第17話:戦闘前、侵攻側

 どうも副官です。


 戦いとは弱い場所が狙われるものです。

 これが武術の試合であるならば、時に怪我をした場所を敢えて狙って攻撃せず勝とうとするのは美談ともなろうが、戦争で弱い場所を狙わないのは単に愚かな行動でしかない。試合ではかかっているのは戦う当人の勝敗のみ。そこに命のやり取りは(基本的には)ありません。

 しかし、戦争では話は別。

 そこでは命がかかっている。それも将一人だけではなく、失敗は多数の部下達の命で補われる事になるのです。

 だからこそ、古来、戦ではあの手この手でこちらの損害を減らすべく技巧を凝らしてきた。もちろん、自分の側の弱点は少しでも減らそうと努力する訳です。


 さて、エルフが住む大森林に侵攻してきた我々の軍勢の現在の規模はおよそ一万。

 この一万の軍勢の内、もっとも弱い場所はといえば間違いなく諸侯が送り込んできた軍勢という名の寄せ集めでしょう。

 当初派遣された騎士団は五千の軍勢と、二千の工作兵から成っていました。工作兵とはいえ騎士団で城攻めや野戦築城で活躍し、必要なら武器を持って戦う熟練の兵士であり、技術者。これらは問題ない。

 けれども、各地の諸侯から恩賞目当てで送り込まれた者達はそれこそ数だけは総勢三千とそれなりの数となっているが、内実はお粗末なもの。

 何しろ、一人の貴族の子息が連れて来た兵は多いものでも百に満たず、それらも大半は数だけは揃えるために傭兵を金で雇っていたり、本来兵士でも何でもない農民から家を継がない次男三男を税代わりに数合わせとして引き連れて来たようなのがほとんど。酷いものだと当人と、お付きの従者一名の二人だけで参陣した、なんて例もあります。

 数十から数人程度を指揮する連中が集まった指揮系統バラバラの三千。

 ……ダメですね。これでは到底統一された指揮など望めない。烏合の衆というのが正に相応しい。

 なまじ、爵位が高い貴族の子息も混じっている上、本来の指揮官であるエンリコ子爵様が後方から動けないのも悪かったですね。

 例え、侯爵の息子でも、子爵家当主相手には表立っては反抗出来ない。ましてや、動員された戦力の中でも最大の戦力を指揮する相手となれば内心では「俺の父は侯爵だぞ!」と罵っていたとしても、顔に不満を浮かべる事は出来ても露骨な反発は出来ない。やったら最後、功績をあげる機会を奪われて、論功行賞でもまともな褒章を貰えない可能性だってある。

 しかし……。


 「やはり、功名心が連中凄いですね」

 「仕方あるまいよ。本当なら後方に押し込めておきたい所なのだが……」


 アレハンドロ殿と顔を見合わせて、溜息をつきます。

 連中のせいで補給が破綻しかけてエンリコ子爵様が後方から動けない。

 エンリコ子爵様がいないから馬鹿達を止めきれない。お陰で現在の陣配置は……。


 大森林(エルフ達)>(湿地帯)>諸侯軍>騎士団>工兵・補給部隊


 という順に並んでいます。

 弱点が一番前、狙いやすい位置に居座ってるんですよ!

 なので、私達騎士団は最初から「戦闘が始まったら連中が崩れてくる」事を前提に陣を張らざるをえませんでした。これに関してはアレハンドロ殿が指揮官代理を務める事に反発している者達でさえ即効で賛成しましたね。

 暗くなり始める前に連中の野営場所をこっそり偵察に行かせたんですが、報告は酷いものでした。

 騎士団に工作兵、その場にいた全指揮官が思わず天を仰ぎましたからね。

 やたら立派な天幕を張る奴がいるかと思えば、主従数人で仲良く焚火を囲んでいる者達がおり、また天幕の位置にしても見栄を張っているのかわざわざ最前列に張っていたり……もちろん、周囲を簡易な柵などで覆うといった事も一切していません。あれでは見張りさえまともに出来るかどうか。

 仕方ないんでしょうねえ。

 連中、最初から勝った気でいる上、もう自分達がもらえる褒章の算段を始めてる様子。そうなると、周囲の連中は彼らにとっては共に戦う仲間ではなく、戦果を競うライバルなんです。


 「これ絶対に一丸となって戦うなんて出来ませんね……」


 思わず漏れた声に、全員が頷きました。

 まあ、悪い話ばかりではありません。見た目からして余りにも酷いせいで私達は最初から崩れる事前提で陣を張れましたし、あっちの酷さを見て、こちらのアレハンドロ殿に反発していた者達も沈黙しました。内心で不満はあるにせよ、ここで自分達まで協力出来なかったら死ぬ奴が増えると理解出来たからでしょう。  

 いやまあ、反発してる連中も命令にはきちんと従ったと思いますけどね、前のままでも。

 

 「さて、皆、もう分かっていると思うが現在我々は極めて危険な状況にあると認識して欲しい」

 

 事前情報になかった、湿地帯が出現しているという事で調査を行わせたのだが、その結果、水を噴き上げる植物などという奇妙な植物が発見された。もちろん、誰もそんな植物なんか知らないが、それが複数個所で発見された事でここが湿地帯と化した理由は判明した。

 そりゃあ、城の噴水並の規模で昼夜問わず水が複数個所でまかれ続ければ水浸しにもなるよな。

 

 「あの植物の事ですが、誰に聞いても確認しても、あのような植物に心当たりはないとの事。無論、学者に聞いた訳ではありませんが……」

 「エルフ達の魔法で生み出された何等かの特殊な植物である可能性は高い、と?」

 「ええ、だとすれば……」


 湿地帯の手前に陣を張る事、それ自体が罠である可能性は高い。

 

 「しかし、連中、後方に下がるという提案すら受け入れるか怪しいぞ?警戒を強めるしかあるまい」


 アレハンドロ殿の結論が全てでしたが……。

 まさか、あんな事態が待っているとは想定外だった。それだけは確かです。

 いやあ、自分が無事に帰れたのは奇跡ですよ。

 

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