第54話:全滅
騎士団の秩序は一瞬にして崩壊した。
彼らとて厳しい訓練に耐えた騎士であり、その中でも選ばれたエリート達だ。例え、劣勢になろうとも、いや劣勢の時こそ、そうした訓練や選ばれた者というプライドが戦場に立ち続ける事を可能とする。
だが、それも勝ち目が僅かでもあればの話。
例え劣勢であっても同じ人同士なら勝ち目はゼロではない。
例えどんなに劣勢であったとしても目の前の相手を殺す事は出来る。
だが、これは?
どんなに楽観的な者でも山を一人で削りきれると考えられる者がいるだろうか?遥か見上げるような巨樹を斬り倒せると考えられるような者がいるだろうか?ましてや、それは意志を持って、自分達を殺そうと襲い掛かってくるというのに!
「に、逃げろおおおおおっ!!」
「ひ……っ!!」
咄嗟に反応出来た者だけではなく、何が起きているのか未だ出来ていない者も多かった。いや、目の前に信じられない程巨大な人型の樹木が出現し、それが攻撃してきたというのは理解出来ているのだがそれが現実として頭に入ってこないのだ。
そして、彼らは行軍中であった為、そこまで密集していた訳ではないが、それでもある程度のまとまった集団を形成してはいる。それらがてんでんばらばらに動き出し、また一部が動かなかった結果、大混乱が発生した。
「うわっ!」
「おい!早く動けよ!!」
「え、でも命令もなしに勝手に動いたら」
「そんな事言ってる場合かよ!!」
そんな混乱を後目に常葉はその巨大になった手で地面を削る。
握りこんだ土砂をそのまま無造作に偉そうな連中のいる辺りに投げつけた。人がやれば精々目つぶし程度にしかならぬそれも、このサイズでやればとんでもない事になる。小石は岩となり、土砂を軽く投げつけたものでも遥か上空から投げられたそれは重力によって加速し、轟音をもって着弾した。もちろん、そこにいた人達は直撃を喰らえば苦痛を感じる間もなく即死し、なまじ生き残ってしまえば苦痛に呻く事になる。
しかし、それに頓着する事なく今度は足を上げて、一歩踏み出した。
ただし、騎士団の上に。
騎士団とて逃げ出した者もいた。だが、一歩一歩が段違いだ。
例えば、今の常葉の身長が以前の千倍になったとして、以前の一歩が三十センチだったとしたら今の一歩は単純計算で一歩辺り三百メートルという事になる。一般の歩行速度が時速三~四キロだというから、これもまた千倍にしたなら時速三千から四千キロ。巨体故に何気に音速を突破した動きになっており、それがまた被害を生む。
それでも地表が荒れ果てないのは周囲の草木に対して加護が働いているから。
植物の精霊王というのは伊達ではない。例え、精霊王エントの動きがどれだけ本来ならば周囲に猛烈な被害をもたらすものであったとしてもそこらの雑草にさえ存在するだけで加護がかけられ、根を含めて引き千切られそうになる事はない。そして、植物の根がびくともしなければ大地とて引き千切られる事はない。
なお、握りしめ、投げつけられた土からも植物は安全圏に転移し、着弾した場所からも綺麗に植物だけは姿が消え失せていたがそれを知る者は騎士団には誰もいなかった。
知っても意味はなかっただろうが。
一つだけはっきりしているのは精霊王の加護は草木には及ぶが、それ以外には全く関与はなく、歩くだけで騎士団には被害が出ているという事だった。
とはいえ、それだけで死亡する者は案外少なく、吹き飛ばされ、尚且つ運よく軽傷で済んだ者、足腰には被害のなかった者はこれ幸いと人がまばらな方向へと逃げ出したりもしていた。
そうした者達を精霊王エント、常葉は追わない。
『任せた』
『承チ』
そうした取りこぼしはフレースヴェルグ、カノンに任せている。
基本、今回は大雑把な所を常葉が、細かい所をカノンが行う事になっている。別にどっちがどっちでも良かったのだが常葉の「細かい所をやるなら本来の姿に戻る必要ない」という一言でこの分担が決まった。カノンは空を舞う分、普段からちょくちょく戻っているという事もある。
騎士団からはそんな事は分からない。
分からないが、今、この状況が死地にある事は嫌でも肌で理解していた。
「各自小隊ごとに解散!バラバラに逃げろ!!」
一人の偶然生き残っていた大隊長がそう叫んだ。
この時点でなまじ目立つ格好をしていた為に騎士団長は投げつけられた岩に圧し潰されて死亡していた。この時代は通信など存在しない上、写真もないので同じ騎士団ならともかく他から伝令などが来た場合に顔が分からない、という事も起こりうるから、偉い立場にある者が「自分こそが偉い立場である!」と一目で分かるような目立つ格好をするのは敵に狙われやすくなるリスクも含めて、ある意味義務でもある。
騎士団の中では一番目立つ集団となっていた為にそこを狙われたのは当然の結果だっただろう。
この騎士団長は最初の爆風で目立つマントなどが引き千切られ、更に飛んできた泥などで汚れてしまった為に常葉の視点からは目立たなくなっていたのだった。
いずれにせよ、これでようやく指示が出されたという事で、順次伝わっていき、騎士団も動き出した。
その間にも吹き飛ばされ、踏み躙られ、叩き潰され、魔法が飛来し、と次々と騎士団の人員は減っていった。
そしてもちろん、常葉から逃げ出した者達にも未来などありはしなかった。
カノンの風はそうした少数に対して吹き荒れた。
ある者は横を走っていた騎士がバラバラになって地面にぶちまけられ、「え……」と呟いた次の瞬間、自身も同じ運命をたどった。
ある者は小隊という一塊で駆けていたが、局所的に発生した竜巻によって全てが細かく細かく切り刻まれ、竜巻が消えた時には血と金属の残骸だけが周囲にぶちまけられる事になった。
この騎士団の文字通りの意味での全滅はこの翌日、後続として通りかかった商人が騎士団の遺骸が多数地面に転がる惨状を発見して慌てて前の街まで引き返し、通報した事でようやく知られる事になった。
そこから救助と捜索の為に駐留していた警備隊から部隊が派遣され、捜索に数日。
この間、王都にも急報が走り、急ぎ調査の為の増援が派遣され、協力して捜査に当たり、細かな詳細が判明し、騎士団の全滅が確定して宰相レベルまで到達するまでに一月近い時間がかかる事になり、この時間を使ってエルフや南方が動いた結果、更にブルグンド王国は後手に回る事になった。
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