第七章 裏切り4
夜になり、リーシンがわたしの部屋を訪ねてきた。
彼が現れるのを待ちかねていたわたしは、すぐに彼の元へと駆け寄った。
「なんだなんだ?」
戸惑う彼に、わたしは言った。
「さっきはいろいろ話せなかったものだから」
それを聞くと、彼は苦笑を浮かべ、黙って部屋の奥へと進んでいった。
「……まあ、そう急くな。おれは逃げも隠れもしないから」
寝台に腰掛けたリーシンの隣に、わたしも静かに腰を落ち着けた。
「昨日のことで、いろいろと不安になってしまったようだな」
そう言い当てられ、わたしは少し気恥ずかしくなった。そんな気持ちが顔に出てしまっていたのだろう。
「まあ、でもそれはもう終わったことだ。これからまた新たに作戦を考えていけばいい」
「でも、もう丞相には今回のことがばれてしまっているのよね。向こうはもう手を打って、悪事の証拠が出ないようにしてしまっているはず。それを白日のもとに晒すのは、おそらくかなり難しいわ」
リーシンはうなずいた。
「そうだろうな」
まるで他人事のように話す彼の言葉に、わたしはもどかしくなった。
「どうしてそんなに落ち着いていられるの? このままだと、この国は丞相にいいようにされていくばかり。結局この国は変えられない。民は搾取され、一部の人間ばかりが肥え太っていく。この国がそんなままでいいの? 大義は単なる飾り物に過ぎなかったの?」
声を荒げるわたしの口に、リーシンはすっと人差し指を当てて制した。その感触に、瞬間どきりと胸が鳴った。
「あまり大きな声は出すな。外で誰が聞き耳を立てているかわからん」
わたしは、はっとして俯いた。
そして、自分の配慮のなさを恥じた。
「まあ、熱くなる気持ちはおれにもわかる。お前が焦るのは仕方ない。だが、これだけは言っておく」
リーシンはそれから、すっと息を吸い込んだ。
「おれの中の大義は変わっていない。民のためによりよき国を造っていくことこそが、おれの理想だ。そのためなら、おれはどんなことでもする」
その言葉に、胸が打たれた。
そして、自分の浅はかさを思い知った。
昨日のことで誰よりも絶望したのは、彼なのだ。うまくいくと思っていた作戦がすべて水泡に帰し、今後の見通しも立っていないばかりか、以前よりも状況が悪化してしまった。その現状に一番危機を感じているのは、他の誰でもない彼なのだ。
そのことに気づいたわたしは、彼に詰め寄って暴言とも取れる発言をした自分が、いかに愚かだったのかを思い知った。
そして、振り絞るようにして、謝罪の言葉を口にした。
「……ごめんなさい。あなたのほうが、きっとずっとつらかったはずなのに……」
「それはいい。この状況を憂える気持ちはおれもお前も同じだ。単にお前が、おれよりも自分の気持ちに素直だというだけだ」
そんなことはない。わたしが本当に素直だったら、彼に対してこんなに複雑な感情を抱いてなどいないはずだ。
「確かに状況は最悪だ。だが、きっとなにか打つ手はあるだろう。また一から作戦を考え直すまでだ」
彼は前向きにそう言ったが、わたしはやはり例のことが気になっていた。
そんなことはありえない。あるはずがない。
そう思うが、どうしても頭をもたげてくるその考え。
打ち消しても打ち消しても湧いてくるその考えを、わたしはついに彼に向かって口にした。
「あの作戦が漏れていたということは、わたしたちの中に丞相との内通者がいたということになるのではないかしら……」
わたしのその台詞に、リーシンは表情を硬くして押し黙った。しばしの間、わたしたちの間に重い沈黙の帳が下りる。
やはり言うべきではなかったかと、わたしが後悔し始めたころ、リーシンはようやく口を開いた。
「仲間の中に裏切り者がいる……。やはり、お前もそう思うのか」
リーシンは俯いて、片手で頭を抱えるようにした。
そんなことは考えたくない。その思いは彼も同じのようだった。
しかし、彼はそれを否定することはしなかった。
「そんなことは考えたくはないが、その可能性をどうしても否定することはできない。みな、とてもいい忠臣で、こんな未熟な王であるおれを、いつも懸命に支えてきてくれたんだ。そんなやつらを疑いたくはない。だが、そうせざるを得ない。運命とは、なんとも酷なことを強いてくれる」
苦悩の深さが思い遣られた。それは、わたしなどの比ではない。彼は、自分に長年忠義を示してくれていたはずの仲間の裏切りを疑わねばならないのだ。
その苦悩は計り知れない。
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