第二章 後宮での生活9

 とりあえず、一難は去ったものの、なにやらわたしは釈然としない気分だった。


「さて、まあ、ああして釘を刺しておいたから、とりあえずのところは母上もおとなしくしていることだろう」


 わたしの部屋に戻り、リーシンはそう言った。


「では、おれもこのあとまた御前会議に出る予定になっているからな。もう行くぞ」


 そうして部屋を去ろうとするリーシンに、わたしは思わず声をかけた。


「あ、あのっ」


 彼は振り向いたが、わたしはなにを言うべきか迷って、結局そのまま言葉が続かなかった。

 その様子を見て、リーシンは言った。


「なにか、言いたいことがあるようだな。だがまあ、今はおれもまだ忙しいし、それはまた今夜聞いてやる。話はそのときにとっておくがいい」


 わたしはそれに、こくりとうなずいた。


「ではな」


 リーシンはそう言って、今度こそそこから去っていった。

 部屋の戸が閉まると、ようやくわたしは大きく息をついた。


 疲れた……。

 朝からいろんなことがありすぎて、気力も体力も底をついていた。

 わたしはぺたりとその場に座り込み、呆然と天井を眺めた。

 結局、わたしはここから逃げることはできなかった。

 もとの世界に戻ることは叶わなかった。

 ふっと、再び鼻の奥が熱くなった。嗚咽が喉の奥に込み上げる。


 籠の中の鳥だ。

 わたしは外の世界を失ってしまった。

 自由にはばたける翼を失ってしまった。


 王であるリーシンは、悪い人物ではない。わたしをかばって、先程も皇太后と戦ってくれたのだ。

 けれど、やはりそのことと、このわたしの状況とは話が別だ。

 やはりわたしは王妃になどなりたくない。

 宮廷料理人として頑張っていた自分に戻りたい。


 わたしは最後の賭けに出ようと思った。

 今夜、またリーシンはここにくると言っていた。そこでわたしの話を聞くと。

 ならばそのときに、わたしの今思っている気持ちをぶちまけよう。もう、咎められても処罰を受けたって構わない。

 わたしの正直な気持ちを、彼にぶつけよう。

 そうして、わたしは夜が訪れるのを待った。


 その夜、わたしは王と賭けをした。

 わたしの運命を決める、重要な賭け。

 リーシンはわたしに提案してきた。わたしが婚姻の儀までに彼に惚れなければ、婚約は解消すると。そうでなければこのまま王妃になるのだと――。

 リーシンの去った自分の部屋で、わたしはそのことを何度も繰り返し考えていた。

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