第44話:王国視点2

 カペサ公爵の言葉で多少は落ち着いたのか、再び報告が再開された。ただし、今度は文官からだ。


 「エルフ達は南方と交易を開始致しました」


 ざわめきが起きる。

 

 「この事に不満を持つ方もいるでしょう。ですが、商人達はそれには縛られません。他国の商人は積極的に開放された市場へ食い込もうとするでしょうし、我が国の商人達もそれに後れを取るまいと動くでしょう」

 「商人達の動きに制限をかける事は出来んのか?」


 軍人の一人が苛立たしげにそう言ったが、それには文官達全員から馬鹿を見るような目で……いや、軍人達からさえもそうした視線が飛び、当の軍人も怯む。


 「出来る訳ないでしょう。そんな事をすれば密貿易に走るだけです」

 「左様。それぐらいならまだ税を明確にかけられるだけ、今のままが良いというもの」

 「それに、商人に扮して堂々と諜報員も送り込める」

 「大体、そんな事をすれば商人達を敵に回しかねんぞ!」

 「い、いや、申し訳ない。つい苛立ったもので……」


 はっきり言ってしまえば、カペサ公爵の一喝で一旦落ち着いたとはいえ、全員の苛立ちが消えた訳ではない。そこに馬鹿な発言をすれば袋叩きにされても当然と言えるだろう。さすがの当人も同じ軍人からも責め立てられた事でしぼんでしまった。


 「……話を続けます。おそらく連中は解放同盟と接触するでしょう。いえ、もうしていると考えるべきか」

 「……だろうな。解放同盟にした所で、敵を同じくし、我々を撃退に成功した勢力だ。積極的に接触を図る、そう考えるべきだろう」

 「そして、エルフ側の勢力圏に入り込めば、接触する事はそう難しくない、か……」


 既に、両勢力は接触している。

 最悪、共闘体制が成立していると考えるべきだと誰もが理解していた。


 「そもそも、何故このような事態になったのです?ああ、いえ、軍の方を批判する訳ではありません。あれだけ押していた状況が一変したその原因を知りたいのです」


 文官の一人が軍人達にそう質問した。

 それは他にも同じような感想を持っていた者が他にもいたからか、賛成するように頷く者が他にもいた。

 実際、しばらく前まではエルフ達の住む大森林地帯への侵攻は何も問題はなかった。貴族達の私兵が参加する事を許容したのも、根底には「特に問題なし」という判断を上層部の誰もが多かれ少なかれ持っていたからだ。それは私兵を送り込んだ貴族達も同じだっただろう。

 それが敗北した。

 それも完璧な大敗だ。騎士団こそまだ損害は抑えられた方だが、それでも指揮官を務めていたアレハンドロ大隊長が殺され、目的を果たす事なく撤退した時点で敗北としか言いようがない。

 エンリコ子爵自身は責任を取っての辞任を申し出たが、当人が最前線にいなかった事、その理由が軍自体のトラブルによるものだった事、何より当人の能力が惜しまれたというか、彼がいなくなった時どうなるかを軍自体が認識した為に副騎士団長こそ任を解かれたものの、立場そのものはむしろ出世し、軍全体の補給を担う責任者としてこの場にも出席している。

 そのエンリコ子爵が発言を求めた。


 「戻って来た部下達から聞いた話を総合しますと、エルフ達の戦い方が一変したのが原因です」

 「一変?」


 軍人達、あるいはカペサ公爵はその報告を既に把握していたが、文官達は知らない。


 

 「そうです、まずあの戦い以前はエルフ達の戦いは旧来通り、少数の部族達の狩人兼弓兵による嫌がらせ攻撃が精々でした」


 しかも、夜の闇に紛れての奇襲など行わなかった。

 魔法にしても確かに彼らの魔法能力は人のそれより優れているのかもしれないが、彼らはしょせんは狩人が本業で人族との戦闘はあくまでオマケ。一方こちらは戦闘が専門で、連携しての訓練を積んでいる上、数も相手側を大きく上回る。

 エルフ達はそれなりの損害を与えたと考えていたが、実情は怪我をした者も迅速な治療が施されて、たいした損害は出ていなかった。

 それに、攻撃を受けた者も目についた者を攻撃しているのか、見張りや先頭近い付近を歩く兵士がその攻撃の対象だった。

 魔法能力もいくら高い能力を持っていても、大規模な破壊魔法などそうそう取得出来るものではないし、そんなもの狩人が取得する意味もない。どれだけ才能があっても、強力な魔法を使えるようになるには、それなりの訓練が必要なのはどの種族も変わらない。


 「それがあの戦闘では突如、戦闘方法がガラリと変わりました。大規模な攻撃魔法、貴族軍と騎士団の分断、その上で統一された指揮権のない貴族軍を徹底して叩き、それを救援する為に動かざるをえない騎士団の隊長格を集中して潰す……素人の行き当たりばったりの喧嘩から、突然戦術に基づいた戦争に切り替わったのです」

 「あの場面でそれを行う為にそれまでああいう戦い方を続けて来た、という可能性は?」

 「数十年もの間、ですか?」


 その言葉に質問した者も押し黙る。


 「それにあの戦いは確かにそれなりの規模の軍勢ではありましたが、勝ったから状況が一転するという訳ではありません。有体に言えば、カペサ公爵が出陣されているからそのお命を狙う、といった事とは無関係であり、命を失った貴族の子弟も家を継ぐ予定のない各貴族の家で見るならいなくなっても問題のない命が失われたに過ぎないのです」

 「言いすぎだぞ、子爵!!」

 「ですが、事実です。加えて、あの戦いの後、森が異常なまでの成長を果たしました。それこそ数十年かけて切り開いてきた土地が瞬く間に元の森に戻ってしまうほどに」


 信頼していた部下達を失った事でどこか吹っ切れたのか、エンリコ子爵は至極冷淡に淡々と話しを続ける。文官の一人からの叱責の言葉にも動じる様子はない。


 「これらから私は外部からそうした専門家を招いたと考えております。そう、例えば……アルシュ皇国とか」

 「なんだと!?」

 「ええ、私は南部解放戦線ないしアルシュ皇国などとエルフがあの戦闘の前に手を結んだと考えております。アルシュ皇国の名を上げたのはあれだけの大規模攻撃魔法となると南部解放戦線にもどれだけいるか、という問題を考えてとなります」


 誰もが唸り声を上げた。

 この推測を否定できなかった事から、ブリガンテ王国は誤った、けれど外部からの支援を受けた、という一点においては正しい判断の下行動してゆく事になる。

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