第二章 後宮での生活5
それから王様は、毎晩わたしの部屋にやってくるようになった。こう言ってしまうと語弊がありそうだが、もちろんまだ身体的な接触はない。とにかく王様はわたしに会いに来て、いろいろな話をしていった。
「メイリン。提案があるのだが」
「提案、ですか?」
最初の晩より三日目のことだった。王様は、あれからわたしの部屋にくることを日課としているようだった。
「そう。というより、命令かもしれん」
命令という言葉に、わたしはどきりとした。王の命令は逆らえない。このままやはりわたしは結婚するしかない運命なのか。
「今日からおれと二人のときは、その言葉遣いを直せ」
「は?」
王様のその命令に、わたしは意表を突かれた。
「言葉遣い、ですか……?」
「そうだ。その敬語というか、そういうのをやめるんだ。もっと身内や親しい友人とするように、対等な言葉遣いで話して欲しい」
王様のその提案を、わたしは理解しかねた。
「対等な言葉遣い、ですか」
「それだ。それがいけない。ですか、をつけなくていい。おれをただの友達だと思って話してみるんだ」
それは、かなり難しいことだった。
一国の王様に、敬語も使わず普通にしゃべるなんて、恐れ多いにもほどがある。王様がなにを考えているのか、わたしにはわからなかった。
「そうだな。まず、おれを王様と呼ばず、リーシンと名前で呼べ。もちろん様はなしでだ」
いきなり最高難度の課題である。
わたしはさすがにこう反論した。
「王様。さすがにそれは、無理というか、恐れ多すぎて……」
「だからこそだ。その恐れ多いというのがいけない。メイリン。おれはお前といるときはこの国の王ではなく、ただの一人の男だ。そう思って話して欲しい」
王様の顔は真剣だった。逆らうこともできず、わたしは彼の言葉に従って、その名前を口にしてみた。
「……リーシン」
そう言ったあとの彼の表情に、言ったこちらのほうが驚いた。
王様は、ぱあっと花が咲いたような笑顔を浮かべ、わたしを見つめていたのだ。
「いいぞ。もう一度」
彼は嬉しそうに言う。
「リーシン」
「もう一回」
「リーシン」
なんのやりとりだろう、これは。
冷静になってみると、おかしかった。
わたしはつい思わず、くすりと笑いを漏らしてしまった。
くすくすと笑うわたしを見て、王様は嬉しそうに言った。
「初めて笑ったな」
その言葉に、わたしは王様の顔を見つめた。
「その笑顔が見られて、おれは嬉しい」
率直にそう言われ、わたしは頬がほのかに火照った。
「さあ、また練習をしようか」
そう言われ、再び奇妙な特訓が始まった。
それは次の日も続き、そのまた次の日にも続き、そのころには、わたしも王リーシンと二人きりのときは、敬語を使わなくても話せるようになっていた。
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