第64話:王国の落日
さて、ブルグンド王国側としてはアルシュ皇国とESUを同時に相手取る事は出来ないと判断して、ESU側に実質王国側が大幅に譲歩しての同盟関係を持ちかけた。
これ自体は間違ってはいない。
アルシュ皇国とESU、どちらがまだ交渉が成立しやすいか。重要なのはどちらがより引き下がれない面子を抱えているか、という事でもある。
アルシュ皇国は長年敵対してきた、という歴史がある。
これに加えて、軍を動かす事を命じたのは皇王自身。
つまり二重に国の面子がかかっている状況、そして皇国の国力はブルグンド王国の現状を上回る。この状況で引く意味はない。
一方、ESUはどうだろうか?
確かに、両勢力と激突し、片方は征服を目論み、もう片方は制圧したという歴史はある。
だが、前者は本格的な衝突以後ブルグンド王国側が一方的にやられている状況、後者は確かに王国を恨んでいるだろうがエルフ達の協力がなければ王国に明らかに勢力は劣る。と、なればエルフ達はブルグンド王国が下手に出るならば、そこまで大きな拒絶を示さないのではないか?と期待出来る。そして、南方解放戦線側はエルフ達と対立してまで自分達の意見を押し通そうとは思うまい。そうなれば、南方解放戦線に待っているのは滅びだけだ。
無論、世の中には感情を優先する輩がいるのも確かだが、大半はそれで了承するだろう、と。
だからこそ、和解を狙うのならば、それはESUに対して働きかけるべきだ、と。
ブルグンド王国首脳部の読みは正しかった。
実際、敵側に関して言えば、その通りだった。
そして、エルフ達はこう言った。
『あちらが謝ってくるならいいんじゃないだろうか?』
南方解放戦線の者達はこう言った。
『腹は立つが、南方の再独立っていう元々の目的は果たせるから我慢する』
アルシュ皇国側の提案の場合、疲弊した状態で、そのまま戦争になりかねないという点も大きかった。
跳ね上がりがいるかもしれない。
特に、南方解放戦線は一定の数で暴走する者が出るだろうが、そこは切り捨てでも抑えるしかあるまい。
そう判断して、彼らは迅速に返答を送る、はずだった。
一つ大きな問題があったとしたら、それは我慢出来ない者が他にもいた、という事実だった。
「「「「「ふざけるな!!」」」」」
そう叫んで命令に従わず、行動に移した者達がいた。
新貴族達である。
新貴族。
これはブルグンド王国の南方に新たに領地を得た者達の中でも本来、領地を得る立場ではなかった者達の事を言う。すなわち、貴族の三男坊以下ないし騎士以下の身分の者達だった。
彼らは南方での戦で文字通り命を賭けて功績をあげ、領地と爵位を新たに得た者達だったが、ESUとの和睦提案によって彼らは当然のように割を食う立場にあった。
王国としては彼らは勇士であった訳だし、その戦力を有効活用したかった。その為に動員令を発動したが、その際に余計な一言を付け加えた者がいた。
『現在、ESUとの和睦を進めつつあり、その結果次第によっては領地移封もありえる』
付け加えた者は親切や事前の通知のつもりだったのだろう。
どんな物事でもそうだが、事前の通知のあるなしで対応の楽さ加減は大きく異なる。事前に『これこれこうなる可能性があるよ』と上から言われていれば、下としてはそうなる予定だと判断して準備をする。『この件だけど、現地(海外)に飛んでもらう可能性があるから注意しておいて』と言われていれば、まともな頭を持つ勤め人なら「海外に行く可能性があるのか」と判断して事前の準備をするはずだ。パスポートや荷物の準備を行い、場合によっては事前の予防注射だってそうだ。そう言われておいて、いざ言われた時に「え!何も準備してませんよ!」と叫ぶような者は問題があるとしか言いようがない。
ましてや、今回の場合、複数の領地の領主を移動させるのだ。現地領主当人の手間だけでなく、担当する官僚達の負担も事前連絡のあるなしで大きく異なる。官僚の一人がこうした通知を加えたとしても不思議な話ではない。
だが、知らされた側からすればどうか。
新貴族だけではない。そこに仕えている者達だっている。
頑張って頑張って、やっと小さいながらも一国一城の主となれたのが、いきなり「事情が変わったからその領地没収する事になりそう」と言われたらどうだろう?当然ながら、そこに仕えている者達にとっても他人事ではない。やっと安定した仕事を得られたと思ったら、いきなり仕事を奪われてまた不安定な仕事に戻らなければならない者もいる。
やっと定職を得て、念願の結婚をした者だっている。
そうした者達は当然ながら不満を持った。領地移封と軽く言うが、確実に領地がもらえるとは限らない。既存の領地はまず間違いなく他に領主がいるからだ。
もし、もらえたとしても今ほど広い、将来性が期待出来る領地がもらえるかどうか……はっきり言って怪しい。一人二人ならともかく、南方に新規に領地を与えられた領主全員が対象なのだ。今は男爵だけど頑張って領地を発展させれば何時かは伯爵だって夢じゃない!という状況と、既に限界まで発展済で騎士爵程度の狭い領地だけというのでは天地の差がある。
かくして、南方の新貴族達は大きく三つに分かれた。
一つはあくまで王国の指示に従う者。最もそれは極少数であった。
一つは反乱を起こした者。これはある程度の数がいたものの、やはり王国に対して反乱を起こす、という行動には踏み切れない者もまた多かった。
そして最後、最も多数の参加者を生んだのが南方解放戦線に対して全面的な攻撃を開始した者。
彼らは騎士団の壊滅を知らず、だからこそ「アルシュ皇国との戦争開始前にESUを壊滅に追い込めばいい」と考えての行動だった。
ESUに寝返った者もいないではなかったが、これらは新貴族にはおらず、その配下に生じたのみだった。それは新貴族達が「ESUに寝返っても貴族の地位は維持出来ない」と考えた為であり、それは間違いのない事実でもあった。
しかし、これは必然的にESUとブルグンド王国の開戦を意味した。
同盟を申し込んでおきながらの、結果としての騙し討ちは王国に対する不信感を招き、ESUは王国に交渉の決裂を宣言。
ブルグンド王国は絶対絶命の危機に陥いる事になった。
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