第20話:騎士の最期
アレハンドロにとって、今回の遠征は最初からケチのついた戦だった。
そもそも彼はエンリコ子爵の箔付けの為の総指揮官就任自体が反対だった。
エンリコ子爵の手腕を認めていない訳ではない。認めているからこそ、今更単なる「戦闘を指揮した」という事柄をつける事に意義を感じなかったのだ。
そして、更にそれは加速し、結局エンリコ子爵は本来の「箔付け」自体が他ならぬ騎士団自身の問題で出来なくなってしまった。
『ここまでケチがついたなら、いっそ一旦やり直した方が良いのではないか?』
そうも思ったし、実際それに賛成する者は他にもいた。もし、騎士団だけだったらその意見は通っていた可能性がある。
だが、諸侯連合軍という余計なお荷物がついてきた事でそれも出来なくなった。
『いっそ、奴らに全部任せて撤退するか?』
そんな事も考えたが、騎士団内部にも奴らに媚を売る連中がいたせいで、手間取っている内に「協力して討伐にあたるように」という正式な命令が届いてしまった。
奴らの親も自分達の子供だけでは不安と感じた者がいたのだろう。
結局、その結果がこのザマだ。
……エンリコ子爵がこの責任を取らされる事はないだろう。良くも悪くも彼は大物であり、今回の騎士団自体の失態を糊塗する為に、この遠征部隊の指揮官から「外された」。一方、騎士団の大多数は騎士爵、あるいは平民からの成り上がり。この国は貴族階級からなる近衛騎士団と、騎士階級や平民階級からなる騎士団の二つがある。
かつては兵士を集めていたらしいが、専任の兵士階級を作り、やがてある時期、凶作などが続き、平民達の不満が溜まった時、それを抑える為に名目上として騎士団が成立した。平民であっても、功績を立てれば騎士爵となれ、代を重ねれば貴族ともなれる。これは設立当時の平民達の不満を抑える事に役立った、らしい。
私もまたそうした騎士爵の家の出だ。三代前は平民で、たいした領地がある訳でもなく、食う為に騎士団に入り、功績を立て出世してきた。もし、今回の討伐が成功すれば……あるいは私にも男爵という正式な貴族への道が開けたかもしれないが。もはや無理だ。間違いなく、私はこの戦いが終われば責任者として処断される。それを逃れるには戦って戦死しかない。そうすれば、家も存続できるだろう。
後はせめて……。
(最期を飾れるだけの武人と戦って死にたい、そう思っていたが)
「よう、あんたが指揮官かい?」
どうやら予想以上の相手と出会えたようだ。
「ああ、そうだ。アレハンドロ・ディアス。指揮官代理を務めている」
「代理?」
「諸事情あってな。本来の指揮官だった副騎士団長は後方で書類の山と格闘中だ」
「あー……後方の補給の不手際とかそういう奴かい?」
「話が早くて助かる」
こんな話をしていられるのも既に周囲の護衛達は打ち倒されるか混乱の真っ只中だからだ。
前衛の諸侯連合軍は既に壊滅して、壊乱状態。
団子状態の場所へ砲撃を受けただけじゃなく、後ろから後ろから押されて足のつかない場所へと押し込まれた結果、溺死する者も続出した。更に、地雷苔の亜種、浮機雷草(フロート・マイン)までがそれでも進んだ者達の前には待ち構えている始末。
しかも、最前列で爆発が起きても砲撃と区別はつかない。
ただ、さすがに傭兵達は機を見るに敏だった。まだまともな傭兵は雇い主を担いで後方へと脱出を開始。
だが、結果として、後方へと下がろうとする者、まだ前に残っていて死んでいく諸侯連合軍を救出しようとする騎士団の一部。それが揉みあって、大混乱。
私の周囲の護衛に回している余裕などなかった。そこを突かれた、が。
「さて、貴殿には私の最期の戦いの相手務めて頂けるかな?」
「ほう?指揮官は死んだら拙いんじゃねえか?」
「なに、副騎士団長の副官殿が既に騎士団をまとめて受け入れ態勢を構築しつつあるさ。後は私が責任を取って戦闘で死ねば、騎士団としても我が家としても恰好はつく」
「……成る程。惜しいがまあ、仕方ねえか」
そう言うと目の前の獣人は剣を構えた。
「俺はティグレだ」
「改めて名乗ろう。アレハンドロ・ディアス。騎士団大隊長にして指揮官代理を務めていた」
さて、何故獣人がエルフ達に協力しているのか、など疑問点もあるが……まあ、どうでもいいか。
生き残って、知る者がいれば獣人の傭兵がいたとでも伝えてくれるだろう。
改めて、目の前の獣人族を見る。見るからに立派な鎧に剣、豪奢なマントを纏い、その堂々たる態度は王の如く。なるほど、これならば周囲のエルフ達が従うのも当然か。
「ふっ!」
距離を詰め、剣を振るう!
考えるな!そんな事はもう今の私……いや、俺には関係ない!!
ギンッ!ギャリッ!!
!?受け流され、ええい!このままでは態勢が崩れて……!
このまま終わってたまるか!!
「!?ちっ、足癖の悪いこって!」
咄嗟に放った蹴りに相手が思わず反応した事で、受け流しからの斬り返しを防ぐ事が出来た。気を取られた事で、こちらが僅かに体を立て直せた。そのお陰で、何とか防御が間に合ったという状況だ。
(だが……)
強さはあちらが上か。
そう感じると共に、違和感も感じていた。
「失礼だが、武器が扱い慣れた物ではないのかな?」
「なんだ、分かるか。俺の母国では元々片刃の湾曲した武器が主流でね。今の戦い方はそれを元にこっちの武器に合わせたってなもんよ」
「成る程な」
納得したが、どのみち膂力も速さも相手が上なのはアレハンドロも理解していた。それならば……。
(こちらの最高の一撃で一気に打ち倒すのみ!!)
(!くるか……)
『剛剣一閃!!』
(!このスキルは…!)『震脚!!』
一瞬、アレハンドロの剣がより巨大な剣を形作り、振り下ろされる、直前。
大地を踏みしめたティグレの足がズン!という音と共に大地を揺らした。
「ッ!?」
それはアレハンドロの正に大地を踏みしめんとした足元を揺らし、バランスを崩させた。結果として、剣は振り下ろされる事はなく。
『轟断!!』
直後に通常は用いられる上からではなく、下から襲い掛かる形で振り切られた一撃が鎧すら両断して、左の脇腹から右肩へと抜け。
「見事……!!」
ゴボリ、と血を噴きながら呟いた言葉を最後にアレハンドロの体はズルリと二つに別れて地面に崩れ落ちたのだった。
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