第36話:ポルトン攻略戦5
「あ……」
そんな声を洩らしたのは兵士の誰だったのか。
魔人族の傭兵の強さは誰もが知っていた。知っていたからこそ、その男に勝った目の前の少女に対して恐怖を感じてしまった。
すっと桜華が一歩前へ出る。
兵士が下がろうとする。
だが、後方が同じく兵士で埋まっている為に後退も難しい。
だが、だからこそ、その光景を目にした兵士は恐怖が高まった。何せ、下がれないというのは怖ろしい。眼前に怖ろしく強い相手がいて、到底勝てるとは思えないのに前へ行けと、下がろうとしても後ろから押されるから下がれない。
「お、おい、もう少し下がれよ!」
「押すなよ!!」
「なっ、貴様ら!下がるな!!奴と戦え!」
兵士達にそう叫んだのは兵長だったが……直後に彼は自分が前へと押し出された感覚を感じた。
「は……?」
当り前の話だが、指示を出す以上彼の位置は先程の戦いも見える場所だった。
そして、これまた当り前の話だが、彼の周囲にいた兵士達にもまた、先程の戦いを見る事が出来た。
さて、そんな時に「下がるな!戦え!」と怒鳴られて、従う者がどれほどいるだろうか?戦えば、死ぬ、殺されるのが目に浮かぶというのに。
「なら、お前がまず戦えよ!!」
誰かが言った。
兵長はかっと頭に血が昇る。
指揮に従うのが軍隊だ。長年兵士として生きて来た男として、そんな事を言う部下に対して怒鳴りつけ、殴ってやろうと考えて。
「あら、次は貴方?」
一瞬で血の気が引いた。
慌てて振り向いた先には小柄な少女。
くすくすと笑みを浮かべた、けれどつい先程魔人族の傭兵と激しい戦いを繰り広げ、そして勝った相手。
「ひい…っ!」
言っては悪いが、この男は部下からの人望などなかった。
ついでに言うなら、剣の腕もなかった。ただ彼の実家が裕福だっただけ。
この国ではどんな家からでも軍に奉仕する義務を負う。商人は跡継ぎ息子や、仕事に使えると判断した息子は残し、はっきり言ってしまえば一番使えない息子に軍の奉仕を命じた。当の本人からすれば嫌だったが、行かなければ実家を追い出され、彼は路頭に迷う。
小金を持って路頭に迷うか、軍に行って数年の義務を果たすか。渋々ながら彼は後者を選んだ。
それでも多少の献金が効いたのだろう、彼は兵長の地位をとくに苦労するでもなく手に入れた。
ここで性根を叩き直してくれれば、というのが実家の思惑だったのかもしれないが、彼は適当に仕事をし、取り巻きを作っていった。そうして、気に食わない部下を苛め、部下をこき使った。功績は自分のもの、失敗は部下のせい。
そんな人物がこんな場所にいるのには無論理由がある。
とうとうやらかしてきた事が色々とばれて、性根を叩き直す為に精鋭部隊に部下と引き離されて放り込まれたというだけだが。結果、取り巻きはおらず、指揮権も最低限の癖に威張り散らす奴として嫌われていた彼はここに来て、見捨てられたという訳だった。
「た、たす」
けてくれ、と最後まで言い切る前に彼の首は飛んだ。
「はあ、つまらない……」
魔人族の遺骸は既に取り込んでいた。彼の遺骸は最早欠片も残ってはいない。しかし、桜華はこの男を取り込む気にはなれなかった。
つい、と刀で指し示すとゴーレム軍団がずしりと前へと足を踏み出す。が、それ以上は前進しない。
(どうやら連中も動かないみたいですね。後はこのまま時間稼ぎに徹するとしましょう。……もう一人二人ぐらい強者が出てこないものでしょうかね。ふふ)
生憎、それ以上は戦いが終わるまで桜華の期待に沿うような事はなかった、とだけ言っておこう。
結局、この場での戦いはこのまま終結する事になる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます