第42話:ポルトン陥落
「分かった、降伏しよう」
ティグレさんと連れ立って赴いた辺境伯の降伏はかなりあっさりとしたものだった。
ピク、と一瞬ティグレさんの眉が動いたのに気づいたのかもしれない。
「素直に降伏したのが疑問かね?」
そう問いかけて来た。
「ええ、まあ」
自分が思わず顔に出した事に気づいたんだろう、ティグレさんもどこか苦笑した雰囲気を漂わせていた。
……逆に自分は動揺を感じなかった。
この体になってからというもの、妙に精神的な揺れを感じない。動揺、恐怖、驚愕といった状況次第ではあるが負の感情だけなら良いが……歓喜、愛情といった正の感情まで消えてしまうのではと内心、僅かに懸念を抱いている。
そんな事を内で考えつつも、話は進む。
「簡単な事だ。こう見えても、私達は戦闘に関する事では副団長の事を信頼しているのでな。ゴットフリート君」
「なんでしょうか」
「勝てんのだろう?」
辺境伯の言葉にゴットフリート副団長は僅かに苦笑を浮かべつつ、腰から剣を鞘ごと引き抜き、辺境伯にそのまま差し出した。
受け取ったのは辺境伯、の横に立っていた人物。簡素だが鎧を身に着けている事などからおそらく、名目上の団長という奴なのだろう。辺境伯の跡継ぎでもあったはずだ。その彼がこちらにちら、と視線を向けてきたのは『抜いてもいいか?』という確認の為だろう。自分とティグレさん、二人で揃って頷くと、すらっと剣を鞘から抜いた。
「!これは……」
「どうした?」
驚きの声を上げた騎士団長である息子に疑問の声を上げた辺境伯に当人は父に「これを」と刃を示してみせた。
「む……」
刃に視線を向けた辺境伯はこちらは明確に分かる程度には眉をしかめ、それからどこか困惑した様子でゴットフリート副団長に視線を向けた。
「御覧の通りです。うちで最高級の名剣でもそのザマです」
「……武具がこれでは如何に剣技で対抗しても、時間の問題か」
深い溜息をついた辺境伯だった。
「確かにこれでは無理だな……どういう武器を使ってやがるんだ、まったく……」
「申し訳ありません。お預かりしてる武具を」
「良い。武具は使われてこそ、だ。……失礼だが、そちらの剣の刀身、見せて頂いてもよろしいかな?」
その言葉にティグレさんがあっさりと剣を抜いてみせた。
傷一つないその刀身に辺境伯が深い溜息をつき、息子である団長が呆れたような声を上げた。
「ここまでくるともう材質から違うのだろうな。一体何で出来ているのやら……」
そう首を振る団長を横目にこちらからの要求を伝える。
「先に申し上げておきますが、軟禁という形を取らせて頂きます。後はどなたか、継承順位の低い適当な方を名目上の統治者として提案して欲しいのですが。そちらとしてもその方が良いでしょうし」
「……有難い話だな。確かに、王国には儂や跡取りを人質に取られて、適当な者が名前だけの統治者として祭り上げられた、とした方が良いが……よかろう、ならばうちには娘がいる。あの子に頼むとしよう」
「父上!?」
「下手な者を形だけでもトップに立てる訳にもいくまい。バカを上に立てれば調子に乗りかねんし、民も不安になる。……あの子ならば、そこら辺の事情も理解出来るだけの頭もあろうし、民にも顔が知られておるからな」
何ともすんなりと話が進むな。
「街が森に囲まれた時点で、エルフの秘術が用いられたと判断して最悪に備えての準備はしてあった。今回は予想していたものに比べれば随分とマシだ」
ああ、あれをエルフの秘術と判断したのか。
……なるほど、ゴットフリート副団長がああもあっさり降伏の判断を固めたのも事前に打ち合わせは済んでいたからなのか。そこら辺の判断も委ねられていたって所か?
「さて、儂らは軟禁されるか。とりあえず普段住んでいる所におるから移動するなら言ってくれ」
「承知した。……あんたらみたいに話が通じる奴ばかりだと楽なんだがね」
確かに。
けれど辺境伯はティグレさんの言葉には苦い顔になった。
「……うちみたいなのは精々一割だな。地方派はまだマシだろうがそれでも腐った連中は多数いるし、王都派はトップとその周辺以外はろくなものではない」
後にもう少しくわしく聞いた話だが、領地経営に専念したり、防衛の為に領地に留まる貴族の事を地方派と呼び、彼らはいちいち王の許可を必要とする体制よりも自分達にもっと大きな裁量権を求めている。
これに対して、王を中心とした中央集権体制を固めようとしているのが王都派と呼ばれている勢力らしい。単純な地方分権と中央集権の対立というだけじゃなく、地方派も自分の領地で好き勝手やりたいというような連中も多々混ざっているらしい。
敵国と対峙していたり、領地が何等かの理由で厳しい環境にあったりするような家以外はあまり期待しない方がいいそうだ。……やれやれだな。
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