第53話:顕現

 南方へと派遣された騎士団は本来は王都に駐留する三つの騎士団の一つだ。

 この内、一つは先だってのエルフ達との戦いで半壊状態、一つは近衛騎士団である為、彼らが派遣されたのは必定だった。

 王都、という出世しやすい恵まれた場所から出て、混乱する戦地となりつつある場所へと派遣される事に不満があったかと言えば、実の所そこまで不満を持っている者はいなかった。


 確かに、王都は遊ぶ場所もたっぷりあるし、出世競争とて地方よりコネを作る、という意味では有利だ。だが、同時に手柄を立てる、という面では実に不利な場所でもある。何せ、王都で戦闘になるなど既に末期状態か、余程の奇襲やクーデターで国自体が存亡の危地に陥っている状況。戦闘がなければ手柄を立てる機会もない。

 そして、それは騎士団の上から下まで誰もが抱いている問題でもあった。

 上は今でこそ順調に出世しているし、コネもあるが一度どこかと戦になった時、北方だとかそうした地方で頑張っている騎士団が手柄を立て、自分達より上に立つのではという疑念。

 下はこのままでは今の地位から上層部を狙う事も出来ないという危機感。

 それだけに今回の派遣は功績を立てる絶好の機会だった。

 

 『まさかの敗戦で混乱し、危地に陥っている味方の救援』


 もちろん、大変な部分はあるだろう。楽が出来るという事は期待しない方がいい。

 だが、それだけに頑張って、上手く仕事を果たす事が出来ればその分自分達が出世で優位に立てるはず。簡単な仕事なら誰でも出来るし、評価も低い。しかし、難易度がそれなりに高い仕事であれば、誰でも出来る仕事ではないだけに評価も高くなる。

 そして、彼らは「自分達ならば出来る」、と根拠もなく自信に満ち溢れていた。

 もっとも単なる自信過剰とも言いきれない。王都駐留の三騎士団の一角に所属するだけあって、彼らはいずれも優秀だった。

 もちろん、個人レベルにまで見るならばあいつの方が剣の腕は上だった、あいつが功績を立てて上の地位に上がった、という内部での争いで敗れた事はあったが、騎士団としての面で見るなら彼らは敗北というものを経験した事がなかった。

 そんな彼らの前に立ちはだかった相手に対してどこか侮りがあったのは仕方ない事なのかもしれない。


 「奴ら二人だけか……正気か?」

 「伏兵も、ここら一帯ではそれも無理がある」


 騎士達もどこか困惑した様子だった。

 当初こそエルフ側に味方した者達がいるという斥候からの報告を受けて勇んだものの、続けての「二名のみ」という話に「ならばどこからか奇襲を仕掛けてくる気か!」と警戒しながら進んできたものの、二人の姿を確認するこの瞬間まで一切、そんな奇襲も起きなかった。

 

 「もしや、単なる嘘か?」

 「いや、しかし、何の意味があるのだ。冗談にしても笑って見過ごす事など出来ん内容だぞ?」

 「そうだな、斥候だけを倒したならまだ分かるが、斥候を黙って帰した挙句我々の到着まで待つなど……」


 分からない。

 それが全員の意見だった。

 そんな中、代表者として騎士団の副長が前へと出た。さすがに団長自身が出るのはやめたか、それとも止められたか。

 距離を置いて話している為、声が聞こえてくる。最大の理由は皆が沈黙している為に聞こえやすいからか。

 もっとも内容自体は予想通りだ、「お前達は本当にエルフに味方する者か」「何故、自分達の前に二人きりで出てくる」、といった感じだ。それに対する返答は。


 「事実だし、我々二体で十分だからだ」


 というものだった。

 呆れ返る前に、片方が続けて言った。


 「今、その証拠を見せてやろう」


 次に起きた事に誰もが硬直した。

 というより、何が起きているのか理解出来なかったというのが正しいだろう。


 巨大な樹木が広がっていった。

 見る見る内に、山のように巨大な樹木となり生い茂った。

 高さはどれ程あるのか見当もつかない。ぱっと見ただけでも彼らが知る最大の建物、王都の王城より遥かに巨大だ。首が痛くなるほど上を向いてもこの位置からでは葉が生い茂って到底見れたものではない。それでもあれの前では自分達が虫けらのような大きさでしかない事だけは理解出来た。

 そうして、それが立ち上がり、巨大な手を振りかざした時もまだ状況が理解出来ずに誰もが呆けていた。


 巨大な鳥が姿を見せた。

 すぐ横で生い茂りだした樹木に比べれば確かに小さい。

 だが、この距離ではっきりと見える上、樹木のサイズがサイズだ。肩に相当するであろう枝にとまったもののどれだけ巨大な鳥なのか見当もつかない。一つだけはっきりしている事は鳥もまた砦サイズと言った方がいいような巨大なサイズだという事だ。 


 そうして、硬直していた騎士団一同は次の瞬間振り下ろされた掌が轟音と振動、そして数十数百単位でその掌で叩き潰された事で恐怖の悲鳴を上げた。

 更に次の瞬間、押しのけられた大気が生み出す爆風が一気に広がる。

 直接叩き潰された者達は幸運だっただろう。彼らは呆けたまま一瞬で叩き潰されてぐしゃぐしゃの肉塊と化したが、苦痛を感じる間もなく死ねたのだから。むしろ苦痛という意味では不幸にも、叩きつけられた掌の傍にいた、潰されなかった者達の方が酷かった。  

 まず地面に巨大な掌が叩きつけられた時、衝撃で周囲に土砂が飛び散った。

 実の所、投石というのは案外強力だ。

 打撃の為に鎧の上からでも衝撃は及ぶし、野球のボール同様の速度で石という硬い物が飛来する光景を思い浮かべて欲しい。時速百キロを超える速度で石が激突すれば……それだけで命に関わる怪我を負うか、当たり所が悪ければ即死するだろう。それが猛烈な速度で周囲へと飛び散り、多数の死傷者を生み出した。

 行軍時には全身鎧など着込んではいない。金属の鎧を身に着けたまま行軍しては体力の消耗が激しいし、馬も消耗する。通常は鎧は荷車に積み、まさかの戦闘に備えて兜はかぶらず下地としての鎧下などを身に着けている訳だがそれでは高速で飛来する石を防ぎきれず、頭部に命中した場合は頭が破裂し、腕に命中すれば腕が引き千切られ、胴体に激突すれば胴体に穴が空いた。

 多少離れれば骨折などで済んだが、苦痛の悲鳴が上がる、前に次が来た。すなわち大気だ。

 巻き起こされた風が暴風となって吹き荒れ、人や馬ごと吹き飛ばした。飛来した石が激突しながらも生き残った運の悪い者達が悲鳴を上げつつ空中に吹き飛ばされ、吹き飛ばされた彼ら自身が砲弾となって別の者を死に追いやる。

 

 それを自覚した瞬間が、騎士団が崩壊した瞬間だった。

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