第51話:敗戦の影響

 濁流で押し流されたとはいえ、それで王国軍が完全壊滅した訳ではない。

 後方には予備部隊がいたし、そちらは地形の関係上、広い空間がなかった為部隊が動きやすいよう距離を取っていたのが幸いした。この結果、糧食などを運ぶ補給部隊もまた健在だった。

 しかし、それだけでは意味がない。

 たとえ、無事だった部隊だけでまだ南方解放戦線を上回っていたとしても……壊滅状態に陥った三千の生き残り二千を放置出来る訳ではない。大体、生き残ったと言っても濁流に押し流された為に骨折などの重軽傷は多数の兵士が負っている。

 寒い地域ではないとはいえ、ずぶ濡れの状態でそのままにしておく訳にはいかない。

 大体、軍にとって一番厄介なのは負傷兵だ。死んだ兵士はそれ以上物を喰わないし、極端な話焼くか埋めるかしておけばそれで事足りる。

 しかし、負傷兵はそうはいかない。生きている以上、彼らは物を食うし、苦痛に呻いている仲間を無視出来る者はそう多くはない。上の者達にした所で、「無視しろ!」なんて命令を下すのは難しい。そんな事をしたら何時自分が寝首をかかれるか、戦場で何時後ろから矢が飛来するか分かったものではない。

 確かに世の中には督戦隊などという味方を必要なら後ろから撃つような部隊もいない訳ではないが、一旦負け戦となった時のそうした連中の末路は悲惨だ。真っ先にこれまでの恨みをぶつけられ、捕まったらまず生きて帰れない。敵に投降した所で、督戦隊だった事がばれたら捕虜収容所でどんな目に遭うか分かったものじゃない。勝った所で、その後に待っているのは基本、恐怖政治だ。でなければ、恨みがどこでどう爆発するか分かったものじゃない。

 そして、そうした恨みを抱いている者達は兵士だの士官だのといったプロの軍人達だ。爆発したらどうなるか。


 閑話休題。


 とにかく、上も下も怪我をし、ずぶ濡れの泥まみれになった兵士達を無視出来ない以上、抱え込むしかない。

 そして、抱え込む場合はそうした怪我人の世話をする者を一定数貼り付ける必要がある。

 こうなると、食料を守る部隊に怪我人を守る部隊双方に人を割き、まともに動かせる兵力は実際に抱えている兵力より大きく落ちる事になる。実働兵力はほぼ南方解放戦線と同程度に落ち込み、そして戦場となりうる谷間は泥濘が埋め尽くす地と化している。足場は最悪だ。

 更に、前衛の話から南方解放戦線の弓は強力極まりない事が判明している。

 この状況で無理押しをするような指揮官は無能だと言えるだろうし、それが分かるだけに指揮官もそれを命じる事は出来なかった。例え、その結果が何をもたらすか理解していたとしても。


 『南方解放戦線が勝った!』


 予想通りではあったが、撤退によって王国軍が敗退した、というのはあっという間に南方に広まった。

 これによって、一時は失望していた南方の住人達は密かに熱狂し、再び解放戦線への支持が高まり、王国への叛意が広がっていた。


 「……というのが現在の状況な訳だが」


 王宮では苦虫を噛み潰した顔が揃っていた。

 

 「地元の者を金で雇うといった事はしていなかったのか?」

 「あちらに配置された貴族達の政策を調べてみたが、ほとんど締め上げる政策ばかりだぞ……」

 「それでは王国に対する不満しか生まれんな。一部を優遇するなどの政策を取って分断するといったやり方を取った者はおらんのか?」


 口々に現地指揮官の不手際のみならず、改めて判明した現地に領地を与えられた貴族達の行動に対する不満も口にされる。

 基本、貴族達の領地へは国といえど不干渉だ。

 これが武器を集めている、明らかに税の徴収がおかしい、疫病が発生した、といった問題点が発覚ないし発生すれば王国としても干渉出来るのだが、突出しておかしな事をしている訳でもないのに王国が貴族の領地に対して干渉する事は王国の成立過程もあって困難だ。

 そもそも南方に領地を与えられた連中というのは新興貴族が多い。

 もちろん、彼らの大半は大本を辿ればどこかの貴族家に繋がる者が多い訳だが、それもほとんどは数代前。領地を得るまではろくな繋がりもなく、一介の騎士として働いていた者が多かった。そうした内、功績を上げた者を中心に領地が与えられた訳だ。

 王国の本音を言えば、どこかの有力な貴族家を領地を加増した上で移封としたかった所だろうが、何せ何代にも渡って統治してきた地元だ。そんな事をすれば反乱祭りになりかねない。ただでさえ、今のブルグンド王国というのは王がまだ補佐を受けねばならない程幼いのだから。


 「統治経験もないし、伝手も足りんだろうからなあ……」


 南方の新興貴族達の統治が下手なのはこれに尽きる。

 彼らの大半は「ここで頑張れば領地持ちの貴族になれる!」と奮闘し、功績をあげ、貴族となった者達だ。

 だが、ここで問題なのは当然いきなり伯爵などの大貴族になれる訳ではない、という事だ。男爵や子爵といった貴族だと当然領地は細切れにせざるをえない。それより上に上がるには実際に統治で功績をあげ、領地の民を増やし、格を上げていかねばならない。

 そうして土地は細分化された上、更に彼らは俸給をもらう騎士として働いていたから家臣と呼べるような領地を統治する者達も十分な数がいない。

 かつての宗家に頼り、宗家とされた家も新たな貴族家に恩を売り、南方に自分の家の派閥を作れるという事で協力はしたが、現役バリバリで働いてる者を送ってくれる訳もない。

 ましてや、そうして頼れる宗家がある者はまだマシで、中には家を出る時に完全に決裂してしまった為に宗家と頼る事も出来ない者や、実績を上げて成り上がって来た者も騎士階級には多い。そうした者達は一から構築しなければならない。

 やり方を知らないから、噂で聞いたやり方、周囲がやっているやり方、国に頭を下げて聞いた基本的なやり方を真似て試行錯誤しながら統治するものだからどこもかしこも似たり寄ったりのやり方になる。

 なにせ、下手に独自のやり方をして、それで失敗したらそれこそ折角の領地を取り上げられてしまうかもしれないからだ。周囲と同じ事をしていれば、何かあったとしても「運が悪かった」で免除してもらえる可能性は高まる。  

 そもそも、取り上げたとして、王国にしたって誰を配置するかという問題が生じるのは確実だった。


 「騎士団を配置するしかないか……」


 南方の大都市、いずれかに王国の正規騎士団のいずれかを置いて周囲への抑えとし、南方解放戦線とエルフ達の結びつきを妨害し、いずれかを締め上げていく。

 王国上層部による会議はそう結論づけた。

 これにより王国は貴重な正規騎士団一個軍団を南方に拘束される事になる。


  

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