第83話:北方炎上6

 「さて、王国の連中は遊び相手として馬鹿か多少は利口なのか、どちらなのでしょうね」


 それとも優秀なのか。

 そこは口にせず、ラウザ女公は薄く笑みを浮かべた。


 彼女はほとんどの貴族出身の女性と異なり、武に関して大きな興味を示した。

 武術を自分でやる事には年齢と体格、性別などからそこまで熱心ではなかったものの、互いに武を奮う騎士達は他の令嬢と呼ばれる同年代の少女達が怯える中、興味津々で好きだった。だが、彼女が何より興味を示したのは戦略と戦術だった。

 そうして、しっかり学べば今度は試してみたくなる。

 ここで彼女が当時の年齢に似ず賢かったのは「自分の知識はしょせんは机上のもの」だという事をきちんと理解していた事だった。

 故に、従軍こそしたもののそれはあくまで将や参謀についていき、自らの考えを述べるのみで実際の指揮や作戦はあくまで主となる将や参謀に任せた事だ。


 「聞いた上で、無視せよ。その上で、どこに問題があるか、それとも問題はないが一部修正の要ありか、もしくは無問題であるかを教えよ」


 それが彼女が兄である現皇帝を通じて下した命だった。

 幸いだったのは女の従軍がアルシュ皇国ではそこまで忌避されていなかった事だろう。これは過去の女将軍の伝承や、過去、皇国の窮地に陥った際に頭を抱える男達を置いて貴族の女達を率いて出撃した皇妃の逸話などによるものだった。尚、後者の話には奥さんや娘が武装して出撃した事に慌てて、旦那達が覚悟を決めて飛び出したという話がついてくる。

 そうして、経験を積んだ彼女は小さな討伐戦で指揮を執り、以後着実に実績を積み重ねていった。

 そんな彼女だったが、彼女にはちょっとした悪癖があった。それが「手強い敵を好む」というものだ。

 これがまだ、単に手強い敵と死力を尽くして戦う事を好む、というのであればまだ問題ではなかった。問題だったのは彼女の好み、というのは男女の恋愛感情的な意味合いだったからだ。つまり、「自分を打ち負かすような手強い敵に嫁ぎたい」という事。

 そうした意味合いでは彼女が戦場に出る最大の目的は「自分の旦那に相応しい相手を見つける為」とも言える。

 彼女にとっての不幸はアルシュ皇国という歴史ある大国の皇族に生まれた事だっただろう。結果、小癪な難敵はいても、これまで真っ向から知略の限りを尽くして戦った、という相手はいなかった。

 多少手強い相手がいたとしてもそれは個人の武勇頼りだったり、少数の兵士を率いてのゲリラ戦だったりで「果たしてお互いに同規模の軍勢を率いての戦いはどうなのか?」となると不明な敵が多かった。そうした意味では彼女は王国との戦いに期待していた。


 「はあ……願わくば手強き敵と出会いたきものよ」


 ……なお、彼女の恋愛感情の向く先はそこのみなので、相手が自分よりずっと高齢といった年齢的な問題、釣り合わない地位、立場といった問題点、果ては相手がエルフや獣人といった種族の問題や、乱暴者といった戦場以外での性格など全てを気にしていないのも、彼女の事情を知る少数の側近達には頭を悩ませる話だったりする。




 ――――――――――




 彼女が差配を行い待ち構える中、ケレベル要塞では一部の部隊が出撃しようとしていた。

 

 「……よろしいのですか?」

 「このままでは要塞は落ちかねん。多少の損害があろうとも奴らの新兵器は破壊せねばならん」


 無断出撃を行おうとしているのはハーガ伯爵だった。

 無論、傍には先代からの熟練の将がついているが、困った事にハーガ伯爵の言う事は間違ってはいない。彼の『数が限られているにしても、このまま撃たれっぱなしでは兵どもの士気に関わる』『兵の心が折れれば、いかに要塞が堅固でも内から崩れる。例え損害が出ても奴らの新兵器は潰さねばならん』、という主張を部下は否定出来なかった。


 「しかし、せめてイーラ侯爵閣下には了承を得るべきではないでしょうか」

 「……こちらに来るまでにそれとなく伝えてはきた。でなければ……これだけの兵が黙って出撃しようとしているのに止める者が誰も来ぬ訳がなかろうが」

 「……それもそうですな」


 ハーガ伯爵の手勢のみとはいえ、それでも五百の兵にはなる。それだけの数がまとまって出撃準備を整えていれば、気づかれない訳がない。必然、それは他の将へと伝わるだろうが、未だに誰一人として止めにやって来る伝令すらいない。それは暗黙の了承を意味するものでもあった。

 そんな姿を建物の上から見下ろす姿が二つ。


 「……よろしいのですか、閣下」

 「……間違ってはおらぬ。だが、成功すれば大功ではあるが死ぬ可能性の高い策に迎えと命じる事は出来ぬ」


 ハーガ伯爵の主張に内心で賛同する者は決して少なくはなかった。

 だが、同時に、やれば死ぬ可能性が高いという事も分かっていた。敵とて馬鹿ではない、当然夜の闇に紛れて新兵器を破壊しに来る可能性は考えているだろう。最悪、待ち構えていた敵に殲滅される可能性すらある。

 成功すれば功績第一。

 失敗すれば死。

 極端なまでのハイリスクハイリターンであり、その状況下で「では私が」と言える者はそうはおらず、名乗りを上げた所でイーラ侯爵とて「じゃあ逝ってこい」とは言えない。結果としてイーラ侯爵含めて「無断で出撃しようとする部隊を止めない」という黙認という行動に出ている。  

 成功した暁には「表向きは叱責しつつも、実質的には褒章」という形となるだろう。


 (一人でも多く生きて帰ってきてくれ)


 そう願うしかなかった。

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