第一章 王との対面6

 定刻がやってきた。

 使いの小姓が、わたしを謁見の間へと案内するということで、わたしはおとなしくそのあとをついていった。

 謁見の間へと続く回廊を歩いていると、遠くの藪のほうでなにかが動くのがちらりと見えたような気がした。

 なにかと思ってじっとその辺りを目を凝らして見ていると、そこからひょこりと頭が飛び出した。


「あ……っ」


 思わず声を出してしまったが、前を歩く小姓がこちらを振り向くことはなかった。


 フェイロン……!


 そこにいたのは、栗色の髪をした少年の姿だった。

 藪の影で、じっとこちらのほうを見つめている。

 駄目よ。そんなところにいたら。見つかったら処罰を受けてしまう!

 そう声をかけたいのをぐっと堪え、わたしはそのまま歩みを続けた。

 そしてフェイロンの視線になにかを感じ取り、わたしは少し勇気をもらったような気がした。

 黙ってわたしはフェイロンに向かってこくりとうなずく。

 わたし、頑張るから。

 なにがあっても、耐えてみせるから――。


 やがてフェイロンの姿も見えなくなり、謁見の間まであとわずかのところまでやってきた。

 ドキドキしながら進んでいくと、前を歩いていた小姓が、その手前でこちらを振り向いた。


「この先に王様が待っている。失礼なきよう、謹んで入っていくがいい」


「……はい」


 どうやらこの先は、自分だけで行かねばならないらしい。

 わたしは大きく深呼吸をし、息を整えた。


 ええい、ままよ!

 わたしは思い切って足を踏み出した。

 この先に自分の運命が待っている――。


 謁見の間に入ってすぐ、その異様ともいえる光景に驚愕し、圧倒された。

 謁見の間には、たくさんの人たちが集まっていた。そこに居並んで座っているのは、身なり正しき官吏たち。いずれもそれなりの身分を持った人たちであることは、すぐにわかった。

 そんな人たちがそこに入ってきたわたしを、奇異な目つきで眺めている。なかには見とがめて立ちあがろうとする人物までいた。

 ざわざわとしたざわめきに、わたしが戸惑ってそこで立ち尽くしていると、謁見の間の奥から声がした。


「そこの娘。かまうな。そのままこちらまで進んでくるがいい!」


 それは謁見の間の奥の、壇上から発せられていた。

 玉座に座っているその人は、この国でもっとも高貴な人物である。


 王リーシン。


 昨日に続いて再び相まみえることになろうとは思わなかった。

 しかしその人の力強いまなざしと、堂々とした風貌は、昨日見たときの印象と寸分変わらなかった。

 わたしは王の言葉に従って、高官たちの居並ぶ間を通り、王の前まで進んでいった。

 そして、そこで跪こうとした。


「娘。まだだ。もっと近くまでこい」


 王の言葉に、わたしは戸惑った。

 もっと近く?

 わたしは申し訳程度に、王のいるところに少し近づき、そこで再び跪こうとした。


「違う! こっちだ。おれの横にくるんだ!」


 その言葉を理解するのに、わたしはかなりの時間を要した。

 横とはどこだろう。

 王様はここより数段高い場所にいるから、普通横にはいけない。それは、今いる場所から左右のどちらかにずれろという意味だろうか。それとも……。


「ええい。じれったい!」


 思い悩んでいるわたしに業を煮やしたのか、王様はそこから立ちあがり、わたしのほうへと近づいてきた。

 そして、わたしの隣にやってきて、わたしの腕を掴み、わたしを引っ張って玉座のあるその場所へとわたしを連れていった。


「え? え?」


 そこは、王や皇太后といった人たちだけが立つことのできる場所のはずだった。

 わたしのような身分卑しき庶民の出のものがそこに立つことなど、許されることではないはずである。

 しかしわたしの隣に立った王様は、そんなことなどかまうことなく、わたしの隣でこう言い放った。


「みなのもの! 紹介しよう! おれはこの娘、メイリンを妃とする! 今日はその発表のためにみなにここに集まってもらった!」


 耳を疑うとは、まさしくこのことに違いない。

 妃? 誰が誰を?

 なんですか? これは?

 呆然とするわたしの前で、謁見の間に集まった人々もざわめきに揺れた。


「王様! なにをいうのです! その娘は単なる女官のようではないですか!」


「そうです! お戯れにもほどがありますぞ!」


 騒然とする場に、王様はさらに言い放った。


「戯れなどではない! おれは本気だ。おれはこの娘と結婚する!」


 がーんと、頭の奥で鐘の音が響いた気がした。

 王様の言った信じられない言葉に、わたしは思わず気を失いそうになっていた。

 わっと場は、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

 王様はしかし、言いたいことだけ言い放つと、その場をそのままに、わたしを連れて奥へと引っ込んでいった。

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