第四章 それぞれの想い2

 わかった、と彼は言った。

 しかし、なにがわかったというのだろう。

 わたしがなにも答えなかったことを、肯定と見てとったのだろうか。わたしがフェイロンのことを好きでいると、彼は思ってしまったのだろうか。


 寝具に身を包みながら、わたしは眠れぬ夜を過ごしていた。

 会合でも、そのことで頭がいっぱいで、今日は話し合いにまったく参加することができなかった。そんなわたしをよそに、リーシンはその前にあったことなどまるで気にする様子もなく、仲間の重鎮たちと議論を戦わせていた。


 自分の部屋に戻り、ようやくほっとしたが、しかしとても寝付けるような心境ではなかった。

 なんともいえないたまらない気持ちが、胸や腹の中で渦巻いているようで、苦しかった。

 ふと、フェイロンに抱き締められたときのことを思い出し、その腕の感触がよみがえってきた。


 ――逃げよう。ぼくとこのまま遠くに。


 フェイロンの胸の鼓動が、聞こえていた。わたしのことを想ってくれる彼の気持ちが伝わってきて、切なかった。


 けれど、わたしはそれに応じなかった。

 リーシンとの賭けが終わるまでは、そんなことはできないと思ってしまった。

 賭けをする前だったら、きっととっくにわたしはフェイロンとここから逃げていただろう。しかし今は賭けのことが足かせとなって、それに応じられないでいる。


 けれど、それは本当にそうなのだろうか。もし、賭けの話などなにもない状態だったとして、今日フェイロンとともに逃げようと言われたとしたら、わたしはどうしただろうか。本当に彼とともにわたしは逃げていたのだろうか。


 閉じた目蓋の裏に、リーシンの顔が浮かんできた。

 切れ長の怜悧な目。すっと通った鼻筋と、自信に満ちた唇。

 王様らしくない、少し変わった王様。

 強引で自信満々。大声で笑ったり、他愛もないことに真剣に取り組んだり。

 そしてなにより、わたしのことを本当に真剣に考えてくれていた。

 わたしの話も、笑い飛ばさず、真剣に聞いてくれた。

 この国のことを、彼は心から憂えていた。

 リーシンという人物のことを知れば知るほど、その存在はわたしの中で大きなものになっていった。


 彼に惹かれてはいけない。

 賭けは最初からわたしの勝ちで決まりのはずだった。

 彼にわたしが惚れたりさえしなければ、わたしは王妃になどならなくて済む。

 こんなに簡単な、わたしに有利な賭けなんて他にない。


 ――なのに。

 どうしてこんなに、心がかき乱されるのだろう。

 どうしてこんなに、わたしは悩んでいるのだろう。

 リーシンの悲しげな瞳が、わたしの心から消えていかなかった。

 その瞳を思い出すと、わたしは胸が苦しくて切なくて、どうしようもなくなっていた。

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