第六章 決行5
作戦が実行されれば、その後は迅速な対応が求められる。そのため、その機会は限られていた。危険を悟った丞相が証拠を隠滅しないように、実行は丞相が王都を留守にしている日に行われることになった。
そして、どうやらその日というのが今日という日であったらしい。
わたしは密かにドキドキと胸を高鳴らせていた。
うまくこのまま事が進めば、丞相の悪事が明るみのもとに晒される。そうすれば、この国の悪しき行いが一掃されていくはず。
わたしは作戦が成功してくれることを願った。そして、大きな希望が胸に広がっていくのを感じていた。
後宮からは、表のことがあまりわからない。それは当たり前のことなのだが、やはり状況がどうなっているのかを気にしないわけにはいかなかった。
そわそわと部屋を行きつ戻りつするわたしに、シェンインが不思議そうに声をかけてきた。
「メイリン様? なにか、気になることでも?」
「ああ。うん。ちょっとね。でも、気にしないで」
そう言って再び落ち着きなく部屋をうろうろとするわたしを、シェンインは首を傾げながら見つめていた。
ようやく夜になり、わたしはリーシンとの待ち合わせの場所である藪の陰で、身を隠して待っていた。
早くどうなったのかが知りたい。計画はうまくいっているのだろうか。わたしの胸は高鳴るばかりだった。
やがて、暗闇に紛れてリーシンが姿を現した。
「メイリン。待たせたな」
わたしはそれに首を振ると、逸る心を抑えながら、彼に訊ねた。
「作戦が決行されたのね?」
「ああ。さすがに知れ渡るのが早いな。だが、くわしい話はあとだ。まずは館のほうへと移動しよう」
彼の言葉に従い、わたしたちは仲間たちの待つ館へと急いだ。
館のほうへと移動すると、そこでいつもとは違う異変が起きていた。
「なんだ?」
リーシンが訝しげに見つめる先で、誰かの話し声が聞こえてきた。それは、館近くの灯籠の立つ付近から聞こえてくるようだった。
「……ったな!」
「……れは、あなたがたの招いたことです!」
そんな声が聞こえてきたかと思った直後、横にいたはずのリーシンがすごい勢い
で駆けていった。そして、その腰からすらりと刀を抜いていた。
「ここでなにをしている!」
リーシンの叫びに、そこで言い争っていた片方の人物が、びくりとした。そして、そこにいるのが王であることに気づいたらしいその人物は、こんなことを口にした。
「そうか。王自身が関わっていたのか。くそっ! それで……っ」
そして、その男はなにを思ったのか、腰から刀を抜いて、それをリーシンに向かって振り上げた。
「リーシン!」
わたしは恐怖で心臓が止まりそうになった。
彼が斬り殺される!
そう思ったわたしは、両手で顔を覆った。
ガキン! と金属と金属のぶつかる音がして、それから叫び声がした。
「そいつを逃がすな! タオシェン!」
リーシンの声だった。わたしはそれを聞いて、彼が無事だということを知った。
そして、顔を覆っていた手を下におろし、急いでそこに駆けつけた。
そこにいたのは、リューフォンさんだった。そして、逃げていく男の向こう側に、体躯の立派な人影が、灯籠の明かりの中に見えていた。
刀を抜いていたタオシェン将軍は、逃げようとする男の前に一足飛びに近づくと、その男に向かってそれを振るった。その一閃は、遠目から見ても凄まじく、逃げようとしていた男は一瞬のうちに地に倒れ伏していた。
「タオシェン! よくやった!」
リーシンがそちらに駆けつけていくのを、わたしとリューフォンさんも追いかけていく。
「陛下がご無事でなによりです。しかし、手加減など考える暇がなかった。この男を殺してしまったのは、まずいことだったのでは?」
タオシェン将軍の言葉のとおり、斬り伏せられた男には、もう息がないようだった。たった一度刀を振るっただけで、敵を斬り殺してしまうこの人物の恐ろしいまでの強さに、わたしはぞっと青ざめていた。
「それはもう仕方のないことだ。しかし、この男はいったい……?」
リーシンが、後ろにいたリューフォンさんを振り返った。リューフォンさんは厳しい顔つきで言った。
「まずは館のほうに参りましょう。くわしい話はそのあとお話します」
確かに外ではいろいろと話しにくいこともあるだろう。男のことは、タオシェン将軍に任せることにして、わたしたちは一度館へと向かった。
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