたしの横を擦り抜け、リューフォンさんとタオシェン将軍はすぐにフェイロンの元に駆けつけた。そして彼を拘束し、刀をその手から奪った。
「王宮の敷地内で刃傷沙汰を起こすとは貴様、ただでは済まんぞ!」
タオシェン将軍がフェイロンをきつく羽交い締めするのを見て、わたしは思わず叫んだ。
「待って! 待ってください! どうか、彼を許してください……!」
わたしがそう言うと、リューフォンさんが訝しげに話しかけてきた。
「メイリン様。もしかして、お知り合いですか?」
「ええ。彼は同郷の幼馴染みで……。とてもこんなことをしでかすような人物では……」
「しかし、目の前のこの状況から考えると、どう考えても彼がやったとしか……」
確かにそうだ。下手人はフェイロンで間違いないのだろう。
それに、先程フェイロンはこうつぶやいていた。
父さんの仇、と。
「ひとまず牢へと連れていかなければなりません。いかにメイリン様の頼みとはいえ、罪は罪。このものはこの国の法に則って、これから裁きを受けなければなりません。なにとぞご理解ください」
「そんな……」
追いすがるようにするわたしを尻目に、タオシェン将軍とリューフォンさんはフェイロンの処遇について話し合っていた。
フェイロンは俯いていたが、拘束されたあとはずっとおとなしいままだった。
わたしはそんな彼に近づき、言葉をかけた。
「フェイロン……。どうしてこんなことを……」
そのとき、フェイロンはようやくわたしの存在に気づいた様子で、はっとして顔を上げた。
「メイ……リン」
彼のその表情には、大きな疲れの色が見えてはいたが、しかしその中にはなにか充足したものがあるように感じられた。
「やった。やったんだよ! ぼくはついに、父さんの仇を討てたんだ……!」
その言葉を、わたしは訝しく思った。
「お父さんの仇? でもあなたが斬ったのは、宦官のユンバイさんよ。それがどうして……」
言いながら、わたしはあることを思い出していた。
確かフェイロンは昔、ある人物を捜していると言っていた。そしてその人物は、王宮に勤めているのだと。
それがユンバイさんだったというのだろうか。
「メイリン。きみは気づかなかったのかもしれないが、あいつは昔、ぼくらの村を支配していた役人だった男だ。……なんの罪もなかったぼくの父を、ありもしない言いがかりで殺した男だ。ぼくはそいつを今までずっと捜し続けていたんだ……」
それを聞き、わたしは急速にそのころのことを思い出していた。
無実の罪で殺されたフェイロンの父親。それをしたのは、村の役人の一人。小柄なその男のことを、わたしは懸命に思い出した。そして、その男の右頬の辺りに、ほくろがあったことを思い出していた。
そして、急激にユンバイさんとその役人の顔が重なった。
「嘘……。そんな……」
「嘘じゃない。こいつはあれから王都へと移り住み、そのずる賢さで王宮の官吏に潜り込むことに成功していたんだ。宦官となって後宮に出入りしていたことを掴んだぼくは、密かにそこに潜入する抜け道を覚えた」
それを聞き、フェイロンがわたしに会いに後宮に潜り込んできたときのことを思い出していた。そのときはどうやって入ってこられたのか不思議だったが、彼はそれ以前に個人的な事情で後宮への抜け道を覚えていたのだ。わたしはようやくそのことに納得がいった。
「ぼくはそして、この男の動向を見張っていた。すると、近頃夜中に頻繁にこの辺りを歩いていることがわかった。それを好機と思ったぼくは、こうしてこの男が通りかかるのをここで待ち構えていたんだ」
そして、彼は復讐を成し遂げた。悲願であっただろう父親の仇を討った彼の今の心境は、いかばかりだろう。
そう思ってフェイロンの顔を見ると、その顔からは先程まであった充足感は消え、完全に血の気を失っているように見えた。そして、彼はそのときかすかに震えていた。
「……メイリン。ごめんよ。きみにあんなことを言ったけれど、もうぼくはきみを連れ出すことはできそうにない。無責任なことを言ってしまった」
彼は薄く微笑んで言った。
「さようなら。メイリン。どうかきみは幸せに生きておくれ」
わたしはぐっと胸が詰まった。彼がどんな想いでそれを言ったのかを考えると、わたしはどうしようもなく心が揺さぶられた。
「フェイロン!」
わたしが叫んだのと、誰かが腕を引いてきたのはほぼ同時だった。
わたしが必死の思いで見つめるその先で、フェイロンはタオシェン将軍に連れられて行ってしまった。
どうにもできない自分が悔しくて、あとからあとから涙が溢れた。
泣くことしかできない自分が、嫌になった。
腕を引いた人物が、横に立って言葉を発した。
「あいつは自分で今回のことに対する責任をとるつもりなんだ。そのうえで、あいつは事に及んだのだろう。捕らえられたというのに暴れもしなかったことは賞賛に値する。……しかし、罪は罪として裁かれなければならない。メイリン、あいつのことはもう忘れたほうがいい」
リーシンのその言葉に、わたしはなにも返事らしきものができなかった。
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