第85話:北方炎上8

 「あんな目立つ物がそこらに転がってる時点で怪しいと思わなきゃ」


 結果から言えば、襲撃は失敗した。

 魔導投射砲へ近づいた瞬間、待ち構えていたアルシュ皇国軍に彼らは完全包囲されたのだった。それでも覚悟を決めていた彼らはそれでも砲の破壊を行おうとしたのだが……。


 「あなたたちの誤算は二つ、一つは頑丈さを見誤った事」


 魔導投射砲の要というべきものはその長大な砲身だが、これらは土魔法を用いて丹念に職人芸で作られている。

 何が言いたいかと言えば、砲身は決死隊の想像以上に頑強で、おまけに総金属製。通常の破壊工作のように斧を叩きつける、火をかけるといった程度ではまったく意味がなかった。斧は分厚い鉄の塊に弾き返され、火をかけたとて木造ではないのだ。多少燃えた程度で形が崩れたりはしない。しかも……。


 「それとちゃんと見極める余裕と経験がなかった事ね」


 そこに置かれていたのは既に破損した砲身のみ。

 魔導投射砲の破損した砲身のみがダミーの本体と繋げて置かれていたのだった。

 アルシュ皇国に残された魔導投射砲の内、健在なものは四門。これらは別の場所にきちんと隠蔽されていた。いくら破損を覚悟しての運用とはいえ、まだ使える砲を敵の攻撃に晒すような真似はしない。壊れる時は敵に一発でも撃ち込ませてから壊れるべきだと考えていた。

 もっとも、ブルグンド王国軍を責める訳にはいかないだろう。距離もあったし、何より砲撃を避けて身を隠していた。この為、攻撃してきた兵器の形状に関しては黒く長い砲身らしきものを持つ攻城兵器ぐらいしか知識がなかった。

 おまけに確認を兼ねて近づいた所で皇国軍は追い立てる為にわざと笛を吹いた。

 そう、まるで『別方向から侵入を図った者が発見された』かのように。

 これによって焦りを誘発されたブルグンド王国軍の決死隊は細かい確認をする余裕もなく敢えて見つかりやすい場所に設置されていた破損した魔導投射砲に駆け寄り、破壊に手間取る内に包囲されたのだった。

 

 「だがまあ、無駄に兵士を死なせなかった決断は褒めてつかわす」

 「…………」


 この時点で手持ちでは破壊不能と気づいていたハーガ伯爵は最早これまでと覚悟を決めた。

 しかし、既に部隊は完全に重包囲の下にあり、一方味方の兵は破壊工作に用いる油などを持ち運んできた上、音を立てない為に軽装であり、この状況下で決死の覚悟で突っ込んだ所でまともな損害を与える事が出来るかも怪しい。

 故に彼は恥を覚悟で部下の命と引き換えの降伏を決めたのだった。

 そして、今彼はここにいる。

 アルシュ皇国軍前衛部隊司令官ラウザ公女の前に。無論、二人きりではないが。


 「はは、そう睨むな。初陣にしてはよく決断したとこれでも褒めているのだぞ?」

 「……私をどうするつもりだ」

 「どうもこうも。我らアルシュ皇国は野蛮人ではないからな。正式に捕虜として扱い、後は戦争の結果次第よな。皇国が王国を滅ぼせなんだなら、捕虜交換なり身代金なりで解放となるであろうよ。……ああ、そちらの兵士達も脱走や反乱などせねば普通に国に帰れる故、余計な事はせぬ方が良いぞ?」


 ここで少し考える素振りを見せたラウザ公女は少しからかうような口調で言った。


 「無論、今回を機に寝返るというならそれなりの待遇も考えるが?」

 「断る」

 「で、あろうな」


 少し俯いたハーガ伯爵は少しして顔を上げた。


 「一つ聞いてもいいだろうか?」

 「なんじゃ?答えられる範囲でならば構わぬぞ?」

 「……私は今回が初陣だった。私はどうすべきだった……いや、あなたならどうしていた?」


 ふむ、とラウザ公女は口元を隠して考える素振りを見せた。

 自分なりの作戦を語るのは論外だが、少し示唆ぐらいはしてやっても良いかと考え直した。もしかしたら、父には及ばぬでもそれなりの将として立ちはだかってみせるかもしれぬ、と思って。


 「そうじゃの。おぬし、あちらの司令官とどの程度話した?」

 「話……?」

 「そうじゃ。余程親しい相手でない限り、黙っていても細かな所まで理解してくれる事などありえぬ。折角、おぬしは地位もある故、司令官や他の貴族達と直接話をして自分なりの考えを述べる機会もあったであろうが……どれだけ話をしたのかな?ろくに話もしておらんのに、自分の気持ちをきちんと理解してくれた気になっておらんかな?」  

 「…………」

 「まあ、妾が言える事はその程度よ。自らの力量が足りぬと思うなら尚の事、積極的に話をすべきであったな」


 そう告げると兵士にハーガ伯爵を連れていくように命じた。「丁重にな」と付け加えて。


 「さて、予想通り夜襲は来た。明朝、使者を送って一部兵士を返す手筈は出来ておるの?」

 「無論です。その際に降伏勧告も行う予定です」

 「うむ、受け入れはせぬであろうが、他にも捕虜がいる事は忘れず伝えておくのじゃぞ」

 「承知しております」

 

 微かに笑みを浮かべてラウザ公女は脳裏で呟いた。


 (古来より要塞が落ちる一番の要因は内からじゃからな。魔導投射砲も数を揃える事が出来るようになれば旧来の要塞は必要性が落ちるであろうが……今はまだ、じゃなあ)


 さて、次の一手、連中はどう対応するかの?

 楽しそうに手にした扇をパン!と音を立てて畳み、軍議へと向かうラウザ公女だった。

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