第35話:ポルトン攻略戦4

 魔人族の双剣術は俺達の現実では滅多な事では見ない。宮本武蔵の二刀流は有名だが、彼とて常に二刀流で戦っていた訳ではなく、有名な佐々木小次郎との戦いの時は長い木刀一本だった。ましてや、戦場では余計にそうなる。

 原因は単純だ。ただひたすらに力が足りない。

 考えてみて欲しいが、相手は鎧なり鎖帷子なりを着込んでいる。

 そして、右手と左手それぞれに武器を持つという事はその武器を片手で振っている事になり、それは両手で持つ時と比べて一撃一撃の重さがまるで違う。つまり、鎧を貫く、あるいは鎧を無視して相手に衝撃を与る事によって相手を倒す、という事がより困難になる。

 だからこそ、盾を持つ場合は剣はむしろ小回りの利く小型のものを持ち、相手の鎧の隙間を抜くか、メイスなどによって衝撃を与える事を優先する事になる。

 けれど、それらを補う手段が、通常の防具程度なら片手でも粉砕可能ならどうだろうか?

 それならば、話はまた異なる。

 片手持ちで振るわれる武器の一撃一撃が鎧を無視して、相手を殺せるだけの威力があるのならば手数の増える双剣は選択肢の一つになる。


 「ふっ!!」


 身体強化された体が一気に踏込み、右の剣が振るわれる。

 当然、桜華はそれを回避するが、刀を即座に振るう事はない。左の剣が未だ待機しているからだ。

 ニヤリ、と踏み込まなかった桜華に対して、魔人族の男は笑う。そこには陰湿なものなどなく、ただ単に称賛があった。

 それに対して、桜華もまた笑みを返す。目こそ笑っていないが、ただ単なる嘲笑とは明らかに異なる笑みだった。


 「やるな」

 「そちらこそ」


 うーん、剣術関連に関しては詳しくないが、一応それなりの接近戦の知識はある。

 今のは右で振るわれた所を隙とみて迂闊に踏み込めば、左の剣で刺しにかかっていた。右は囮だった、敢えて大振りっぽく振ってみせた、という所かね?実際、一見大振りに見えて、魔人族の男の態勢はまったく揺れていなかった。 


 「次はもうちいと早く行くぜ?」

 「そうしましょう」


 今度は止まらなかった。

 右、左、右、そのまま斬り返して右。

 二人がいるのは城壁上。

 前後は互いに兵士とゴーレムが詰め、左右幅は多少広く取ってあるとはいえ、精々人が三人も並べばそれで一杯。そんな狭い場所で二人は斬り合う。いや、回避しあう。

 

 互いの一撃が一撃必殺になりうると理解している。

 だが、それは腰の乗った十分な一撃であってこそ。そうならなければ対応の仕様はある。

 もっとも、それを理解しているのは対峙している者である両者のみで、周囲はそんな事を理解してはいない。

 なにせ、魔人族の男は革鎧で動きやすさ重視の為に決して分厚いものではない。

 桜華はもっと単純で、身にまとっているのは薄手の和服。むしろ、貴族の夜会にも出れそうなあれで何でこうも動けるのか、そちらの方が分からないだろう。

 だが、違う。

 魔人族の場合は絶賛行使される身体強化魔法が彼の青黒い肌を正に金属の如きシロモノへと変えている。

 魔人族の場合、幼い頃からの訓練でこうした力と防御、反応といった全てを同時に強化してくる。確かに魔人族のポリシー的に大規模にまとまるのは難しく、国を造るのは難しいだろう。そして、遠距離攻撃も苦手かもしれない。

 だが、それでも尚、近距離最強の種族というのが全てを変える。

 下手な遠距離攻撃などはじき返して、人のそれより数倍の速さで敵陣へと突っ込む魔人族の突撃はこの世界でも怖れられている。

 そして、桜華は人ではない、魔物だ。

 魔物というのは見た目は柔らかそうな毛皮でも、その実鋼のような硬さを持つようなものが幾らでもいる。

 桜華が例え、見た目はひらひらとした服をまとった小娘でも、その実態は高位の魔物であり、当然防御は何もせずとも、そんじょそこらのナマクラでは攻撃した武器の方が壊れる。

 しかし、武器もまた、双方とも一級品。

 魔人族の左からの高速の突きを桜華はそっと当てた刀で逸らす。正確な突きで、小柄な桜華だからこそ、それで入り込む道が出来る。そのまま前へ。それを塞ぐように右の剣が横なぎに振るわれるが、それを僅かに腰を屈めてかわし、だが、その一瞬で魔人族の男は後方へと僅かに下がる。

 逃がさぬとばかりに今度は桜華の側から追撃の突きを放つも、相討ち狙いのような形で突きを放つ魔人族の男に僅かに笑みを浮かべる。いや、魔人族側は実際そのつもりなんだろう。最悪、腕の一本を捨てても、致命傷さえ負わなければいいと覚悟を決めたか!

 けれど、そう決めたのは桜華も同じらしいが、その後の一瞬の交差で踏み込んだ足を狙って伸びた桜華の一撃を魔人族の男は瞬間、そこに全力の強化を入れて耐える。

 一方、桜華はといえばギリギリ、正に紙一重の見切りでふわりと浮いた髪の幾本かを切り飛ばされながらも無傷でかわす。

 この結果は双方の体の大きさの差だ。正に大人と子供の両者で、この狭い場所では同じ回避するにしても自由度は桜華が上だし、狙うのはその分難しい。それでも、桜華の一撃で足を斬り飛ばされる事なく、耐えたのは見事と言えるだろう。

 ……問題は明らかに防御側が考えていた以上の怪我を負った事で。

 

 「ぐっ……」

 

 それでも小さな声に抑えたのは意地か。

 鋼同然の硬度を誇っていただろう体も桜華の一撃には耐えきれなかったようだ。太腿が半ば切断されている。突き通した刀をそのまま横に振り切った……それが出来るだけの武器の鋭さ、頑強さ、身体能力の全てがあってこその一撃だ。どれか一つ欠けても刀は肉に埋まったまま抜けず、動かなくなっていただろう。

 ある意味、桜華にとっても賭けの要素はあったはずだが……桜華の場合、ここで斬られても本体が伐られた訳じゃないからなあ。分身であるこの体が斬られたとしても復活可能だからこその最悪、相討ち覚悟での攻撃だったと見るべきか。もっとも、魔物相手は常にそういう分からない所がある訳だが。桜華を魔物と見切れなかった時点で、こうなる事は決まっていたのかもしれん。

 そうして、足を実質片方失えば……勝敗がつくのは早かった。

 もう魔人族の彼には踏ん張る事も出来なければ、咄嗟に飛びのいて回避する事も出来ない。半ば以上断ち切られている状態ではほとんど棒立ちになって上半身だけで剣を振るのが精一杯で……それでも諦めようともせず最後の最後まで彼は剣を振るい続けた。

 でも、それでは桜華には通じず、右が手首ごと斬り飛ばされ、左は親指が落とされた事で剣を握れず、すっぽ抜けた。


 「はあ……俺の負けか」

 「良き戦いでありましたよ。お名前をお聞きしても?」

 「や、敗者の名前なんぞ背負う必要はねえよ。そういやそういう奴がいたなあ、そんぐらいでいいのさ」


 気負いも何もない。

 恨みも何もなく。

 これが魔人族の流儀なのかもしれない。


 「じゃあな」

 「ええ、来世があればまた」


 気軽なまでの別れの言葉と共に、桜華の刀が魔人族の首を刎ねた。

 

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