第六章 決行4

 事が動いたのは、その翌日のことだった。


「今日の御前会議は大変だったらしいわよ!」


「なんでも国庫のお金の中に偽金が紛れていたとか?」


「国の中央でそんなものが見つかるなんて、これは一大事よっ」


 午後の宮廷では、そこかしこで女官たちのそんな話し声が聞こえてきた。

 わたしはそれを聞いて、ついに作戦が決行されたことを知った。

 作戦は、今のところ順調に進んでいるようだ。

 リューフォンさんの立てたその作戦の中身というのは、こういうものだった。


          *


「修繕費として回されるお金の中に、偽の貨幣を紛れ込ませておくのです」


「偽の貨幣?」


「ええ。以前偽金を製造していた悪人から押収したそれが、我が手元にまだ残されております。それを今回利用しようと思うのです」


 リューフォンさんの言葉に、会合に集まっていた一同は、目をぱちくりとさせていた。


「そんなものが国庫から見つかったら、それこそ大騒ぎになる。厳重に護っていた国のお金に偽のお金が紛れていたなんてことになったら、この国の偉功は地に落ち、経済に大きな影響を及ぼす」


 リーシンの言葉に、リューフォンさんはうなずいた。


「当然そうなるでしょう」


 その言葉に、言葉数の少ないタオシェン将軍も、声を発した。


「ならば、なにゆえそのようなことを?」


 その疑問に、リューフォンさんは目を光らせた。


「その騒ぎを利用するのです」


「騒ぎを利用?」


「はい。国のお金に偽金が紛れていたとしたら、これは国を揺るがす大問題です。早急に調査し、すべてのお金を洗い直す必要があります」


 リューフォンさんがそう話すと、わたしを始め、他の面々も納得したような表情をした。


「なるほど。そうなれば、その調査は大司農や国庫を管理する丞相の手のものたちだけで行うことは難しくなりますな。貨幣の偽造は重罪です。そして、そんなものが国庫で見つかったとなれば、監察官がそこに置かれるのは当然のことと言えましょう」


「そこで不正が見つかれば、それは監察官を通して王の耳にも届くことになる。そして、その不正が発覚し、丞相の屋敷に査察が入ればきっとすぐに横領の金は見つかることになるでしょう。そして、修繕費から見つかった偽貨幣と同じ偽貨幣が丞相の屋敷からも発見されれば、もう言い逃れはできぬはずです」


「なるほど、それはすごい作戦です。しかし、どうやってその偽貨幣を修繕費の金庫に忍ばせるおつもりか? 国庫の警備は厳重で、さらにはその周辺の人間は丞相の手のもので固められているのですぞ。容易にはできますまい」


 ユンバイさんが言った。


「ええ。ですからここは、陛下の力をお借りしようかと」


 リューフォンさんのその言葉に、リーシンは目を見開いた。


「おれの?」


「ええ。つまりこういうことです」


 リューフォンさんは、その後、またもや大胆とも言える計画を話し始めた。


「私が手配した偽の大工と陛下が、直接架空の工事のやりとりをされ、その場で費用を出す約束を取り付けるのです。そして、陛下は担当官に修繕費を持ってこさせ、陛下ご自身でその金庫から費用を出すのです。そしてそのとき、残金の入っている金庫のほうに、陛下自身が偽貨幣を紛れ込ませておくのです。そうすれば、誰にも怪しまれることなく、修繕費に偽貨幣を紛れ込ませることができるはずです」


 それを聞いたリーシンは、そのあまりに無茶苦茶なやり方に、なかば呆れながらも感心していた。


「それは、このおれが一風変わった王だと認知されているからこそ立てられた作戦だな。確かにそれならうまくいきそうだ」


「はい。陛下にはかなりお手数をかけることになりますが、陛下ご自身が、国のお金に偽の貨幣を紛れ込ませるなどということは、よもや誰も考えもしないことでしょうから」


「しかし、リューフォンよ。これは、ある意味嫌みか嫌がらせのようにも思えるが、そこのところはどう思っている?」


 いじわるなリーシンの質問にも、リューフォンさんはさすがに堂々としたものだった。


「そう思われたのなら、陛下にもなにか自覚があられるということでしょう。普段より素行には充分注意されるのがよろしいかと」


 王に対し、こんなことが言えてしまうのは、相当の信頼があってこそのことだろう。

 リーシンはリューフォンさんの言葉に、今度は思い切り吹き出していた。そんな様子に、他の面々も愉快そうな笑い声を発する。

 わたしも思わず横で、くすくすと笑いを漏らしていた。


         *

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