第43話:王国視点その1

 ブルグンド王国の全権を実質的に担っているのは宰相の地位にあるカペサ公爵だ。

 別に乗っ取ろうとかそういう気は毛頭ないし、それは敵対派閥の貴族でさえ認めている。というか、簒奪の必要もない。なにせ、彼が統治をしているのは現王がまだ幼いからであり、現王は彼の孫だからだ。幾ら王といえど、七歳児に仮にも大国と呼ばれる範疇に入る国の舵取りが出来ると思う奴はいないだろう。


 「さて、報告を聞こうか」


 そんな宰相が議長として会議に出席していた。

 王国財務大臣ら文官と、軍務大臣や王国軍総司令官ら軍官らが集まる国の運営を担う重要会議だ。

 

 「アルシュ皇国方面においては特に異常はありません。相変わらず、互いに砦に籠っての睨み合いです」

 「うむ、だが油断するなよ?」

 「はっ!アルシュ皇国内における物資の移動も商人を装っての偵察によれば特に変わらず、との事ですので大丈夫かと」


 アルシュ皇国は北方に位置する大国だ。

 元々、ブルグンド王国自体がアルシュ皇国の一部であったのに、かつてアルシュ皇国における次期皇位を巡っての内乱を機に当時の辺境伯が周辺の小国を次々併合して、独立したという歴史を持つ。内乱終結後、皇国の新皇王は当然のように辺境伯の功績を褒めたたえて、自国の傘下に戻るよう促したのに辺境伯はこれを断り、独立の旨を宣言。

 初代ブルグンド王は間違いなく軍事政治の天才だったようで、これに怒った新皇王の送り込んだ倍の数の討伐軍をも完膚なきまでに撃破。即位したばかりの皇王の権威はおおいに傷つき、その後は軍を送り込む所ではなくなったという歴史を持つ。この為、両国は壮絶に仲が悪い。過去幾度となく刃を交え、大規模な戦争となった事も一度ならずある。

 この為、ブルグンド王国は常に一定の兵力を北方に張りつけると同時に、北への勢力伸長を阻まれる形となっていた。必然的にブルグンド王国の領土を増やすつもりならそれ以外の方向でないといけない。

 かつては南方へ。

 そして、南方が海へと到達し、更に南方へ勢力を伸ばすにはまた別の大規模な勢力との激突を避けられなくなった時、新たに王国は西方のエルフ達の森へと手を伸ばしたのだった。

 

 「では南についてはどうか」


 その南に広がるのはオターリャ諸島連合。

 大規模な大陸ではなく、多数の群島によって構成され、それらの島々の代表によって運営される議会によって国家を動かしている武装商業国家だ。

 ただ、それだけではなく……。


 「オターリャ側とは多少の揉め事は発生しているものの、金で片のつく範囲の事です」


 これは複数の理由がある。

 まず、諸島連合が商業国家である為に、まずは損失の補填と、それに関わる交渉を求めてくる事。

 諸島連合が普段の細かいトラブルに関しては各諸島に任せている為に、下手に武力衝突を引き起こして船を失う事による内部での勢力争いで遅れを取る事を嫌い、即座に武力を用いる形を好まない事。

 そして、これはブルグンド王国側にも言える事だが、発生しているトラブルはそのほぼ全てが漁師達によるもので、両国の軍船同士の衝突ないし両国の大商人同士の抗争というレベルには至っていないのに加え、漁師達による漁に関するトラブルの発生は日常的なものであり、いちいち軍船を動かしていられない、という事もある。

 

 「むしろ、南方解放戦線による襲撃が厄介です」

 「まだ殲滅出来ないのですか?あの程度の連中」


 財務大臣からの苦々しい声に、言われた軍務大臣もまた苦い声で答える。


 「そう簡単にはいかん。奴ら、都市や砦といった分かりやすい拠点を構えている訳ではないのだ」 

 「それは承知しておりますが、現状では経費が膨らむばかりなのです」


 南方解放戦線。

 元々南方には様々な種族によって構成される部族達による連合が組まれていた。その規模はオターリャに準じる程のものだった。

 それを長い時間をかけて崩し、人族の部族を利によって取り込み、遂に最後の拠点と言える都市を陥落させたのだった。

 しかし、南方は大規模な森林地帯が広がっていた。この森に残党が逃げ込み、なおも抗戦を続けていた。それが南方解放戦線という。

 厄介なのはいまだ制圧完了後、十年と経っていない為に単純に武力抵抗を行う者達ばかりではなく、表立ってはブルグンド王国に従っている者達の中にも心情的には彼ら寄りの者達が多い、という事だろう。実際、部族連合を裏切って、王国側について貴族となった部族の族長の中には暗殺された者が多々いる。

 中にはそうした族長一族らが皆殺しにされた上、表向きはその後もしれっと王国に従っているような所までいる。そんな所は裏では部族自体が解放戦線に繋がっていると考えざるをえないがなまじ表向きは従っている為に下手に処罰出来ない。それに、今の状況では南方に下手に領地をもらって行きたがる貴族がそうそういる訳もない。

 こうした潜在的な解放戦線寄りの勢力は裏で資金や物資の援助、兵となる人員の根源地ともなり、解放戦線によるゲリラ活動は王国にとっても頭痛の種になっていた。


 「それに加えて、軍は西方のエルフ達にも大敗を喫したとか……援軍も援助物資もなかった為にボルトンが陥落したのですぞ!」


 ダン!と苛立ちが高まったのか財務大臣が会議室の卓を叩く。それに対して、軍側は一様に苦い顔を浮かべていた。


 「仕方なかろう!突然、森が異常な成長をして、ボルトンを呑み込んでしまったのだ!」

 「そのせいで、まとまった援軍を送れなかったのだ!」

 「それを何とかするのがあなた方の仕事でしょう!!」

 「無理を言うな!!それが可能な部隊は南方に拘束されているのだ!!」


 王国も長らく南方の森林地帯で戦っていただけあって、森林戦に慣れた部隊は存在している。彼らであれば、小規模な部隊に分散して森を進み、ボルトンにて合流といった行動も取れただろうが……問題は未だ南方解放戦線が健在な現状、彼らを動かす訳にはいかない、という現実だった。


 「ボルトン辺境伯家はまだ無事だ!!」

 「然り!再開した交易を通じて潜入した者達から辺境伯の末娘を代表として据えて、辺境伯ご自身は幽閉状態にあると」

 「それは単なる傀儡でしょう!!辺境伯らが殺されていないのも単なる傀儡となった娘への人質のはずだ!!」

 「そんな事は分かっている!!」

 

 「落ち着け!!」


 次第に文官軍人双方がヒートアップして立ち上がる中、黙っていた宰相カペサ公爵が怒鳴った。 

 瞬時に全員が押し黙る。


 「冷静になれ。怒鳴った所で何もならぬ。まずは詳しい状況を説明せよ」

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