第28話:状況と解説

 大森林地帯、そう呼ばれる地域に侵攻してきている人族の大国ブリガンテ王国がその前に征服したのが南方に広がる部族連合だった。

 それ以前でもブリガンテ王国は大国と呼べるだけの国力を有していたが、東西こそ西は引きこもりのエルフ族が統治する大森林地帯、東は険しい山岳地帯が天然の国境となっていたものの、北方にはかつての宗主国であったアルシュ皇国が存在しており、その独立の経緯からアルシュ皇国とは極めて険悪な関係にあった。

 まあ、長い歴史を誇るアルシュ皇国が皇位継承に伴う混乱に陥ったのを好機とみた当時のアルシュ皇国南方統括府の長が、アルシュ皇国の支配下にあった南方の小王国群を一気に征服して独立したのだから、その後統制を取り戻したアルシュ皇国側からは憎まれても仕方ない。

 そうした事情から伝統的に北方に多くの軍事力を割かねばならないブリガンテ王国にとって最後の抵抗勢力とも言える南方の部族連合の制圧は悲願でもあった。この地域の制圧に時間がかかったのは大森林地帯と同じく広大な森が大軍の展開を困難にしたからだ。

 これが焼き払い、切り払うだけで良いのならばもっと楽だっただろう。

 だが、部族連合ともまったく交渉がない訳ではなく、その交易の中で、極めて有用な各種の薬の素材や、魔獣の素材などが得られていた。これらは森を焼き払ってしまえば入手の道は閉ざされてしまう。だからこそ、ブリガンテ王国は長い時間をかけ、部族同士の対立を煽り、一部部族を交易などで優遇する事で味方につけ、彼らを諸侯として取り込み、支配領域を広げていった。


 「カノンと常葉、二人の偵察によって確認出来た事だが、この地域はその特性から森林地帯が未だ広大な地域に残っていて、一応制圧はされたものの住民の間に不満は燻っている」

 

 ただし、今だけだ、とも。

 

 「今はまだ、抵抗していた部族の当事者達が多数生き残っている。だから抵抗意識もある」


 年を喰ったとはいえ当時最前線で戦っていた戦士であった長老達。

 子供であったとはいえ、両親や身内が戦士として前線に赴き、そしてその一部が永遠に帰って来ないという体験を抱えている現在の指導者や壮年の社会を支える年代の者達。

 そうした人々から直接話を聞いて育つ、現在の子供達。

 今はまだ生々しい記憶がはっきりと残っている。

 だが、記憶も経験も薄れていくものだ。高圧的な弾圧を繰り返せば、その記憶は失われる事なく受け継がれて何時かは爆発するだろうが、国の一部として受け入れ、他と同じ民として扱われ続ければ次の次の世代以降ともなれば次第に憎しみの記憶は失われていく。

 まあ、世の中には偽りの事実を真実であるかのように思い込ませ、憎しみを煽る洗脳の技もあるがそれはさておき。


 「エルフ族の感覚でやってりゃ遅すぎる。百年も過ぎればそれは南方の連中にとっても昔の『今更言ってどうする』ような歴史にしかならん」

 「「「「「え!?百年ぽっちで!?」」」」」


 この瞬間、ティグレ達の心は一致した。


 『『『こいつらに任せてたら、俺らが帰れるの何時になるか分からねえ』』』


 その内心を誤魔化すようにゴホン、と咳払いを一つしてからティグレが再び口を開いた。


 「あーその通りだ。だからその前にあちらの勢力と渡りをつける必要がある」

 「そして、そのためにはどうしたって大森林地帯から南方へと抜けるルートを塞ぐ位置にある城塞都市ポルトンを抜かねばならない」

 「この都市はこの大森林地帯へとブリガンテ王国が侵攻してくる時の拠点ともなっている。ここを陥落させる事が出来れば、ブリガンテ王国側の大森林地帯方面への侵攻の拠点は大きく後退する事になり、しかも狭隘な守るに易く、攻めるに難い場所はなくなる。複数の砦を持って連携して封じ込めるしかなくなるだろう」


 そして、そんな防衛線を構築するには時間と手間がかかる。

 常葉の能力をフル活用する事になるだろうが、その間に南方諸部族の不満分子と連絡をつけて一旦戦線が再発すれば……燻っていた不満分子は一気に燃え上がる。


 「最終的には南部の連中と森と共に生きる緩やかな連合を組む、という事を目指している。それぞれの森を守りつつ、外敵に対しては共同で立ち向かう、という訳だな」


 そこまでいければ、俺らも帰れるだろ。

 というのが、ティグレら三人の一致した意見だった。

 その先?さすがにそれ以上は責任持てない。

 それこそ、王国自体を滅ぼさないといけなくなるだろうが、そうなると今度は国境を接する別の国との衝突が生まれ、それを倒せば今度は別の国が……まさか大陸統一なんて事が出来るとも思えない。


 『ゲームじゃねえんだからさ』


 そう、ゲームじゃない。

 ゲームなら征服すれば一定数値に達しなければ反乱なども起きないし、普通の統治を行っていれば問題ない。

 だが、現実は違う。

 人にもエルフにもドワーフにもそれ以外の種族にも感情がある。

 そして、感情は大きな怒りへと繋がり、それはしばしば理性の制御をも上回る。

 それらは数字には現れず、示す事も出来ない。

 前の領主や統治が余程酷く、新たな統治者が至極真っ当な統治を行ったならば話は別だが、同じレベルの統治を行ってすら災害や失敗によって苦しい事になった時にふと、「前の方が良かった」という形で根拠もなしに不満として現れたりする。

 場合によっては真っ当な統治を行っていても、新たな統治者が自身の統治を持ち上げる為に前の統治者を貶め、偽りでもって塗り固めてしまう事もある。その地で信仰されていた多神教の神々を悪魔と貶める事だって普通にある。

 それまで信じていた神々を悪魔と貶められた人々はどう思うか?

 それでも宗教が国の権力と繋がりがあれば、行われたりもする。

 だから、全てを一つの国で統治しようなんて到底無理だ。地域が違えば、生活環境や歴史も信仰も異なり、ある地域での常識が別の地域での非常識なんて事も普通だ。それら全てを同一の法で統治するなどどれだけの困難が伴う事か!


 「さて、説明した上で何か質問はあるか?」


 ティグレの問いに若いエルフ達は顔を見合わせ、その中の一人が口を開いた。それは根本的な問題。


 「その、城塞都市とかいうものはどんなものなのですか?」

 「いい質問だ」


 説明する事は一杯ある。

 規模、防御施設、守る兵士、そして弱点。

 さあ、攻略戦を開始しよう。

 

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