第19話:戦闘序幕
どうも副官です。
「落ち着けッ!」
誰かが叫ぶ声が聞こえる。
気持ちは分かるが、これは無理でしょう。
攻撃が開始されました。正直、最初の攻撃は強引に前に居座った諸侯連合軍(という名の寄せ集め)に行くと思ってたんですけどね。現実にはまさかの騎士団への直接攻撃です。
「敵の攻撃手段は?」
「……不明です」
舌打ちは何とか抑えましたが、顔が歪んだのは避けられませんでした。
分からないでもありません。
今回の攻撃の一番厄介な点は相手の攻撃手段が分からない、という一点につきます。
夜の闇に覆われ、視界は昼間とは比べるべくもありません。今回敵対しているエルフ族や、北方平原を生活の場とする獣人族、もしくは地下を生活の主とするドワーフ族。一部の希少種族などであれば夜の闇を見通せるとも言われますが、人族には無理なのですよね……。
「魔法の輝きは?」
首を横に振られました……。
炎が用いられているのですから、魔法が用いられたならその飛翔が見えるはずなのですが……それがないという事は他の魔法?いや、しかし……。
「アレハンドロ殿!」
「おお、無事であったか!!」
考えながらも足は動かしていましたからね。
アレハンドロ殿の幕舎に無事到着しました。こういう時、下手に指揮官は動けないのが大変なのですよ。命令や指示を求めて、次から次へと伝令やらが駆けずり回る訳ですが、最上位の指揮官がどこにいるか分からなければ混乱が増す一方です。おまけに下手に誰が指揮官かと分かりにくい服装をするとやっぱり伝令なりが混乱する訳でして。
……だから、指揮官がどこら辺にいるか、味方だけじゃなく、敵からも丸わかりなんですよね。
この闇と混乱に紛れて、奇襲なんか仕掛けられたら拙いんですが、そういう面で言えば、現在の責任者がエンリコ子爵様ではなく、アレハンドロ殿だという事は不幸中の幸いでしょう。間違いなく、剣含めた武の腕に関してはアレハンドロ殿の方が圧倒的に上です。
「現状は?」
「良くない。騎士団後方が最初に集中的に狙われた後、散発的ながら騎士団本隊や諸侯連合軍にも攻撃が行われている」
「騎士団は良いにせよ、諸侯連合軍は?」
そこが問題だ。
アレハンドロ殿の命令は騎士団には及ぶが、諸侯連合軍には及ばない。
つまり、騎士団には消火優先、最悪後退という命令を出せても諸侯連合軍に対しては同じ命令を出す事が出来ない。
「はっ!諸侯連合軍は……」
「どうした?」
「前方へと突撃を開始した模様ですっ!!」
「「「「「!!??」」」」」
最悪だ。
伝令が一瞬言いよどんだ事から良い内容ではないとは思ったが……。
敵が攻撃を開始したと思い込んだ連中は騎士団後方から攻撃仕掛けられた事で前に進むしかないと考えたのか、或いは単に敵が来てるなら功績は自分のものだと考えたのか。よりにもよって湿地帯へと向かって、一部が突撃し始めたらしい。分かってるのか!?湿地帯だぞ!!
泥濘でさえ、鎧を身に着けて走るのは大変だというのに……水場を駆けるというのがどれほど大変か奴ら分かっているのか!?
分かってないんだろうな。分かってりゃ突っ込む訳がない。
「……それでどうなった」
「は……大混乱、としか」
熟練の傭兵連中が主体の所ならまだいいんだろうが。
ほとんどは泥に塗れて訓練した経験のないお坊ちゃん達に、領地から集められた農民兵隊だ。実感があるとは到底思えん。
足場が泥と水の場所に入り込めば、速度は落ちる。
だが、後方のしっかりした地面を駆ける連中の速度は落ちない。
となれば、当然、前と後ろで速度が違う結果、渋滞が起きて、後方から駆けて来た連中が玉突き衝突を起こすだろう。そこに今、行われているのと同じ攻撃が加えられたら……地獄だな。
「副官殿」
ああ、分かってしまうんだよな。分かってしまうからこそ、辛い。
「騎士団を分ける。貴公は後方にて部隊を再編してくれ」
「了解しました。して、アルハンドロ殿は?」
分かっていても確認しなければならない。周囲に何をしなければならないのか理解してもらうために。
「連中を引き戻す。放っておいてもそう遠くない内に逃げ出すだろうが、見捨てる訳にはいかん」
やはりそうなるか……。
「後方で再編したら、逃げ……いや、撤退してくるであろう諸侯連合軍を受け入れてくれ」
「了解しました」
死ぬ気か。
そうだろうな。
アレハンドロ殿はこの後、殿(しんがり)を引き受けて、死ぬ気だ。
けれど、言えない。エンリコ子爵は騎士団自身の理由で後方に留め置かれた。部隊の指揮を執っていない、そういう屁理屈までつけて決済を行っている。当然、責任を問う事は出来ない。となれば、誰が責任を問わないといけないか……決まっている。味方に足を引っ張られての敗戦とはいえ、名目上総指揮官の立場にあったアレハンドロ殿が責を負わねばならない。
せめて、諸侯連合軍の指揮権も渡されていればやりようもあったものを!!……いや、無理だな。あそこまでの長射程の攻撃がエルフ側にあるとは誰も思わなかった。前後を逆にしていた所で、最後尾から崩壊して雪崩れ込む連中が騎士団に突っ込んで、更なる混乱を招いていたはずだ。
どちらにせよ、責任を問われる事になっていただろう。
そして、責任を問われたなら良くて、左遷。悪ければ処刑……アレハンドロ殿の家にまで迷惑をかける事になりかねん。それぐらいなら、失敗の責任を自らの死で償った、という形に持って行った方がいい、か。
「分かりました。……ご武運を」
やりきれないな……せめて、逆撃が可能となればいいんだが。一矢報いる事が出来れば……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます