第46話:建国準備

 カノンが飛来して連絡をつけた南部解放同盟はエルフとの同盟に賛意を示してきた。

 やはり、ブルグンド王国の騎士団を打ち破り、城塞都市ポルトンを陥落させた、という事実が大きかったようだ。相手にだって選ぶ権利はある。頼りない相手だと思えば同盟なんか結びたくないだろうし、逆に頼り甲斐があると示せば喜んで同盟を結ぶのに賛成してくれる。現在、カノンは再び、彼らとの細かい話し合いを行う為にあちらへと飛んでいる。

 とはいえ、まだ我々はあくまで「同盟を結ぶ事に賛成」した段階であり、相互の連絡も出来てはいない。南部解放同盟は現状維持が精一杯だろうから、今はそれを維持してもらい、こちらから勢力を伸ばしていくしかないだろう。その為にはまず大森林地帯を統一する必要があった。


 「なら参加してくれる、でいいんだな」

 「……ああ」


 エルフ部族、その中でも大規模な部族の長が酷く憔悴した表情で賛意を示した。その視線が一瞬こちらに向き、その視線には畏怖が籠っていた。

 ……なるべく死者を出したくはなかった。

 だから、まず事情説明役を派遣し、大森林地帯を統一する組織への参加を要請したが、当り前のように断られた。その際、彼らには伝言を残した。


 『森は共存ではなく、寄生するだけのあなた達にこれから怒りを示すだろう』


 その時は寄生、という表現に怒りを示す者もいたようだが、今は当時怒りを示していた者達も元気なく項垂れている。

 理由は単純、その後から自分が全ての森の恵みを絶ったからだ。

 食べられる実も茸も見つける事が出来ず、動物達が食べる植物の生える範囲を動かした事でまず草食動物が去り、それを追って肉食動物達も去った。大部族であればあるほど、大勢のエルフがいて、多くの食料を必要とする。彼らは栽培や畑を作っていたが、それらも全て青いままに実を落とし、芽吹く事を拒んだ。

 結果、彼らはあっという間に飢えに直面した。

 伝えられた日を境にパタリと絶えた狩りと採取と収穫。保存された食物はあるにせよ、それは冬に備えての貯蔵品、本来今の時期に消費する為のものではなく、今消費すれば冬に飢える。それが分かるからこそ彼らは必死に獲物を探し、食べられる植物を探した。

 獲物こそ偶然見つけ、狩る事が出来る事もあったが、それらは本来得られる恵みからすれば僅かに過ぎなかった。


 そうして、しばしの日を置いて、自分がモンスターとしての、植物の精霊王エントとしての姿で訪れた。

 これで彼らの心は折れた。

 もっとも、その要求があくまで「協力して森を滅ぼす人族と戦う」事であったのも大きかっただろう。大部族も一枚岩ではなく、特に若い者達には危機感が強かった。彼らは次第に増える外縁部から逃れてくる難民となったエルフ達の姿に危機感を覚えていたからだ。

 それをエルフの長老や年配の、変わる事を嫌う者達が拒み、抑えつけて来た。

 だが、それが大きな失敗となった結果、彼らは力を失った。

 まず、家計を預かる女性達が怒りの声を上げ、それが比較的長老達よりの中立だった壮年のエルフ達を動かした。彼らの説得に対して迂闊にも「お前達が狩りの手を抜いているのではないのか?」「我々ならばこんな事にはなりはしない」などと述べた事で一気に「俺達がさぼってるっていうのか!!」と大きな溝が生じる事になった。

 結果、壮年の者達は老人達への供給を絶った。

 

 「そんなに言うなら、あんたらは自分達の食い扶持ぐらい自分達で何とかすりゃいいだろう!!」


 そう宣告して。

 最初は彼らも意地からか、熟練の動きで採取に動き、狩りを行おうとしたが結果は彼らも採取出来ないという現実に直面しただけだった。

 その間に、現役の若年層に壮年の者達は早々にこちらに接触。協力と引き換えに森の怒りを解く事を願った。

 結果、再び森の恵みを得る事が出来るようになった現役の者達と、まったく得られず備蓄を食い潰すだけの年配の者達という構図が出来上がり、ある時点をもって「これ以上備蓄を食い潰されたら冬がもちこたえられねえ!」と年配者達から食料庫を奪還、閉鎖した事で完全に彼らの命運は尽きた。

 もう、長老達に出来る事は森の怒りへの責任を取っての自分達の完全引退と、部族がエルフの大連合に参加する事を認めるしかなかった訳だ。そうして今、見せつける為に植物の精霊王エントとしての姿を見せた自分に、彼らは「森の意志に逆らった者達」としての立場を固めてしまい、完全に部族における発言力を失った上、発言する気力も失った。


 『これでようやく……』

 「ああ、エルフ達も……まあ、小さな村落レベルはともかくある程度大きな所は全て押さえた」


 声に出さないように精神間でティグレさんと会話する。 

 食料供給を絶っている間に、森の魔獣、その中でも知性ある者達も抑えた。

 こちらは純粋に力ずくで、だが。

 まあ、彼らの場合は力を示せば素直に従う連中だったのである意味非常に分かりやすかった。中には人の軍勢に追われて森へと逃げ込んできた高度な知性を持つ魔獣もおり、力を示した後は積極的な協力を自ら申し出て来た程だ。 


 『これでエルフ側の体制も整える準備が出来た』

 『ええ、名前は一旦適当に連邦とでも何とでもしておくとして……』

 『議会って形にしとくかね。暫定的にトップは……まあ、お前かな』

 『自分ですか!?』

 『森の象徴みたいな存在なのがお前だろうが。俺がやるより反発ねえよ』


 そう言われると反論出来ない。

 確かにエルフの国なのにエルフ以外の、獣人がトップというのは外聞も良くないだろう。

 けど、エルフの森のトップが植物の精霊王としておけば……外部は象徴かなんかだと思う可能性は高いし、エルフ達の反発も少ないだろうね。


 『分かりました、確かにその通りですね。引き受けます』

 『頼むわ』


 やれやれ。まさか、自分がこの若さで国のトップを形式上とはいえ引き受ける事になるとは……。

 もう一人の自分頼りだね、こりゃ。

 

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