第47話:カノンのお仕事

 戦いを続けるなら補給は必須だ。

 どんなに優れた能力を持った兵士や将軍も飢えてはまともに戦う事も出来ずに殺されてゆく。

 どんなに優れた武器があっても、それを手入れする道具と人手が必要だ。銃なら弾や火薬もまた必要になる。

 そうして、それらはただ集めただけでは意味はない。それを必要とする場所と人の下へと届けて初めて、それは意味を為す。どんなに前線からすぐ傍の城に大量の食糧が山積みになっていても、前線の兵士の下にそれらが届かなければ兵士は飢え、戦えなくなる。

 何が言いたいかと言えば、時間を稼ぐもっとも手っ取り早い手段がそれだという事。


 「燃やしてしまうしかないのはもったいない話だネ」


 カノンは今日もまた破壊した馬車の一団を燃やす。

 炎に包まれるのを確認してから飛び立った。

 現在、時間が欲しいのはエルフと南部解放戦線の同盟側であり、急ぐべきはブルグンド王国側だ。

 同盟を結んだ、という事を未だ王国自体は察してはいないが、双方が同盟を結ぶ可能性は考えていたし、この恰好のブルグンド王国の力を削る機会を知られたが最後、周辺国が見逃すはずはないと王国首脳部は確信していた。なにせ、皇国と諸島連合がどちらもここ百年ほどの間、大きく領土が増えてはいないのに対して、王国は侵攻によって増やしている。それだけ国力を増大させつつある、あるいは将来的に増大させる余地を増やしつつあるからだ。

 

 (物資の動きからして、まずは南部からと定めたようだネ)


 エルフ側は攻勢拠点となりうる城塞都市ポルトンが陥落している。

 こうなると、次の攻勢の拠点となりうる場所は、ポルトンが出来て以降は長らくそうした目的には使っていなかった場所とならざるをえない。当然、そうした場所を整備するにはやっぱり時間がかかるが、南部解放戦線との戦いの為に使っていた拠点は未だ健在。そうなるとそちらに物資を集積する方が楽、という事になる。


 「ま、だから俺が駆り出されている訳だがネ」


 それもそろそろ限界だろう。

 奇襲を仕掛け、目撃者全てを消して、誰が襲撃したかは分からないようにしてきたが、王国側は当然南部解放戦線がエルフ達の活躍を知り、攻勢を強めて来たと考えるだろう、それが自然だ。

 問題なのは、襲撃者が「南部解放戦線ではない」とばれる事。

 そうなったら、南部解放戦線が動いていると思って密かに盛り上がっている南部が、「実は南部解放戦線はろくに仕事をしていない」という事になってエルフ達の活躍が知られれば知られる程、彼らへの失望が広がる事になりかねない。

 それは南部解放戦線自身も重々理解している。


 「最初の会戦はもうそろそろだネ。まあ、精々頑張ってくれたまエ」


 南部解放戦線が敗れたら?

 その時は少し面倒な事になる。

 それでも、今は手を貸せない。


 支援は行った。

 この世界において魔法の効果を持つ武具というのはほとんどない。より正確にはどれが本物の魔法の武具なのか分からない。……まあ、当り前なのだが。何せ、こちらの世界ではゲームの中みたいにステータス表示がされたりしないので「魔法付与+1」なんてものが一切不明。

 結果、貴重な武器となり、魔法の武器だと判明したものは貴族の家宝クラスのものが信頼出来る家臣に一時貸し出される(代々の警備隊長に、といった具合に)のが通例だ。


 (それを『ワールドネイション』のに比べりゃ低レベルとはいえ量産出来るのは大きイ)


 ドワーフの付与術師である咲夜が量産された弓に命中補正や連射能力を向上させた弓を提供し、剣も極少数だが提供した。

 四人娘は現在、それぞれが出来る事をしているが、四人の中で一番酷使されているのは間違いなく彼女だろう。

 ちなみに天熊のユウナは各地の魔獣の内、彼女に対応可能な相手を叩きのめして、獣軍団を構築しつつある。

 鳥人族の紅はひたすら飛び回って伝令役を務め、マリアは精霊術を使う事から常葉のお手伝い兼エルフ達の伝承に関して調べ物を担当している。各部族の伝承や、ポルトンの資料庫で調べ物をしている訳だが、何しろ量が多い。時間が圧倒的に足りない。


 (常葉が森を伸ばしつつあるが、まだ南と繋がっていなイ……繋がる前に、エルフ達同様彼らも勝利を得なければならないのは大変ダ)


 バサリと翼を広げ、空に飛び立つ。

 そろそろ王国側の救援部隊がやって来る頃だ。

 かつて人だったモノが転がる中、空へと上がってゆく。


 (まったく、奇妙な感覚ダ。……これだけ殺しながら、何も感じなイ。今の心が人ではないのカ?)


 それでも今は常葉達もそうだろうが、自分もこれに、もう一人の自分とやらに頼るしかない。

 きっとそうでないと心が壊れるか、戻れなくなるから。

 それが分かるから、もう一人の自分に心を預けて。

 それでも忘れる事は出来なくて。  

 少しずつ、少しずつ歪む心がここにもあった。

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