第63話:ティグレ達の選択肢

 エルフ及び南方解放戦線の連合。通称としてEWUと仮呼称するが、そこにアルシュ皇国とブルグンド王国、双方からの密書が届いたのはほぼ同時だった。

 密書が送られた日時で言えばアルシュ皇国の方が早かったが、そこは敵地を通り抜けて来なければならない皇国側と、自国領を通過出来る王国側の差で、結果として同着となった。


 「さて、これをどう判断するか」


 エルフと南方戦線、双方の代表達はいずれも複雑な顔をしていた。

 座っている配置的には奥まった位置に常葉、ティグレ、カノンが座り、左側にエルフ達が、右側に南方解放戦線の代表者達が座っていた。


 「両方断るのは無理がある。それをやれば王国に勝った所で、今度は皇国と戦争だ」

 「だから、どっちかを選べって事だナ」


 そう言いつつ、カノンがまず南方解放戦線側に視線を向けた。


 「……感情的に言うなら皇国側、なのでしょうけどね」

 「利的な面で言えば王国側ですな」


 これは王国側の方が不利だから、という事でもある。

 現在、ブルグンド王国は極めて危険な状況にある。

 一大勢力に発展したEWUが南方から西方にかけて勢力圏を確保した上で、皇国が国境に戦力を集めつつある。しかも、王都駐留の精鋭騎士団三つの内、一つは半壊、一つを丸ごと失い、近衛騎士団を除いた王都駐留騎士団でまともに戦力を維持しているのは一個騎士団のみという惨状だ。

 しかも、傭兵達が最初の大森林地帯への侵攻の際に大きな損害を受けた為に、傭兵達の数も減少している。国内の動揺も激しい。

 これで裏切り者が出ていないのは長年の宿敵アルシュ皇国が攻め込む気配を見せているからに他ならない。裏切ったとして、百年を超す長い間敵として刃を交えて来た国に受け入れてもらえるか分からない。功績を認めさせるなら早くから通じるか、ギリギリの肝心な場面で裏切るしかないが、前者では王国が持ち堪えた際に極めて危険な立場に置かれる賭け的な要素が生まれ、後者では果たして皇国に受け入れてもらえるか分からないという要素がある。

 裏切ったはいいが、「信頼を受けながら裏切った恥知らず」と処刑される危険性は常にあるからだ。

 王国の民も皇国とは仲が悪いからこそ、肝心要の時に裏切った貴族が処刑されても「いい気味だ」ぐらいにしか思われないだろう。下手をすれば、憎悪を一身に受ける事になりかねない。いや、皇国側もそうした的にする目的でそれなり以上の優遇をしてくる可能性すらあるので優遇されたからとて素直に喜べまい。


 「とはいえ、王国側は裏切り者が出る可能性は現状低くはないからな」


 それでも死んで家が途絶えるよりマシと裏切り者が出る可能性は否定できない。

 だからこそ、王国側の条件は皇国のそれよりずっといい。

 

 「EWUの承認、現状有する国土を正式に認める、その上での同盟締結による中立維持……」

 「実質的に敗北を認めて、南方から撤退する、という事ですな」

 「同盟締結を申し出ながら、今回の皇国との戦いでは中立を頼んできているのもまた……」

 「下手に組み込んでも互いに利用されるんじゃないかと疑心暗鬼に駆られるのがオチだからではないかな?それよりは皇国との戦いに全力をつぎ込める態勢を取れるようにした方がいい……」

 「同盟を結んでおいて、背後から攻撃すればこちらの信頼は地に落ちるだろうしな」


 問題点はほぼ感情的なものを除けばないと言える。立場の厳しいブルグンド王国は最初から譲れる部分は全て出してきた、と考えるべきだろう。

 一方、アルシュ皇国側だが……。


 「こちらは国として認めてやる。王国が滅んだ時、占領した部分が互いの取り分だ、って事だな」


 現在、アルシュ皇国側は国土を一切浸食されていない。

 この状況で譲る意味合いを見いだせないのだろう。明らかに上から目線。何より……。


 「こちらの最大の問題点は同盟とか条約に関する事が何も書かれていない、という事だな……下手をすればブルグンド王国の主要部を呑み込んだ皇国を将来相手にする事になる可能性がある」

 「「「「「……………」」」」」


 全員が渋い顔になった。

 誰だって嫌だ、そんなもの。

 今、感情に任せて王国を拒絶した結果、子や孫の代により強大になったアルシュ皇国に攻められて滅びました、なんて事になったら笑い話にもならない。もし、それを受け入れるならば。


 「ブルグンド王国とアルシュ皇国が国境で対峙している間に、我々がブルグンド王国の大半を攻め落とすしかない。出来るか?」

 「「「「「…………」」」」」


 出来るなら誰もこんな苦労はしていない。

 もし、やるとしたらそれは常葉とカノンが暴れ回って、その力をバックにした恐怖政治ぐらいだろう。しかし、ここにいる誰も常葉とカノンがそこまでの力を持っているとは知らない。

 さすがに、騎士団を壊滅に追い込んだというのは既に知らされているが、それとて半信半疑。いや、王国がここまで下手に出ている以上、事実だと理解はしているが何度も繰り返し使える手なのかは確信が持てないでいるというべきか。

 

 「時間はない。早く決めねばなるまい」


 これだけ重要な話ではあるが、一ヶ月二ヶ月と悩んでいる時間はない。

 全員が重苦しい溜息をついたのだった。

 

 

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