第七章 裏切り5

「メイリン。少し、いいか?」


「え?」


 わたしがなんのことかと問うよりも早く、リーシンは突然わたしの膝の上に頭を乗せてきた。


「え、え、え?」


「すまん。少しだけこうさせてくれ」


 えええええ!

 ちょ、ちょっと待って。なにこれなにこれ。なんですかこの状況!

 し、心臓が。


 案の定、わたしの心臓はこの突然の状況についていけず、ばくばくと激しい動悸に見舞われていた。

 膝の上にリーシンの頭が乗っている。見下ろす先には目を閉じている彼の横顔。長いまつげが顔に影を落としている。

 それにしても近い。

 これは近すぎる。

 どうしてこの人はこんなことができてしまうのかと、わたしは不思議で仕方なかった。


 本当に心臓に悪いったら。


 彼の重みと手や目のやり場に困ったわたしは、しばらくあたふたとしていたが、まるで動じない様子のリーシンを見て、結局抵抗するのをあきらめることにした。

 そして、彼の心境を思い遣った。


 きっと彼は今、とても心細くてつらいのだ。

 信頼していた仲間の中に裏切り者がいるかもしれない。そんなことを考えなければならない。そのつらさ。

 わたしはそっと、彼の襟足の乱れた毛を手で撫でつけ直した。ついやってしまったそんな自分の行動に、あとからはっとしたが、彼はなにも言わなかった。

 そしてしばらく静かな時間が過ぎた。

 やがて、彼が口を開いた。


「……なさけない。王がこんなにしょぼくれていては、駄目だな」


 らしくない物言いに、わたしは彼を励ますように言った。


「そんなことはないと思うわ。誰だって、信じていた人に裏切られたらとてもつらいはずだもの」


 するとリーシンは、ぐりんとわたしの膝の上で頭の向きを変え、顔をわたしのほうへと向けた。

 目が合い、どくんと鼓動が高鳴る。


「優しいな。お前は」


 吸い込まれそうなほどに美しく輝く黒き瞳。そんな瞳で見つめられたら、――駄目だ。

 す、と彼の手が伸び、わたしの頬に軽く触れた。


「駄目だな。なにも望まないと誓ったはずなのに。ついおれは、お前の優しさに甘えてしまう」


 つうっと彼の指がわたしの頬を伝って顎まで落ちた。そこまできたとき、ふと彼がなにかに気づいたように、目を見開いた。そして、がばっとわたしの膝の上から起きあがった。

 その突然の行動に驚いたわたしは、彼に問うた。


「ど、どうしたの?」


 リーシンは視線を天井のほうにやり、こうつぶやいていた。


「そうだ。なぜ今まで気づかなかったのか。おれは大きな見落としをしていた……」


 彼のその言葉に、わたしは目をぱちくりとさせた。


「もしかすると、まだ勝ちの目があるかもしれない……っ!」


 リーシンはその目に、静かな闘志のようなものを燃やしていた。

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