第18話:開戦

 騎士団はこの状況が罠の一環ではないかと疑い、十分警戒していた。

 本当ならもう少し後退したかったのだが、経験不足な上に血気に逸り、しかし、実家の血統だけは良い連中が多数含まれているせいで下手に後退も出来ないという状況だった。もっとも。


 「どのみち手遅れなんだけどね」


 砲撃というものは事前に微調整を含めた射撃表が出来ていれば大分命中率が変わる。

 この砲は撃つと、この辺りの環境ではどの程度飛んで、どの程度ズレが生じるのか、といった事を事前に撃って観測しておく訳だ。

 生憎、自分が使う魔法や状況は本来のものに比べれば、かなりいい加減なものにならざるをえない。それでもやらないよりはずっとマシだけど。

 

 湿地帯を生み出したのにも理由がある。

 確かに足止めを狙ったのは事実だけれど、事前にどの程度射程があるのか含めて砲撃を行った結果、地面が荒れているのを隠すためでもあった。

 そもそも、水が溜まる、という事はそこが周囲より低くなっているという事でもある。


 「事前砲撃による砲撃地点の確認。その隠蔽、共に上手くいったみたいだな」


 植物魔法の行使で次々と巨大な植物が咲き誇る。

 ゲームの中の植物さえも自分の植物魔法は再現出来ていたけれど、『ワールドネイション』には幾つもの危険極まりない植物があった。

 地雷原のような苔『モスマイン』、相手を眠らせてそのまま体を苗床にする茸『イケニエダケ』、見た目も味も良くHP回復までしてくれるが初期においては微弱な中毒性を持ち、たまにでも食べ続けるとある時突然に猛烈な中毒性と共に意識が解毒されるか、PCが死亡するまで【混乱状態】に切り換わる『チクタクフルーツ』などはいずれも罠として用意された植物達だ。

 これ以外にも植物系のモンスターもいるのだが、これらの中に攻撃系の植物もあった。今回用いるのはそうした植物の一つ、名前もズバリ【砲閃火(ほうせんか)】。

 フレーバーテキストによれば、巨大な大砲のような形状へと育った花はその最期に実を撃ち出す。

 飛来した実は着弾の衝撃によって、まず外皮が破れて内部の油脂が飛び散り、発火して周囲を焼き尽くす。また、この炎によって種を保護する繊維を焼き払い、発芽が可能になる。

 これによって周囲の競争相手となる植物を排除し、更に草木灰によって成長する為の栄養も確保する効率的な植物、らしい。

 

 (ま、それはどうでもいいか)


 今はこれが役立つ事、それが重要だ。

 事前に砲撃を行って、射程距離の確認などは済ませた。

 その上で、クレーターだらけになった地形を隠すために水没させて、湿地帯へと偽装した。

 そう、あそこに布陣した時点で奴らの敗北は既に決まった。


 「アルファよりベータへ。状況送れ」

 『こちらベータ、観測準備良し。敵陣は二手に分かれている模様』

 「アルファ了解。射撃諸元送られたし」

 『ベータ了解』


 事前に決めて番号を振ったスクエアが伝えられる。そこを狙えば、大体狙い通りの位置って事だ。

 当初は地面に生えた植物を通じて砲撃観測を行う事も考えたんだけど、地面からではどうしても視点は低くなる。

 おまけに、砲撃が進めば、植物が吹き飛んで観測自体が困難になる。

 そこで代わりに弾着観測を引き受けたのがカノン・フォーゲルだった。

 鳥は鳥目だから夜は一部の鳥類除けば見えない、と誤解される事が多いが、実の所ニワトリなど一部を除けば鳥というのはフクロウに限らず夜でも普通に物が見える。一般的にはニワトリという身近な家畜が夜に物が見えないために鳥というのは夜に物が見えないんだという勘違いが広まったという話もあるが、それは置いておいて、カノンであれば夜の闇を通して地上の状況を問題なく「観る」事が出来る。

 その上で、彼が重要地点、どこを狙うかを事前の作戦会議に基づいて決定して連絡を飛ばしてくる寸法だ。

 通信を切り替えて声を飛ばす。

 

 「アルファよりオメガへ」

 『こちらオメガ。配置準備完了』


 ティグレさん率いるエルフの特殊部隊(としか言いようがない)も既に準備万端手ぐすね引いて待ち構えているようだ。

 事前に位置を確認する為だけでなく、通信の為の植物も隊長格には身に着けてもらってる。


 「アルファよりベータ、オメガ双方へ。攻撃開始する」

 『『ラジャー』』


 【砲閃華】が次々と周囲に咲き誇り、その花を敵陣へと向ける。

 

 「ファイアー!」


 ボフ!ボフ!と砲撃にしてはマヌケな音が響くが、こればかりは仕方ない。

 そうして飛翔した第一弾の種は正確に……敵陣、騎士団の最後尾、補給部隊へと降り注いだ。

 

 『ベータよりアルファへ。予定通りの位置へと命中を確認。火災発生。そのまま砲撃を続けられたし』

 「了解」 


 ボフ!ボフ!ボフ!

 更にくぐもった音が響く。それに伴い、夜の闇の向こうが明るさを増し、かすかに声が響いてくる。


 『ベータよりアルファへ。効果甚大につき対象スクエアの変更を要請す』

 「アルファ了解」

 

 狙いを整然とした後衛を主に、一部を雑然とした前衛へとずらす。

 前衛に関しては敢えて砲弾数は少な目に、着弾地点はばらけさせた指示が来る。混乱させるのが目的なのだろう。

 さあ、踊れ踊れ。

 きっと今頃、敵陣では大混乱だろう。既に死者も出ているのは間違いないのに、自分の心も、カノンの声も震えは全くない。動揺も一切ない。

 自分の心がどうなったのかには不安はないではないが、今はありがたい。今、自分達は寡兵(かへい)で大軍に挑んでいる事には変わりがない。ここで動揺なんかしたらどうなるか考えたくもない。

 踊って、罠へとすっぽり嵌るといい。

 


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