第三章 国に巣くう悪意5
ここに集まった国の重鎮たちは、今日この日、密談のために集まっていた。
つまりここで話されることは極秘であり、外部に漏れたりしたら大変な事態になるようなものであるらしい。
先程リューフォンさんが、わたしに釘を刺すようにそう説明した。
秘密の集まり。
それを聞いただけで、胸の鼓動が速くなる。
「まず、これを見ていただきましょう」
そう言ってリューフォンさんが出してきたのは、ひと巻きの竹簡だった。それを紐解き、円卓の上に広げる。
「昨年度のわがエン国の収支報告です。そして、合わせてこちらもご覧いただきたい」
次に、もうひと巻きの竹簡を彼は広げた。
「これは今年度、先月八月までの収支の内容です。これを見て、なにかお気づきの点がありませんでしょうか?」
それを聞いて、他の面々は円卓に広げられた竹簡を眺めた。
「数字に特に間違いはなさそうだが」
「そうですね。ただ、昨年のものと比べると、今月までの支出の割合が多くなっているように思います」
ユンバイさんがそう言うと、リューフォンさんがうなずいた。
「そうです。その支出の内訳の中で、昨年のものより多くなっている項目があることにお気づきでしょうか」
言われてわたしもその項目がなんなのか、竹簡をじっと見つめてみた。
すると、すぐにそれはわかった。
「なんだ、この修繕費というのは。今年に入って、やたら計上されているようだが」
リーシンが場を代表するように言った。
「丞相のダーヤン様が、今年は王宮の大規模改修にあたる年だとして、いつもの年よりも多く予算を充てることを決めたらしいのです」
「なんだそれは。おれはなにも報告を受けていないぞ」
「先王が崩御されたのが昨年の末ことでしたから、そのどたばたの中、独断で丞相はいろいろなことを決めていったのでしょう。陛下にその際、特になにも報告をしていかなかったのだと思われます」
「丞相め。おれのことを若造だとなめているのか」
リーシンは眉を怒らせた。
「陛下。問題はそのあとです。こうして予算は計上されていますが、改修工事などは、それほどされているようには見受けられません。しかし、毎月のように修繕費は計上されている。工事にその費用が使われていないとすると、そのお金はいったいどこに消えているのでしょう」
わたしはそれを聞いて目を剥いた。計上されているはずのお金が本来の目的で使われていない。もしそれが本当だとするなら、これは重大事だ。
「まさか、横領しているというのか……? 丞相が……?」
リーシンの言葉に、リューフォンさんはうなずいた。
「おそらくは」
「そ、それが本当なら、とんでもないことですぞ! 国の政務の代表であるはずの丞相が、国のお金を使い込むなど、あってはならない。国を揺るがす大変な事件だ!」
ユンバイさんが、白い顎髭を揺らしながら叫んだ。
「丞相め。とうとう正体を現したか……」
地の底から響くような声で、タオシェン将軍が言った。
すると興奮する場を、静かにリューフォンさんが宥めた。
「お待ちください。方々。どうか落ち着いて。まだ、これはそうと決まったわけではないのです」
「なぜだ。先程の説明からいうと、どう考えても丞相が怪しいではないか」
「ええ。それはそうなのですが、したたかで用心深い丞相は、なかなか尻尾を現さないのです。私も限りなく裏で関わっているのは丞相だと思っているのですが、その証拠をまるで掴ませない。実はこの収支報告も、随分苦労して手に入れたものなのです」
リューフォンさんは眉間に皺を浮かべながら言った。
「ですが、この竹簡が手に入ったことで、その証拠を掴む糸口が見つかったともいえます。国の財政を握る大司農や重要な官職は、丞相の身内やその息のかかった人物で固められていますが、そこに私の手のものが密偵として現在入り込んでいるところです。そこで横領の確かな証拠が掴めるよう画策しているところなのですが」
「なかなか尻尾を現さないと」
リーシンが、リューフォンさんの後を継ぐように言った。
「この国の重要機関は、ほとんどが丞相の手のもので固められているからな。これを正すのは並大抵のことではない。しかし、そこを叩かねば、この国は変わらない」
「左様です。悪しき膿は根源から取り除かねば治りません。そうすることによって、末端の役人にもそれは伝わり、民の暮らしにも繋がっていくはずです」
わたしは、それを聞いて、胸が高鳴った。そして思わず言葉を発していた。
「そうすることによって、この国は生まれ変わる……?」
わたしの言葉に、みなが注目した。そして、それに答えるようにリーシンが言った。
「そうだ。この国に巣くっている悪しき膿を、おれたちは今あぶり出しているところなんだ。そして、それはもうじきその姿を現す」
この国を悪しき方向に向かわせた張本人。国の中枢で、その財をほしいままに牛耳っている。
「丞相がその中心にいるというんですね……?」
「おそらく。いや、おれはもうそれを確信している」
一度だけ、この目で見た。リーシンに初めて対面したその場所に、その男も一緒にいた。
権力の頂点に座す、その男――。
「許せない……! 民の苦しみの上にあぐらをかいて、高笑いしている人が丞相だなんて……っ。民からむしり取った税金を、私利私欲のために奪い取るなんて!」
わたしは、その場に偉い人物たちが揃っていることも忘れ、口走っていた。
「絶対に証拠を掴んで、丞相をその地位から引きずり下ろさなくちゃいけない……!」
はっと我に返ったわたしは、自分がとんでもないことを言ってしまったことに気がついて、両手で口を押さえた。
しかし、周囲の人間たちの反応は、わたしの想像に反し、歓迎に満ちていた。
「そうだ! 民を苦しめる丞相など、そこから引きずり下ろさなければいけない!」
「そのとおり! 悪しき因習に満ちた王宮を変革しなければ」
「そのためにも必ずや証拠を掴みましょう!」
タオシェン将軍、ユンバイさん、リューフォンさんがそれぞれそう言い放ち、最後にリーシンがこう締めくくった。
「この国を悪しきものの手から救い出すんだ!」
深夜のその館の中は、志を同じくするものたちの熱気で満ちていた。
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