第72話:南方戦線6

 「これだけか……」


 南方諸侯軍は敗れた。

 無論、彼らは敗れた場合の事も打ち合わせてはいた。万が一の場合はどこに後退するか、どこで集結するか、といった程度だったがそれだけでも随分と違う。

 しかし、その場所に再び集まった者は当初の戦力の半分以下だった。


 ラトム子爵が指揮していた左翼は九割方の戦力が後退してきた。

 しかし、他は酷いものだった。

 オーガ部隊に殴りこまれた中央は最後は打撃を受けただけでなく壊乱状態に陥った事もあり、集結した戦力は当初の半数以下。おおよそ四割といった所だろう。指揮官がまとめる事が出来た部隊はともかく、泡を食って逃げ出した兵士達にはそのまま行方知れずになった者も多かった為だ。単純に逃走した者もいるだろうし、集結場所を知らない者もいただろう。

 一番酷いのがボーソウ子爵指揮下の右翼だ。

 指揮官ボーソウ子爵が戦死しただけではなく、その指揮に反発した事もあって兵士達が自主的に逃亡したという話もある。結果として、左翼の残存戦力は元の一割いるかどうか、という有様だった。


 「さて、どうしましょうかね」


 そんな中で割かし平然と口を開いたのはラトム子爵だった。

 

 「どうするだと?」

 「そうです。残った戦力で戦うか?それとも降伏するか、或いは本国に援軍を求めるか。方針を決めねばなりません」


 ラトム子爵の言葉に誰もが沈黙した。

 

 「とはいえ、現時点の倍以上、しかも敗北という状況を知る前の戦いでこうも大打撃を受けた訳ですからね。現状のまま挑んでも勝ち目はありますまい。かといって、本国からすれば勝手に戦端を開いた我々に対して怒りを抱いている可能性は高い……最悪、我々の首が要求されるかもしれません」


 もちろん、物理的にね、とラトム子爵が言うと重苦しい空気が漂った。

 勝利すれば良かった。

 そうしていれば、本国も腹は立ったかもしれないが、まだそれに対して言い訳も反論も出来たかもしれない。

 しかし、現実は大敗といっていい。これでは言い訳も何も通用しない。ラトム子爵の話は決して冗談でも何でもない、ありえる現実なのだ。


 「……ではどうすべきだと言うのだ」

 「そうですね、まだ現実的な可能性としては二つあります」


 二つ、そう言われて俯いていた者達も顔を上げた。


 「まず、一つ目は……まあ、ないでしょうがアルシュ皇国に寝返るというものですね」


 一瞬の静寂。

 その後、怒号が飛び交った。

 色々あるが、要約してしまえば「そんな事が出来るか!そんな事をするぐらいならまだ処刑の方がマシだ!」という事になる。

 まあ、そうだろうな、とラトム子爵も内心では思っていた。

 ブルグンド王国とアルシュ皇国の対立の根は深い。アルシュ皇国にはアルシュ皇国側の言い分があるだろうが、かつての彼らの統治は過酷だったという。当り前の話だが、中央政府に対して反旗を翻した時、失敗すれば当然一族郎党の処刑が待っている。それなのに、反旗を翻した者がいて、それに協力する者が多数出た。

 それは事前の根回しの結果であり、アルシュ皇国国内の混乱もあったが、それ以上にそれまでの統治の過酷さの反動でもあった。

 だからこそ、幾ら当時のアルシュ皇国が内乱状態にあったとはいえ、多数が反乱に参加し、ブルグンド王国が成立した。

 そして、その後も長らく両国は戦って戦って戦い続けて来た。ラトム子爵も一族が皇国との戦いで幾人も戦死しているし、この場にいる者で皇国との戦いで身内や友人を失わなかった者はいないだろう。それを考えれば、この反応も当然だ。

  

 「やはり反対意見の方が多いようですな。となれば、もう一つの選択肢しかありますまい」

 「……それは?」


 先の提案がアルシュ皇国への寝返り、というものだった事もあってかラトム子爵へ向けられる視線は険しいものが多かったが、ラトム子爵はさらりと述べた。


 「簡単ですよ。王家の助命を条件に今回戦った相手に降るのです」

 「……なに?」


 もし、単純に降伏する、という話だけだったら先程と同じ事になっていただろうな、と内心思いながら続ける。

 元よりこちらがラトム子爵の本命だ。先にどうあっても受け入れられないような道を提案し、次にそれよりはマシな道を提案する。最初に述べた際には「寝返り」という言葉を口にし、今回は「王家の助命」を提案に入れる。もし、本気で両方の案を提案する気ならば、どちらにも「王家の助命」を提案に組み込んでいる。

 なのに、前者には反発されるような言葉を入れ、後者には罪悪感を緩和させるような事を口にしているのは最初から後者が本命だという事でもある。

 

 「まあ……我々も負けた以上ある程度引かねばならない点があるでしょうが。相手とてこのまま押し切れるかは断言出来ないはずです」


 ラトム子爵の判断には相手方の戦力に対する冷静な分析があった。

 確かに今回は敗れた。

 だが……同時にラトム子爵は相手方の弱みも見抜いていた。


 (おそらくやつら……いや、彼らは予備戦力が不足しているはずだ)


 無意識の内に見下すような真似はすまいと意識を改めながら、相手方の陣や他の戦力を考える。

 エルフ族が長い寿命と引き換えというべきか子孫を残す力が弱いと言われているのは有名な話だ。まあ、これは当然だろうと思う。人と同じペースで子供が作れるならとっくに人はエルフに圧倒されていたはずだ。

 南方解放戦線もそう戦力に余裕はないはず。元より王国の統治に反発して動いたかつての残存勢力。兵力の補充からしてそう簡単ではないだろう。我々から隠れながら戦力を維持しなければならなかった以上、保有戦力には限度があるはずだ。

 魔物達は言うまでもない。ゴブリン達はともかく、オーガ族は厚みがなかった。コボルト族は騎馬隊だからこそああなったが、盾を持った歩兵と弓兵であれば問題なく対処可能だろう。

 そして、王家の、現王陛下はまだ幼い姫君……。


 (過酷な統治をしていた者は領主を追われるだろうが……)


 まともな統治をしていれば、そこまで憎まれてはいないはず。

 王国の統治に感情的に反発している者はいても、統治などというものは真っ当な統治を心がけていれば、そう大して大きな差が出るようなものじゃない。彼にはそうした自信があった。


 (さて、この中の何人が領主として生き残れるか)


 表面はにこやかなまま、ラトム子爵は冷徹な視線を同じ南方諸侯へと心の内で向けるのだった。

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