第70話:南方戦線4
ドラゴンには今回大きな役割が二つあった。
一つは物見を兼ねた指揮官。
ドラゴンは常葉の本性に比べれば小さいとはいえ、立ち上がれば頭部の高さは優に十メートルを超える。戦場で、ただ立ち上がるだけで物見の塔と同じような役割を指揮官が実行する事が出来る。
無論、南方諸侯勢も同じような事をしている訳だが、ここの地形はほぼ平ら。丘の上、戦場を見渡せる場所などはない。
なので、樹上に見張りを登らせて報告させているようだが、こちらは大将が直々に見ている訳だ。この差は大きい。
そして、もう一つ。
実はこちらがドラゴンが前に出ない理由としては重要だったりする。
実の所、オーガやゴブリン、オークにコボルト。
彼らに共通の言語というものは存在しない。それどころか部族ごとに発音の意味も異なる。
つまり、あるゴブリンの部族では『獲物だ!』という叫び声が、別のゴブリンの部族では『危ない、逃げろ!』という意味だったりする。そして、それは他の種族も同じだ。
仕方ないと言えば仕方のない話で、彼らは国など持った事がなかった。持てなかった。
人族に魔物として追われるようになってからは尚更で、家族で、部族で、小さな集団で意味が通じれば十分だった。
もちろん、現在、頑張って変えつつある。
彼らは馬鹿ではない。人族と戦う為の訓練を行う時にすぐに言葉がないと不便どころか人族に勝てない事を理解し、懸命に覚えている。何せ、彼らにとっては文字通りの意味で自分だけでなく家族や友人の命まで賭かっている。人族が遂にエルフ達の住む大森林地帯にまで手をつけだした以上、そう遠くない内に彼らが排除されるのをよく理解していた。
が、時間が圧倒的に足りない。
無論例外もいるが、ほとんどは簡単な言葉は覚えたものの、複雑な意味となると覚えきれてないというのが実情だった。
ここで、ドラゴンの用いる魔法『念話』が脚光を浴びた。
この魔法はドラゴン族が警告の際に用いる魔法だ。
ドラゴン族はその肉体や特殊能力がそもそも強く、魔力を宿している。肉体強化などは他と異なり、意識するだけで詠唱など必要なく体内の魔力を用いて行う事が出来る程だ。
そんなドラゴン族が愛用している魔法が極低レベルの結界魔法と、念話。すなわち、一定条件を満たす侵入者を感知出来る結界と、それに対して警告を飛ばす為の念話だ。
これの利点はドラゴンの思考そのものを飛ばす為、相手がどんな言語を使っていようと関係ない、という点だ。つまり、ここではドラゴンが念話を飛ばす事で、適確に指示が出来る……裏を返せば、ドラゴンが倒れてしまうとこの魔物の軍勢はまともな意思疎通ですら困難になってしまう。
そんな状況に陥ってしまえば、あっという間に瓦解してしまうだろう。だから、ドラゴンは大人しく後ろで指示を出している。彼もこの部隊が戦を経て生き残れば、次の戦いには中核となってくれるだろう、という事を理解出来ている。
『仕事だ、コボルト達』
高い視点から南方諸侯軍の一部が動き出した事に気づいたドラゴンはその動きから狙いを察知して指示を出す。
『コボルト騎獣部隊、側面より迫りつつある敵騎兵を撃退。弓兵を追い払え』
―――――――
コボルト達は獣と意思疎通が可能だ。
それを利用して、彼らは幼い頃から獣達と共に暮らす。
幾ら意思疎通が出来るといっても、初対面の獣よりも幼い頃から共に暮らしてきた相手の方が仲も良くなるのは当然の話だ。そうやって、ある部族は狼、ある部族は熊、ある部族は……と異なる獣達に乗ったコボルト達がスリングを武器に大地を駆ける。
遊牧民同様、彼らも一心同体な獣達の背中から攻撃が可能だ。
そんなコボルト達の正面から騎兵隊もまた突撃をかけていた。こちらは全員が腕に固定された盾をかざしている。
これは騎兵達がいずれも軽装だからだ。理由は単純明快で、南方は暑い!
そんな場所で中に熱が籠る金属鎧でガチガチに固めたりしたら、戦う前に熱で倒れる事間違いなしだ。
そうして、双方が急速に接近した瞬間だった。
『止まれ!!』
コボルト達から一斉にそんな意思が放たれた。――騎士達の乗る馬に対して。
そして、馬達はそれを聞いてしまった。理解してしまった。
「「「「「なにっ!?」」」」」
全ての馬がその意思を聞けた訳ではない。声同様、届く範囲というものがある。
だが、最前列の馬達が一斉に速度を落とし、混乱すればどうなるか……ましてや、集団で疾走している最中に、だ!
当然のように先頭は勢いで投げ出されそうになって必死に馬にしがみつき、その次の瞬間には後続が激突して努力の甲斐もなく吹き飛ばされ、そんな光景が続出した。ほんの僅か運良く逃れるか止まるか出来た者も最早盾を構えるといった余裕はなく、そこを狙いすましたスリングから放たれた石で落馬してゆく。
そうして、騎馬隊があっという間に壊滅した結果、無防備な弓隊への横腹が開けた。
「ツッコメ!」
先頭のコボルトがそう叫び、一気に突っ込んでいった。
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