第11話:偵察2
ティグレや女性陣と異なる広大な感知能力。
それは本来、常葉やカノンが動く時のものだった。
鮫は人より遥かに優れた聴覚、嗅覚を持ちロレンチーニ瓶という鮫のみが持つ特殊な器官も有している。フクロウは闇に閉ざされた森の中、視覚と聴覚で獲物を感知するだけでなく森の木々の間を音もなく飛行して獲物を捕らえる。
人の感覚では到底同じ事は出来ない。
そして、人の感覚で空を飛んだりしていてはあっという間に問題が起きて墜落する事になりかねない。航空機とは違うのだから。
『だと思うんだよな』
色々考えてはみたが、それ以外にこの感覚の広がりは説明出来ない。
もし、レベルや熟練度に従って感覚が向上しているというならば、ティグレさんも同じように感覚が広がっていないといけない。しかし、現実にはティグレさんの知覚範囲は自分や常葉に比べて大きく劣る。さすがに女性陣には勝るにせよ。
今も風に感覚を乗せて偵察を行っている訳だが、曲がり角の向こうに人がいる。そうした事まではっきり分かる。
『おっと男性二名、移動なし、距離統一。おそらくは何等かの警備か?』
重要な人物がいる場所なら、或いは重要な場所なら見張りなり警備なりがいるだろうと思って、そういう場所を探していた。尚且つ偉い奴は上の階にいるだろうと最上階から探索していた訳だが、遂にそれらしき場所が見つかった。
……さて、これから部屋に侵入する訳だが、自分の風に感覚を乗せる偵察には利点と弱点がある。
利点は何といっても見えない所。
魔法使いがいれば何等かの異常を感知される可能性もないではないが、特殊能力と魔法は異なるはずだ、多分。魔法の気配を感じなければ、果たして気づくかどうか。そして、魔法使いが気づけないならば、騎士達では余計に無理だろう。気配を感じ取れるような凄腕がいても、風では見えない。
一方、欠点は止まれない事。
当り前だ、停止してはそれは単なる空気。風ではなくなる。
そして、その場に留まれば、それはつむじ風となり、くるくると風が渦をまいてしまう。
『当たりかな?出来れば、窓が開いていて欲しいんだが』
でないと「窓が開いてないのに風が吹く」という異常事態が起きてしまう。
最悪部屋の天井近くで待機するしかないなと考えながら、するりと警備の騎士の立つ扉の隙間から部屋の中へと入り込んだ。
「それで連中は何時から、どのぐらいここに滞在する予定なのだ?」
おっと、どうやら当たりだったみたいだな。
部屋の中では立派な服を着た男が一人、部下と思われる連中が複数いた。
会話の内容を聞くとどうやら、エルフの森を攻める為の軍勢の到着が間近なようだ。
幸い、窓は開いていた。
おかしな事じゃない、扉を閉じた密閉空間では空気の循環がなくなる。かといって、扉に隙間を作れば中の声が漏れる。
それぐらいなら、上層に部屋を作り、窓を設けた方がいい。その上で壁に濃淡をつけたりして、不審者が張り付いていれば分かりやすいようにする。……とはいえ、極力風が吹きこまないように構造には工夫されてるから注意しないとな。
そりゃまあ、書類が風で飛ばされたりしたら大変だからなあ……。
「数日中には到着予定です」
「天幕や食料などはあちらの要請通りの数字に二割の余裕を持って確保しております」
「全員に都市内部に入って頂く訳にはいかないので、休暇時に交代で入って頂く事で我慢していただくしかないかと」
一万の兵がやってくれば、一日三食とするなら毎日三万人分の食事を用意する必要がある。
それだけじゃなく、食事をすれば出す物がある。
一万人が出す物となれば膨大だ。百万人が暮らす都市に観光客として千人が来ても余裕を持って対処出来るだろうが、一万人が暮らしている場所に一万人がある日突然やってきたらどうだろう?余程そうした滞在客に余裕を持った観光都市みたいな場所でなけりゃまず破綻するだろう。ましてや、ここは魔法があるといっても下水道も、下水処理施設もまだまだ未発達だ。
ざっと見た所、普段の日常生活じゃ中世ヨーロッパのそれより遥かにマシな処理がされてるみたいだが、それだけに兵士達が押し寄せた時の食う物寝る場所出す物に関しては頭が痛いだろうな。
ま、今はそんな事は自分にはどうでもいい事か。
(とりあえず実際に動員される兵力って八千か)
正騎士団の内、およそ半数。
当初は倍の戦力の動員も考えられたようだが、軍隊の動員ってのもタダじゃないからな。抑えられる所は抑えたいんだろう。
指揮官はエンリコ子爵。
騎士団の副団長を務める調整に優れた人物らしい。当人がどんな人物かはまだ、よく分からんな。
(うーん、まだ到着してなかったか)
更に足を伸ばすのは却下だな。どこまで来てるか、どの方向から来てるかも不明だし。
とりあえずは戦力は八千、多少前後するにせよ到着まで早ければ四日、遅くとも六日以内には到着する。
到着後、ここまで行軍してきた疲れとリフレッシュの為にこの都市の周辺に天幕張って、数日滞在して更に進軍……道案内を兼ねた領主の軍勢が五百から千加わるって最終的な戦力は九千前後。エルフの森まで進軍してきた場合、到着は……。
(まだ十日はあるな)
奇襲をかけるなら少数で一気に駆けて、或いは無理を推して全軍を強行軍で進撃させるという手もあるが、今回はそうじゃない。むしろ、堂々たる軍勢を前面に推したてて、エルフ達に「抵抗しても無駄だぞ」と見せつける示威行動も兼ねている。
であれば、焦って無理をする必要もないし、感じてもいないだろう。間違いなく、十日は時間があるとみていい。
本当なら、ここでエルフの首長らを軍到着に合わせて派遣し、交渉なんかで更に時間を稼げれば最高なんだが、どう考えてもあのエルフの族長達ではそうした事には向いてなさそうだった。下手をすれば自分達を召喚した事までぽろっと洩らしてしまいそうだ。良い意味でも悪い意味でも純朴なんだよな、あのエルフさん達。
(とりあえずは一旦戻るか。次は軍が派遣されてきてからだな……)
するりと窓から抜け出した。
部屋にいた者の中には僅かな風に気づいた者はいたが、それを気にする者は最後までいなかった。
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