第71話:南方戦線5

 さて、迎撃に向かった騎兵隊が壊滅し、コボルト騎獣隊に突入された弓兵隊は壊滅……とはいかなかった。

 最大の原因はコボルト達が白兵戦を苦手としていた事にある。

 ある意味仕方のない面があり、コボルト達の戦いというのは本来狩りであり、乗る獣達や仲間と連携した射撃戦だった。

 つまり、弓兵隊に対してもスリングを使用した投石攻撃を行った。

 騎兵に対しては全力疾走中の馬達を急停止させる事で壊滅に追い込んだものの、弓兵隊は当然ながら徒歩である。そこへ投石が行われた。

 投石自体は「たかが石」などと甘く見れるものではなく、古来から武器として利用され続けてきた。小石程度ならともかく、攻撃用として事前に準備された適当なサイズの石礫をスリングで加速して投げ込めば、人には十分致命傷を与えうる武器となる。

 それはいい、それはいいのだが弓兵隊が持つ武器もまた射撃武器だという事に問題があった。


 「ぐっ、撃ち返せ!」


 弓兵隊が一撃で全滅しなかった以上、そしてコボルト達が白兵戦を避けた以上当然そうなる。

 騎兵達は馬が立ち止まり、そこに後続が突っ込み、疾走する馬から高速で投げ出され、馬の下敷きになり……という状況故に壊滅したが、徒歩の弓兵隊は純粋に投石によるダメージだけだった。

 おまけにここで第二の問題点が生じる。

 コボルト達の攻撃は一撃を与えた後、反転して再び装填、再攻撃となるが弓兵隊はその場にとどまり、連続して射撃する。離脱を図るコボルト達に矢が降り注いだ為に死傷者が続出した。これは射撃武器による反撃というもの自体にコボルト達が経験がなかった事が原因だった。


 しかし、弓兵隊の行動もそこまでだった。

 自分達の命の危機、という事でコボルト騎獣隊に対して攻撃を集中した結果、ゴブリン弓兵隊の準備が整った。

 反撃とばかりに放たれたゴブリン弓兵隊の攻撃に次々と弓兵隊は打ち倒されていった。

 そして、覚えているだろうか?

 この南方諸侯軍による弓兵隊を騎兵で運んでの側面攻撃の目論見はオーガ重装歩兵団の前進を妨害し、中央への突入を少しでも遅らせる為だったという事を?ドラゴンがその視点の高さからその動きを察知し、コボルト達が時間を稼ぎ、ゴブリン達の迎撃が間に合った。

 無論、コボルト達に少なからぬ損害は出た。

 だが、それに見合うだけの成果は出た。


 「「「「「ぐおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」」」

 「くっ、いかんっ、がふっ!!」

 「た、助けてくれええええ!」

 「お、おい逃げるなっ!げふっ!!」


 オーガ達に『止まるな、突撃せよ!!』との念話が届いていた。

 このドラゴンの念話による統制こそ南方諸侯軍の最大の想定外だっただろう。

 当り前だが、指示を出すには時間がかかる。

 現在の南方諸侯軍の場合であれば……。


 1、見張りが状況を確認する

 2、それを指揮官に伝達する

 3、指揮官が判断を下す

 4、指示を動かす部隊へと伝える伝令を送る

 5、部隊長が伝令から聞いた指示を部隊へと伝える

 

 これでようやっと部隊が動き出す。

 これに対して魔物軍は……。


 1、ドラゴンが状況を確認する

 2、部隊全員へと指示を出す


 これだけだ。

 手順も簡単だし、指揮官が自分の目で状況を確認出来る、という点も大きい。諸侯軍の場合は見張りが確認しても、諸侯自身は状況を見ていない為、場合によっては幾度も聞かないといけない。これに伝令の移動時間や部隊内への伝達時間も加わり、場合によっては動き出す頃には戦場の状況が変わっているという事さえ珍しい話ではない。だからこそ、極力優秀な者を部隊長に配置し、場合によっては臨機応変な独断専行すら行える者が本当に優秀な隊長格となるが、そんな者そうそういる訳もなく、またいたとしても部隊全員を掌握出来るとは限らない。

 しかし、魔物軍は総指揮官が直接状況を見ながら、随時指示を出す事が出来る。

 結果から言えば、これが勝敗を分けた。

 

 「も、もうダメだああ!」

 「逃げろ!!」

 

 オーガという巨人達の突入によってまず、中央が崩れた。

 考えてもみてほしい、自分達の倍以上の巨体が鎧甲冑に身を固め、一撃一撃で兵士が玩具のように吹き飛ぶのだ。それを目の前で見せられては、徴兵された一般兵が持ち堪えられる訳がない。てんでばらばらに武器を投げ捨て、逃亡を開始した。逃げるな、と指揮官が命じても無駄だ。雑兵だからこそ、身軽で彼らは逃げ出せばいちいち誰が逃げたかなんて分からない。そこが名前の知られた騎士や諸侯との違いだ。

 そして、中央が崩壊する様を見せられた事によって左翼と右翼が分断され、ここで指揮官の判断が命運を分けた。

 

 「駄目だな、これは」


 左翼指揮官ラトム子爵はそう見切りをつけた。

 既に左翼の兵士も逃げ腰になっているのが分かる。敵の戦列兵の層は薄く、やりようによってはまだ勝ち目はあるが、それを信じてもらうには自分の実績が足りず、兵の練度が足りない。劣勢でも指揮官を信じて兵が動いてくれるのは、常勝無敗の将といった名声と、鍛え上げられ、信頼を築いた兵あっての事だ。そして、今の自分達にはその両方が欠けている。

 故に、ラトム子爵は撤退命令を出した。

 下手に一人で逃げると追われるぞ、と不安を煽る事で一塊になっての、部隊としての形を保ったままの撤退に成功したのだ。

 これに対し、右翼指揮官ボーソウ子爵は違った。

 彼は勇猛であり、勇敢だった。そして、まだ勝機がある事が分かっていたし、ここでなまじ中央が崩れた事で自分が功績第一になれる可能性があるという事が分かっていた。

 問題はその為には兵士が多数犠牲になる必要があったという事にあった。まだ左翼が撤退を決めたと知っていれば別の判断を下したかもしれないが、混戦状態にある中央軍の向こう側の事は分からない。だが、それを差し引いてもオーガ達が暴れ回っている場所へ突っ込めと命じたのは悪手だったと言えよう。

 

 「奴らの側面を叩くのだ!あのオーガ共を攻撃せよ!!」


 さて、目の前で暴れ回る様を見せつけられ、ポンポン中央の兵士が殴り飛ばされて、空を舞う有様を見せられている兵士にそんな事を命じればどうなるか。

 ましてや、徴兵で無理やり連れて来られた兵士で、しかもボーソウ子爵は確かに勇猛で、勇敢ではあったが粗暴な男でもあり、怖れられると同時に恨まれてもいた。


 ドドッ!

 「ご、はッ!?」


 三発のボウガンの矢がボーソウ子爵の体を貫き、兜を被っていない後頭部に命中した一発がその命を奪った。

 そして、その状況を理解出来た者は余りに少なかった。というのも周囲を固める騎士の内、突撃を目論み、子爵の前に隊列を組みつつあった直属の騎士達の内、その様を見る事が出来たのは僅か二名だったからだ。そして、その二名は即座に目線を交わし、叫んだ。ここで下手な事を叫べば自分達も後ろ弾の的になると察して。


 「ボーソウ子爵戦死!!」

 「ダメだ、撤退しろ!!」


 慌てて騎士達が振り向けば、落馬して動かない子爵が確認出来る。

 そして、何よりその声を幸いとばかりに雑兵達が一斉に逃げ出した。

 左翼が壊乱した割に被害が少なかったのはバラバラに逃げた為と、中央軍への追撃で魔物側も余裕がなかった為だろう。だが、後退した時、もっとも集まった兵が少なかったのが左翼だったのも確かである。

 ここに戦闘は決着し、以後、南方諸侯軍は砦に籠って持久戦を挑む事になる。 

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