第10話:偵察1

 俺の名前は織平笠斗。現在の名前はカノン・フォーゲル……。

 どうも妙な感じだ。

 今、名乗っている名前はある種の偽名だ。なのに、名乗った瞬間、やたらしっくり来た。まるでそれが最初から本名だったみたいに……。俺だけじゃない、他の連中常葉やティグレさんにも後から聞いてみたが皆、同意見だった。

 キャラクターには名付けして初めて、キャラクターとして動き出す。

 もしかしたら、俺達はあの瞬間から、この世界に生きる個体として動き出したのかもしれない。


 『なんてシリアスになっても仕方ないんだが』


 情報は大切だ。

 『ワールドネイション』でも敵の情報を知っているかどうかでは、勝率は大きく異なる。

 戦場に立った後でも様々な形で情報収集を行い、それが勝敗を分ける。

 だからこそ、偵察に誰かが行く事は即決まったが、問題は誰がどうやって偵察を行うかだった。 

 紅(翡翠)、ユウナ(香香)、咲夜(陽奈)とマリア(摩莉夜)の四人は論外。初心者研修を脱した段階で遠くの場所をくわしく調べられるスキルなんて、そんな使い勝手のいいものがあったら高レベルで得られるスキルが死にスキルになる。

 ティグレさんもダメだった。

 獣人(虎)であるあの人は探索系スキルを個人では取得していなかった。いや、ある程度は取得していたんだがそれは遥か彼方を探れるようなものじゃなかった。元々、『ワールドネイション』のスキルは色々と制限がかかっていた。フレーバーテキストでは『遥か彼方、風の吹く限り』とか『草木が生い茂るあらゆる地に』といったものがあっても、ゲームでは「ここからここまでの範囲で探索が可能」といったものだったし、ティグレさんの保有するスキルと、俺達が元々保有していたスキルは似たり寄ったりの範囲を探るスキルでしかなかった。

 しかし、この世界へやって来て、俺と常葉(常盤)のスキルは大きな変化を遂げた。とはいえ、万能な訳ではない。


 常葉の場合、極めて広範囲を同時に探る事が出来る。

 しかし、問題は広げれば広げる程、入って来る情報もまた膨大なものになっていくという点だ。

 例えば、常葉が1mの距離を探ろうとすると1m半径の円状に探れる。同様に、1kmでは1km半径となり情報量は膨大なものになる。

 普通の人間なら一瞬で情報処理の限界に達してパンクしそうなものだが、常葉には極めて広範囲を同時に探る事が出来る。

 ただし、植物がいない場所には穴が出来るし、見落としも増える。

 常葉自身が発生させた植物は指定してその周辺だけを探索する事が出来るようなので、後々要所要所に植えていく事にしている。それでレーダーサイトみたいに狙った場所付近を調べる事が出来るようになるはずだ、と当人は見ている。


 さて、カノンこと俺自身の場合だ。

 俺の場合は少々変わっている。

 俺自身の種族であるフレースヴェルグは全ての風の源とも言われる鷲の姿をした巨人だ。

 そのお陰か、風に関する事では相当な力をもたらす事が出来るんだが、こっちは常葉以上に広範囲なのが問題だった。

 当然っちゃ当然だ。植物より移動速度が圧倒的に速く、おまけに植物と違ってこっちは三次元で広がる。処理能力的にはこっちが勝るらしく相当な広範囲を調べる事が出来たんだが、それでも都市までは無理だった。これだけ広範囲を認識出来るのは空を高速で飛ぶからだろう。

 高速で空をぶっ飛ばしてる最中に何かにぶつかる直前まで気づかなかったら困るからな。一度飛んだら、鳥の群れを幾つも粉砕しちゃいました、なんてのは避けたいとこだわ。

 しかし、風に乗せる、と言えばいいのか、制限はかかるものの意識を風と変えて、飛ばす事で偵察が可能だと分かった。残念ながら体を風に変える事は出来なかったが。

 もっとも、問題もある。これをやってる間、俺の体は無防備になってしまうんだ……意識自体を飛ばしてるからな。意識の宿らぬ肉体は放置状態って事だ。なので、体を安全な場所、守ってくれる仲間がいる状態でなければ使えたもんじゃない。意識を飛ばしてる間に体を攻撃されて、戻れなくなってしまいましたなんて嫌だ。

 だから、今回は常葉が厳重に監視している。

 ティグレさんが主だった交渉役になり、常葉は俺の体を守り、俺は意識を飛ばして偵察に赴く。

 四人娘に関してはまずはレベル上げだな。ティグレさん曰く「俺も老獪な連中に比べればまだまだだが、学生さんよりゃ社会人やってる分交渉もマシだろ、多分」だそうだ。ま、世の中には何等かの方面に才能ある奴ってのはどこにでもいるからな。

 そこら辺も今後は見極めていきたいとこだ。

 例え経験不足でも、それぞれの種族特性や魔法でカバーできる所もあるだろうしなあ。


 (おっと、そんな事を考えてる間に見えてきたな)


 意識を風と変えて飛ぶ訳だが、欠点としては風だからか速度には上限があるって事が難点だな。お陰で、それなりの時間がかかってしまった。ま、それだけじゃなく方向を確認しながらって事もあるんだけどな……。途中で開拓村があったから、そこからは道沿いに飛んだんだが道って奴は必ずしも真っすぐ進んでる訳じゃないからなあ……。 

 

 (これでもそれなりにでっかい都市なんだろうな)


 俺達の数百万の人が暮らす都市に比べれば規模は遥かに小さい。

 しかし、周囲を何kmもの長さの城壁で囲み、その中で数万の人が暮らすというのはこの世界では十分巨大な都市なんだろう。

 

 (さあて、既に軍は到着してるのか、それともまだなのか……まだっぽいな)


 都市内部に兵隊らしき姿はほとんどなく、普通の生活風景が営まれているように見える。

 数万人規模の都市に数千数万の兵がやって来てるとなると内部に入れるより、むしろ都市の外に天幕なり張って野営して、交代で都市内部で休暇ってのが妥当だろうな。どう考えても都市の人口と同数規模の兵士とか来たら収容能力の限界超えてるよな。

 さて、そうするとまずは城からかね? 

 にしても……。


 『領主とか偉い人ってどこで執務取ってんだ……?』


 多分、城の部屋のどっかだと思うんだけどこれ、どこ探せばいいんだよ……。

 と同時に非常に拙い事に気が付いた。


 『そもそも俺、領主の人って見て分かるのか……?あと、人の言語理解出来るの?』


 エルフの語る言語が理解出来たからって人の言語が分かるとは限らないんだよな、そういえば……。

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