第84話:北方炎上7

 実の所、夜襲といっても手段は限られている。

 今回の場合は狙いは新型の投石器とでも呼ぶべきもの。これを破壊するとなると通常の木製ならば油をかけて火をつければいいのだが、今回は魔法で破壊する事になるだろう。頑丈なものを壊すにはその分手間がかかり、危険は大きくなる。

 したがって、今回出撃した面々は決死隊とでも呼ぶべき者達だった。

 なので、最初からまだ若い者、結婚したばかりの者などは置いてきている。その上で、さりげなく一部の兵士達が加わっていた。

 今、通過している隠し通路含め、上層部や他の貴族達が今回の夜襲を知りながら、黙認しているという証でもあった。この通路も通常ならば厳重に鍵がかけられ、開くには司令官であるイーラ侯爵含め、服司令官に事務総長の三人の要塞責任者の持つ鍵が必要となっている。なお、事務総長というと疑問を感じるかもしれないが、実際は各種の補給や怪我をした兵の治療、破損した要塞の補修など裏方の総責任者である。

 まあ、それはそれとして。

 長年、この地でアルシュ皇国の侵攻を防ぐ為に作られ、維持されている要塞なのだから当然色々と仕掛けもある。

  

 現在、彼らが通過している通路もそれで密かに岩壁の内部を通過して敵背後に部隊を送り込む為のものだ。

 当然、逆に利用される危険性もあるので一度使われれば潰されるものであり、入り口を開ける際には先に述べたように三人の要塞責任者が個別に管理する鍵が必要となっていて、一人が万が一裏切ったとしても開けられないようになっている。

 ……そして前述の通り、この通路は一度使われれば潰される。

 彼らが通過した道は自動的に仕掛けられた魔道具で崩壊していく。帰りにはもうこの道は使えない。


 (それでもやらねばならんのだ)


 ハーガ伯爵は決意を込めた視線で前を見ながら歩いていた。

 名将と謳われた父に自分が届かぬ事は当に理解していた。

 父は老いてから自分が出来た事で随分と可愛がって育てられたが、その分私の教育には失敗したのだと考えている。

 可愛がられた、可愛がられすぎた私は武器の扱いも戦術戦略もほとんど学ぶ事なく育てられた。さすがに貴族の一般的な事柄は教えられたが、それ以上は教えられる事はなかったのだ。

 幸い、というべきか。父はその立場上、家を留守にする事も多く、母は私を産んだ後体調を崩し気味で別荘にて静養していた。周囲に同じ年頃の子供がいない私は退屈からこっそり屋敷を抜け出して、街の子供達と遊んでいたのだ。……まあ、後々には密かに護衛をつけられていたと知った訳だが。

 そのお陰で、私は差別や身分を盾にする屑にはならずに済んだと思っている。


 そんな中、父が倒れた。

 父はそうなってから慌てて私に色々と軍人としての仕事を教えようとしたのだが……正直無理があった。

 本来ならば幼少期から心構え、ある程度年を取ってからは体づくり、更に戦術の勉強を行い、実際に野盗の討伐などに連れていく事で人を殺めるという事への覚悟をつけさせる。それが通常の軍人貴族というものだ。だが、うちは裕福だったが故に父の甘やかしが通ってしまった。

 とはいえ、私とて父の期待に応えようと頑張った。

 だが、二つのものが決定的に足りなかった。一つは時間、父の寿命は明らかに全てを教えるまでもつとは思えなかった。

 そして、二つ目……それは才能だ。

 繰り返すが父は名将だった。

 名将と呼ばれる類には二種類あると私は思っている。経験型と直感型だ。

 長年戦場を駆け抜け、生き抜いてきた経験に基づいて判断を下すタイプと、天才とも言える直感に基づいて判断を下すタイプ。父はその両方を併せ持っていた。

 若い頃から「何となく」で敵の罠を見抜いていたという。咄嗟の判断で進路を変えて、奇襲を成功させ、そうして名将と謳われる内に経験を積み、本物の名将へと成長していった。

 私にはそのどちらもない。

 幸い、というべきだろう。私は父自身が老いてから子がやっと出来た反省からか幼い頃から婚約者がいて、幼馴染でもあった彼女とすんなり結婚し、子供が出来た。

 しかし、父が亡くなり、新たな当主となった私は苦しかった。どうしても周囲は父と私を比べる。少なくとも私自身がそれを意識してしまう。

 

 そんな中、今回の戦いが幕を開けた。

 初陣の私に何が出来るのか、必死に考えた。……まあ、初陣だからこそと思って軽い口調で言った勇壮なセリフは滑ってしまった感じで呆れた目を向けられてしまったんだが。

 その結果がこれだ。私に何かあったとしても既に我が子が生まれているし、妻の実家もそれと知られた軍人貴族の名家だ。我が子が後継ぎになるのには問題あるまい。……私に万が一の事があった時には我が子を頼むと義父にも手紙を書いてきた。

 誰かがいかないといけない。

 兵士達だけというのは論外だ。それでは兵士達は自分達が捨て駒にされたとしか思わない。それでは決死隊の意味は生まれない。

 貴族自身が最前線に立つからこそ、兵士達は戦える。

 

 「伯爵閣下、そろそろ出口です」

 「ああ、しかしなんだな……やっぱり怖いな!うん」

 

 周囲から笑い声が起きた。

 もっとも嘲笑う声ではなく、どこか陽性の、そうきっと命を捨てる覚悟を決めた者達特融の澄んだ笑いという奴なんだろう、これが。


 「なーに、逃げずに来たんだからたいしたもんですぜ!」

 「そうそう、それに怖いのなんて当り前ですって!」


 そうだな。

 さて、父上、申し訳ありません。私にはこれが限界でした。ですが、ハーガ伯爵家として恥ずかしい真似は見せずに見事散ってみせましょう!


 「ここからは幾つかの小部隊に分かれる。いいか、目的は奴らの新兵器だけだ。あれだけは破壊しなければならん!要塞の仲間たちの為にもだ!!」


 見える範囲の誰もが真剣な表情で頷いた。

 よし、行くぞ!!




 ――――――――――




 「……ああ、やっぱり来たのね、奇襲部隊。そう、どうせ隠し通路なんてもう埋まってるだろうからほっといていいわよ」

 「ええ、どうせもう明日には全部壊れる試作品を狙ってきてるんでしょうからね。一部生きていればそれでいいわよ」

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